7.ワイン
次の日の夜も、またその次の夜もグラムエルとカトリーヌは一緒に帰ってきた。やっぱり同じワインの香りを漂わせている。しかも今日は大分飲んでいるようで上機嫌だ。だがその輪の中に私はいない。
「おかえりなさい、グラムエル、カトリーヌ、今日は随分と上機嫌なのね。なにかいい事でもあったのかしら?」私は心からねぎらいの言葉をかけながら二人を出向かえた。けれど、心の奥がなぜかチクリと痛む。
「ただいま、バーバラ」グラムエルが答え、カトリーヌも笑顔で続き「ただいま、寂しかったでしょ?」と優しい言葉をかけてくれた。
「ううん、大丈夫よ、帰ってくるのを楽しみに待っていたもの」そう答えた私の心の奥で何かがチクリと痛んだ。
「なにかいい事があったならワインを開けましょうか?」と私は尋ねた。二人の様子がとても楽しそうだったのできっと良いことがあったのだろう。
「薬草の新しい活用方法について有意義な会議が―― おっといけない。済まないが国家機密に関わってしまうから聞かなかったことにしてくれ」グラムエルが言いかけたことを中断してしまったがこれは仕方のないことだ。それでも私の心の奥を何かが刺した。
「そうね、今はもう部外者ですもの、仕方ないわ。でもとにかく何であろうが仕事はうまくいくといいわよね」辛うじて平静を保ちつつ会話を続けたが、私の心に暗幕が張って行くのを感じていた。どうしたって彼らとは楽しさ嬉しさを共有出来ないことが明らかなのだから耐えるしかない。
「バーバラも何かいいことはあったかい? 今日はどんな一日だった?」グラムエルが私に向かって優しく尋ねてくれた。きっと疎外感を感じないよう気を使ってくれたのだろう。しかしずっと家にいただけなので話せるようなことは何もなく黙っている事しかできなかった。
「私はいつもと変わらない平穏な日々だったわ。こんな生活を与えてくれるあなたとカトリーヌに感謝しているわ」その言葉に対してカトリーヌはニコリと笑ってくれたが、その笑顔の裏に何かが隠れているのではないかと疑いを持ってしまった。
夜が更けていくにつれ、二人はますます楽しそうに笑い声をあげる。私はその輪に入れず愛想笑いをするだけで精いっぱいである。それでもこうして一緒にいてくれる二人に感謝するのが当然だろう。私が邪魔であるなら研究所から戻らずに話し込んで来ればいいのだから。
二人と私は一緒に生活することにも慣れ。もはや当たり前のように毎日が過ぎて行く。朝だけはカトリーヌが一緒にいてくれ昼になると仕事へと出掛け、私は一人家に残される。そして夜には仲良く帰ってくる二人を出迎える生活がしばらく続いた。
こうして私だけが変わり映えの無い日常に残されているのだが、今はそれだけでも贅沢だと思いこもうと頑張っている。なんと言ってもカトリーヌが来てからはグラムエルも一緒にリビングでおしゃべりすることが増えたのだ。今までの三年間でこんなことは一度もなかった。
私のために来てくれたカトリーヌのお蔭で家の中が明るくなり、私だけでなくグラムエルまで元気になっている。それはとてもいい事だし嬉しいことのはず。それでも私の心の中では何かが蠢いていて、時折差すように痛むのだ。
あのお揃いの香り、いつも決まっているワインの香り、あれが漂ってくると特に痛みは強くなる。私も同じ香りの中で揺蕩いたい。しかし私はお酒がまったく飲めないのだこればかりは体質なのでどうすることも出来ない。
代わりと言うわけではないが、私は昼間、庭にあるぶどうの木から実をもいで食べる。するとやっぱり心にチクリと何かが刺さり、たまに涙が出てしまうのだった。