第31話 お願いがあるんだけど〜
「本当にそれでいいの? もう一度チャンスをあげるわ。考える時間は一日だけ。それでも決められなかったら、あなたを敵と見なすことになるけど」
「言ったことを撤回するつもりはないけど……それでも、その時にちゃんと答えるよ」
リョウコはいつものように俺を見つめていたが、その表情には少し驚きも混じっていた。俺の決意に対して、彼女も何か思うところがあるのかもしれない。
――まあ、いずれにせよ、今は深く考えずにおこう。彼女が何を思い、誰を大切にしているのか、それは後で聞けばいい。
ひとまず、ここから出ることが先だ。
その後、俺たちは教室へと戻った。リョウコは、黒川瑞希の視界から外れた瞬間に俺の手をそっと離した。
授業はいつも通り進み、やがて昼休みになった。俺たちは屋上で昼食を取ることにした。
扉を開けながらふと気づいた。リョウコの雰囲気が、あの日と同じだった。お互いを名前で呼び合うようになった、あの日と。
今日は前ほど風が強くはなかったが、それでも心地よい風が頬を撫でていた。
扉を閉め、いつもの場所へ向かう。
「もう来てるよ。」
「ええ、扉を開けた音で分かったわ。……きっと、今あなたは私にたくさん聞きたいことがあるんでしょう?」
「まあな。でも、とりあえず今日は普通の質問からにしておくよ。」
「そう……。じゃあ、黒川瑞希との関係から話すわ。」
リョウコはそう言うと、弁当の蓋を開けた。
そして、彼女と瑞希、明人の過去を語り始めた――。
「覚えてる? キザキとの関係について話したこと。あれと似たようなものよ。ただ、一つ違うのは――彼は家族からも好かれていないこと。彼の父親は、会社を裏切った一人なの。」
「知っての通り、私は昔から男が好きじゃない。ただ単に、興味がないの。でも、一番嫌いなのは、自分が全てだと思っている男たちよ。明人や黒川みたいな奴。」
「彼の問題は、どんな手を使ってでも自分の欲しいものを手に入れようとすること。たとえ違法な手段を使ってでもね。」
「……つまり、俺のことを心配してるんだな。」
「そういうことね。……あなたに何かあったら、私のせいになっちゃうでしょ? そしたら、あなたの妹たちやお母さんの顔をまともに見れないわ。」
リョウコが弁当を開けるのを見ながら、ふと、今朝のことを思い出した。
無意識に、彼女の手に目が行く。
「……そうか。ところで、お前の手。」
リョウコは不思議そうに自分の手を見つめ、動きを止めた。
「私の手がどうかした?」
「今朝は、とても暖かかった。」
その瞬間、リョウコの表情がわずかに変わる。まるで、恥ずかしさを隠そうとしているかのように。
――たぶん、今朝、彼女が俺の手を握ったことを思い出したんだろう。
「……何よ、急に。」
「いや、ただ言いたかっただけ。でも……あの時から、またしたいと思ってる。」
「……本当に、恥ずかしいって感情がないのね。」
リョウコの言葉は穏やかに響いた。
「……どうしてそう思うの?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ。」
リョウコがそっと手を伸ばしてきた。俺もちょうど弁当を開けようとしていたが、彼女の手に気づいて「どうした?」と聞くと、彼女は手を引っ込めた。今回は、明らかに恥ずかしそうな様子だった。
しばらく沈黙が続いたが、やがて彼女が口を開いた。
――どうやら、手に取ったおにぎりの出来が以前より良かったことが嬉しかったようだ。
「すごくおいしい。ミトちゃんに感謝しなきゃ。レシピを教えてもらったの。Googleで色々調べたけど、作り方にバリエーションが多くてね。ありがとう、ミトちゃん。ミナミ君も一つどう?」
自分で作ったものを食べて、彼女は自然と笑顔になった。
「昨日のより良さそうだな。」
「うん、いっぱい練習したから。食べてみる?」
彼女は、最初から俺が「はい」と言うのを分かっていたかのように、大きめの弁当箱からおにぎりを取り出した。
「じゃあ……せっかくだし、もらおうかな。」
リョウコが俺に手渡そうとしたとき、ふと彼女の小さくて繊細な手に触れてしまった。
彼女は驚いたようにすぐに手を引っ込めた。
「……ごめん。」
俺は、彼女の突然の反応を見て思わず謝った。
「ううん、あなたのせいじゃないよ。……まあ、仕方ないわよね。」
「まあ、そうね。どうしようもないわよね。」
リョウコは少し諦めたように頷いた。
「それはそうと、どう?」
できるだけ客観的に味を評価しようとした。
「前より美味しくなってるし、形も少し良くなってる。」
彼女は満足そうに微笑んだ。
「ありがとう。もっと上手くなるように頑張るわ。」
それから、俺たちは隣同士で静かに食事を続けた。
食べ終えた後、弁当箱を閉じると、俺はふと彼女に尋ねた。
「リョウコ……」
彼女は弁当箱を青い布で包みながら、不思議そうに俺を見た。
「うん?どうかした?」
「……手、繋いでもいい?」
今度は恥ずかしがることなく、ただすっと手を差し出した。
まるで「どうぞ」と言わんばかりに。
この機会を逃すわけにはいかない。
俺はそっと彼女の手を握った。
彼女の手は驚くほど柔らかく、小さくて繊細だった。
思わずあちこち触れてしまい、ついに彼女の反応を引き出してしまった。
「……もう終わった?」
「いや、まだ。ところで、せっかくだし、お前も俺の手を触ってみてもいいぞ。」
俺は冗談じゃないことを示すように、そっと手を差し出した。
リョウコは数秒間迷っているようだったが、やがてゆっくりと俺の手を取った。
彼女は興味深そうに俺の手を見つめ、自分の手と比べ始めた。
彼女の手の方が少し小さい。
俺の手は少し冷たかったので、彼女の温もりが心地よく感じられた。
すると、まるでさっきの仕返しをするかのように、彼女は指を絡めてきた。
とても暖かくて、ずっとこうしていたくなるほどだった。
胸の鼓動が強くなりそうで、理由は分からなかったけど、
ただ、熱くて、心地よかった。
「……これ、たまにやってもいい?」
リョウコは驚いたように俺を見つめる。
「……うん、ちょうど私も言おうと思ってた。」
俺たちは、まるで青春ドラマのワンシーンのように手をゆっくり下ろした。
俺は彼女の右手を離し、言った通りに左手だけをそのまま残した。
しばらくの間、沈黙が支配し、お互いの思考が次の行動を決めようとしているようだった。
だがその時、沈黙を破るように 給食の鐘 が鳴り響いた。
「……この続きはまた今度だな。」
「そうね。また後で、ミナミくん。」
そう言って、俺たちはゆっくりと手を離し、それぞれの教室へと向かった。




