第17話 ミナミへの認識
リョウコは彼女の背中を見送りながら、ふと小さくつぶやいた。
「直接か……本当にそうするべきかな。」
彼女の視線は再びミナミと陽葵の方へ向けられ、少し勇気を振り絞るように深呼吸をした。そして、ゆっくりと二人の方へ歩き始めた。
リョウコは答えず、陽葵とミナミの方をじっと見つめていた。陽葵はまだミナミの隣で笑っており、その様子に気づいていないようだった。
ユメは、リョウコがミナミの方を見ていることに気づき、穏やかな表情で彼女に近づいた。
「リョウコ……どうしたの?」とユメがリョウコの後ろに立ちながら問いかけた。
「きゃあっ!」
その声に驚いたリョウコは飛び上がりそうになり、振り返ると、少し慌てながらも気を落ち着けようとした。
ユメはそんなリョウコのかわいらしい反応に思わず軽く笑ってしまった。
「ユメちゃん、何笑ってるの……」
リョウコは顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむいた。ユメがまだ笑っているのを見ると、リョウコはむくれたように口をとがらせ、ますますその愛らしさが際立った。
「ごめん、ごめんね」ユメは軽く笑いながら謝った。
「もう、いいわ」リョウコは口をとがらせるのをやめ、微笑みを浮かべた。
「それにしても、悔しくないの?リレーで勝てなかったのに」
「どういう意味?」
リョウコは困惑したようにユメを見たが、すぐに何を言われているのか気づいたようだった。
「ううん、全然。なんで悔しがらなきゃいけないの?」
ユメはじっとリョウコの顔を見つめ、やがて彼女に明るい笑顔を返した。
「それはおかしいね。普通は悔しいはずだけど…もしかして?」
「ミナミ君か私のどちらかが勝てば、それで十分だから。むしろ、何かお祝いのプレゼントでもしようかな。何がいいと思う?」
「へぇ、すごく好きなんだね。レースで負けたのに相手にプレゼントしようなんて思うなんて」とユメはいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
リョウコは顔を赤くし、恥ずかしそうにうつむいてうなずいた。
「でもね、彼に直接聞いてみたら?何が好きなのか。もちろん、サプライズだってことを悟られないようにね。男性はみんな好みが違うし、私が知ってるのはそれくらいかな」
「そうね…でも、そんなことを聞いたら、怪しまれないかしら?恥ずかしくて、そんな質問なんてできないわ」
「なるほど、わかったよ。じゃあどうするの?」
「うーん…本当にどうすればいいかわからない。考えてみるわ」
リョウコがそう話している間にも、ミナミのクラスメートたちが次々と彼に近づいて話しかけたり、陽葵がリレーの勝利を祝福している姿が見えた。
「でも、ミナミ君はまったく気にしていないみたい。ただ淡々としてるだけ」とリョウコは続けた。
リョウコがその方向を見ていると、彼女のクラスメート、特に女性たちが近づいてきた。まるで彼女を慰めようとしているかのようだった。
リョウコが喜んでいたのは、クラスメートや彼女のファンが応援してくれるからではなかった。ミナミが約束を守り、木崎がもう彼女を悩ませないようにしてくれたことが、彼女にとっては大きな安心だったのだ。まるで長い間背負っていた大きな重荷がようやく消えたかのようだった。
これで全てが終わったわけではないが、少なくとも一つの良い結末に近づいたと言えるだろう。
一方で、ミナミのクラスメートたちは彼の驚異的な速さに驚き、興奮して彼に質問を浴びせていた。
「佐々木、お前すごいな!いつから陸上を練習してたんだ?」
そういった質問が次々とミナミに投げかけられた。
しかし、ミナミはそれに対して特に嫌がる様子もなく、ただ無反応でしばらく何も言わなかった。
そして、ようやく答えようとしたその瞬間、陽葵が決意に満ちた表情で両腕を広げ、まるで「彼を困らせないで」と言うかのように、
