第12話 道路、シオンと〇〇〇
空は赤みを帯び始めていた。最寄りから3つ離れた駅で降り、車通りの少ない道を歩く。
シオンは片手に花束を持っていて、車道の縁石を平均台みたいにして遊んでいる。
「催眠使いなんてほんとにいるのかな?」
「いてもおかしくないだろ。時間を止めるよりかはあり得そうだぜ」
「またそれ言ってる」
バランスを崩したシオンは大きく手を動かして体勢を維持しようとするが、結局諦めて倒れ込み、俺の肩にぶつかってくる。
そしてそのまま腕を組んだ。
「ナイスキャッチ」
「……危ないからな。車道側にはこけるなよ」
押し付けられる豊かなお胸の感触を存分に味わいながら――といいたいところだがそういうわけにもいかない。シオンの亡き母に会いに行く途中なのだ。
この純粋な少女はいつもと1ミリだって変わりはしないが、俺は少し緊張する。墓参りに付き合うのはこれで3回目。
さすがにシオンのパンツは返した。
くだらない話をしながら少し歩けばすぐに霊園が見えてきた。
それでもシオンの明るさは陰らない。
「わたしが思うに、催眠使いは実在して、しかもクラスの中の誰かだよ! 漫画なら絶対そうでしょ? これで顔も名前も知らない上級生でしたとかじゃあ、謎解きで気まずくなっちゃうじゃん。『犯人はあなただ! ――ええとお名前は?』なんて夏山くんが言ったらおかしくて吹きだすよ」
「さあてどうかな。だが身近にいるって線は悪くない」
俺の中での疑いはシオンとカエデに向いている。DIOが時間停止に加えて催眠能力まで持つとなればいよいよ最強だが……
「女の子のパンツを盗むなんて――最低だよね! 絶対捕まえなきゃ!」
罪悪感が膨らんでいく。俺はポケットの中の魔法の白い布を握りしめた。そしたら罪悪感は消えた。
「犯人には優しくしような。何か事情があるのかもしれない。病気の妹がいてパンツを売った金で薬を買うとか」
「そっかぁ。……それなら許してあげましょう」
納得してくれた。俺は一人の罪深き男を救ったのだ。だがカエデからの制裁は避けられない。アーメン。
霊園に着いた。
シオンはおしゃべりをピタリとやめ、微笑んで体を少し離す。
高そうな墓石がたくさん並んでいて、その中でもひときわ大きなお墓がシオンの母親のものだ。
取り出した道具で簡単な掃除をして、水をかけていく。俺はそれを隣で黙って見ていた。
年に一度だけ見る名前のわからない白い花が供えらえて、線香が上げられた。
手を合わせる。
俺はシオンの母親の写真も見たことがない。シオンは本当に何も持たず我が家へと転がり込んできたのだ。
何を伝えればいいか分からないが……シオンが無事でやっていること、母の喪失から立ち直っていること、兄として責務を全うするつもりであること、そういうのをなんとなく祈ってみる。
1分も静寂が続いただろうか。
立ち上がって、かがみ込んだシオンに声を掛ける。
「じゃあ外で待ってるから。ゆっくりな」
「うん。ありがと」
俺が背中を向けて少し離れたくらいでシオンは饒舌に語りだした。内容は聞き取れないが……きっと故人にしか伝えられないことがあるのだろう。意識的に無視して歩く速度を上げる。
霊園の外で15分くらい空を眺めていた。砂利を踏む音が聞こえて振り返れば、笑顔のシオンがいる。
「お待たせ」
「……ああ」
「帰ろっか。今日の夕ご飯はカレーだよ」
手を繋いで歩き出し、数十秒は沈黙が続いて、ふいにシオンが口を開いた。
「わたしたちってさ……家族だよね?」
心臓が一瞬止まった。
「もちろん」
「良かった」
また沈黙が続く。手の中の温もりだけを感じ、結局駅まで無言だった。
ホームの椅子に座り電車を待つ。シオンの頭が肩の上に乗っけられて柔らかい髪の先が耳をくすぐった。
「ねえ、もしも話すのがいやじゃなかったら――コウくんのお父さんのこと聞いてもいい? ずっと気になってたの。話そうとしないから――でもやっぱり知りたくなっちゃった」
「いくらでも話してやるよ。長くなるぜ。コーラとポテチを買ってきた方がいい。それから涙を拭くティッシュも」
「ふふ、そんなにハードル上げて大丈夫? これでもあたしは週に四本は映画を見る女ですわよ?」
「大丈夫だ。その半分で寝てるし、もう半分で号泣してるからな」
俺の父親の話をするのは久しぶりだ。というか人生で二回目だ。ずっと幼いころにカエデにした以来かもしれない。
竜山康介。
それが俺の父親の名前だ。凡庸でつまらない名前だが、コウの字は俺のそれと同じ。




