第29話 思いがけない訪問 その5
徐々に、頭がぼんやりしてきた。
暑さのせいか、または、私たちがこんなにも近くにいるからか、分からなかった。
その時、不意に扉の方から聞こえてきた小さな囁き声。
「キス、キス、キス」
「ほら、カメラを準備して、朱音」
振り向くと、美翔と茜が扉の隅から顔だけを覗かせていた。
二人は、興味深げに囁くのを止めるところだった。
気づかれた瞬間、美翔が扉の前に出てきて、まるでドラマでも演じているかのように言った。
「まあ、お兄ちゃん、なんて大胆なことをしてるの!」
ミナミは振り返り、私からさっと離れた。
一方で、私はベッドに座り直して、顔を両手で覆った。
顔が真っ赤になっているのが分かった。
『彼女たちが来たおかげで助かったと思うべき? うぅ、恥ずかしい……』
ゆっくりと手を顔から離して、彼女たちを見た。
でも、ミナミと何を話しているのか分からなかった。
声が小さくて聞こえなかったからだ。
そこで、私は彼らに向かおうとした。
ベッドの上に置いていた小説を手に取り、部屋を出た。
階段を降りて、靴を履いて、外に出る準備をした。
出る前に、リビングにいた佳澄さんに声をかけた。
「一人で帰りますね。」
佳澄さんは一瞬驚いたように目を見開き、少し困惑した表情を浮かべたが、他に何も言わなかった。
今の私は、自分でも訳が分からなかった。
さっきの瞬間を思い出すたびに、胸が熱くなる。
なんで、あんなことが起きたの?
突然、遠くから声が聞こえてきた。
「待って」
振り返ると、ミナミ君がこちらに向かってくるのが見えた。
やがて、私のところまで追いついた。
「なんで急に行っちゃったの? 何かあったの?」
なぜそうしたのか、自分でも理由が分からなかった。
だから、正当な理由も答えもなかった。
「分からない。ただ、すぐに帰りたかっただけ。家でやることがあるから。」
「少なくとも公園まで一緒に行ってもいい?」
なぜか、私はイライラしてしまい、自分がツンデレみたいに感じた。
『どうしちゃったんだろう、私』
「勝手にすれば」
私の言葉は冷たく、怒ったように響いてしまった。
「やっぱり、何かあるよね?」
「そうだよ…いや…分からない!」
ミナミは、まるで私が何かを隠しているかのように、私の顔を覗き込もうとした。
私の顔を探して、彼の手が私の視線をそらさせないようにすると、ついに私の表情を捉えた。
「なんでそんなに赤いの?」
彼の空っぽの瞳を見た。
でも、なぜかその瞳には、ほんの少し色が宿っているように感じて、私は少しずつ心が落ち着いていった。
「ごめん…ごめんね、変なことを言ったり、急に飛び出したりして。本当に、自分でも何が起きてるのか分からない。」
私は胸をぎゅっと押さえた。
心臓の鼓動が、ものすごい速さで鳴り響いていた。
考えれば考えるほど、なぜまだこんなに赤くなっているのかわからなかった。そして、彼の手が私の顔に触れたことで、さらにどうしていいかわからなくなった。
「顔から手をどけてくれる? ちょっと迷惑だから」と言った。
「ごめん…ただ、何があったのか知りたかっただけなんだ」
「何もないわよ、安心して。さあ、初めて家まで一緒に歩いてくれる?」
「まあ、いいよ」
「お手数をおかけしてありがとう」
「いや、別に大したことじゃない」
ミナミ君と一緒に歩いて、自動販売機の前で立ち止まって飲み物を買った。そしてまた歩き始めた。
そして数分後、ついに私の家に着いた。ミナミ君は特に驚いた様子もなく、何かリアクションを期待していた私としては少し拍子抜けした。でも、反応しない可能性も考えていたから、そんなものかもしれない。
「ミナミ君、連れてきてくれてありがとう。佳澄さん、美翔ちゃん、茜ちゃんにも、こんなふうに急に帰っちゃってごめんって伝えてくれる?」
「君、かなり体調が悪そうだったし、あの子たちのせいじゃないよ。むしろ、すぐに立ち上がらなかった俺のせいだ」
『じゃあ…分かってるのね、私があの時動揺した理由を。じゃあ、私からそれを聞きたかったの?』
『そう、分かってたのね』
視線を落としたけれど、ゆっくりと笑みがこぼれた。だって、彼が私の行動の理由を知っていながら、それをわざわざ今は言わなかったことが、なんだか優しく感じられたから。
「走ってしまったのも私のせいだから、ごめんね。じゃあ、明日学校でね、ミナミ君」
それがその日、彼女を見た最後の瞬間だった。明日学校で待ち受けている出来事が、障害になるとは思わなかった…。
私は大きな鉄製の門に向かい、家に入った。入った時、警備員たちが私に向かって頭を下げてきた。リョウコが家の中に入った後、私は帰ることにした。
「ただいま!」と、リョウコを追いかけるために履いていた運動靴を脱ぎながら言った。
リョウコの家と私の家の距離は、結構あるようだ。
私が帰ってきた音を聞くと、美翔と茜がすぐに玄関まで走ってきた。
「リョウコ姉さんはどうしたの?」
「追いつけたの?」
美翔が最初に質問し、次に茜が尋ねてきた。二人とも心配そうな表情をしていた。まるで何か悪いことをしてしまったかのように。でも、悪いのは私で、状況を引き起こしたのも私だった。
「心配しないでいいって。彼女は大丈夫で、走り去ったのは自分のせいだって言ってた」
美翔は信じられないような顔をして、真剣な表情でスマホを取り出した。
「私が直接聞いてみる」
「好きにすればいいよ。それに、今度埋め合わせをするって言ってた」
「そう、いい話ね。でも、やっぱり話しておきたい。まだ聞きたいことがいっぱいあるの」
「どうぞご自由に。気にしないから」
残りの時間は宿題に集中しようと思い、自分の部屋に戻って机に座り、全て終わらせた。
一息ついてリラックスしていると、リョウコとの出来事を思い出した。あのベッドの上でのこと、彼女の赤く染まった顔、そして柔らかくてピンク色の唇が頭から離れなかった。
そのことを思い出しながら、椅子に背を預け、少し上を向いて考えた。母さんがリョウコに尋ねた時、彼女が何を言ったのかも気になってきた。
明日、学校でそのことを聞こうと思った。