「順番、順番。みんな、ちょっとミナミを困らせすぎてない?」
と言ったのだ。彼女の言葉は正しかったため、みんな彼に謝り、一瞬だけ気まずい沈黙が流れた。
陽葵はその場の静けさを破るように軽くため息をつき、ようやく騒ぎが終わったかのように見えた。
だがその次の瞬間、再びみんなが一斉に話し始めた。
それに業を煮やした陽葵は、ミナミの腕をつかんでその場から引き離した。まるで、騒々しい声に我慢ができなくなったかのようだった。
遠くからその様子を見ていたリョウコは、特に気にすることなく、ただ気楽そうな表情で見守っていた。
周りにいた他の生徒たちも、その状況を止めることはできなかった。
陽葵はミナミを学校の中庭の片隅、静かな場所へ連れて行った。
「みんながあまりにしつこいから、ここに連れてきたの。誰にも邪魔されないでしょ?」
ミナミはしばらく何も言わなかったが、少し気まずい空気が流れそうになったところで、彼が口を開いた。
「ここに連れてきてくれて感謝するよ。ありがとう」
いつものように淡々とした態度で彼は言った。
陽葵は、ミナミが他の人たちにほとんど感情を見せないこと、そして自分にも同様であることを、これまで一度も気にしたことはなかった。
『何か言うべき?何を言えばいいの?』
そんな考えが陽葵の頭の中を駆け巡っていると、遠くから声が聞こえてきた。
「ミナミ、陽葵!どこにいるの?!」
その声はタナカのものだった。しかし、数秒後に一緒にカズトの声も同じフレーズを言うのが聞こえた。
やがて、その声はさらに近づき、気がつけばミナミと鉢合わせていた。
「まあ、タナカとカズトじゃないの。なんて偶然なの。」
陽葵はほっとした表情でそう言いながらも、どこか「何してるの?」というニュアンスを含めていた。
「答えざるを得ないな。心配して探してたんだよ。突然いなくなったから。」
タナカはそう答えた。
「こんなことが起きるのは珍しい。それとも、こういうことが起きるのはこれが初めてって言ったほうがいいかもな。」
ミナミは、まるで理由を暗に指摘するかのように、説明せずにそうコメントした。
「確かにそうだな。でも、もう終わったことだし、みんな喜んでるよ。勝てたんだから。それにしても、君のあの速さには全員驚いたよ。信じられないほどすごい。なんであんなに速く走れることを隠してたんだ?」
タナカは満面の笑みを浮かべながら、ミナミの速さの凄さを称賛するように言った。
「誰も聞かなかった。それに、どうしても達成しなきゃいけないことだっただけだ。それじゃ、またな。」
ミナミはそう言うと、タナカとカズトの横を通り過ぎ、その場を後にした。彼が去った後、そこには何とも言えない気まずい空気が残った。
その場を離れたミナミは、誰かを探しているような素振りを見せたが、見つけられないようだった。やがて、初めて会話を交わした教室へ向かい始めた。
少し前、陽葵に連れられたミナミを見送ったリョウコは、そこに少しの間残っていた。
「どうしたの?」
ユメは、ミナミを見つめるリョウコの柔らかい表情を見てそう尋ねた。
リョウコはゆっくりと振り返り、ユメを見つめた。するとユメは一瞬困惑した表情を浮かべた後、軽く微笑みながら、まるで小さな嘲笑を含んだような笑みを見せた。
「また何を笑ってるのよ。」
リョウコは眉をひそめながら、小さな笑いに応じた。
「いやいや、別に何でもないわよ。それより、あの人ってリョウコの彼氏じゃなかったの?さっきの女の子と一緒にいたけど。」
「あ、ええ、そうだけど。」
リョウコは少したじろぎながら答えた。
「別にあの子と一緒にいても気にしないわ。それより、教室に行かないと。忘れてたものがあるの。」
リョウコが教室に向かうのを見たユメは、一緒に行こうと思ったが、なぜか内心で引き止められるような気がして、その場で彼女を待つことにした。




