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4.向き合う勇気

 心臓がバクバクと鳴り響く中、私はグラムエルの帰りを待っていた。ドアの開く音が聞こえた瞬間、思わず身を固くする。だが現れたのはいつも通りの優しい笑顔である。今まで一度も言われたことはないが、もしかしたら私は愛されているのかもしれない。それなら話は簡単である。


「おかえりなさい、グラムエル」緊張で声が震えないよう注意しながら平静を装った。しかし、私がこんな風に彼を出迎えたことはない。玄関から続くドアへ向かって座ったことすら一度もないのだ。


「どうしたんだい、バーバラ、いつもの場所にいないとそこでは風が当たって寒いだろう?」なぜ彼はこんなにも優しい言葉を選ぶのだろう。私に対する愛はひとかけらも感じないと言うのに。


「今日はちょっと話したいことがあって待っていたの」よし、言えた。声も震えていない。思い切って口にしてみればそれほど難しいことではない。心の中で何度も何度も繰り返し練習してきたかいがあったと言うものだ。


「話したいこと? どうかしたのかい? 困ったことでもあったのかな?」彼の表情に初めて不安が混じったように見えた。私はその様子を見て気持ちが高ぶっていく。


「なにも特別なことじゃないの。ただ…… 私たちのことについて少し考えてみたいと思ったのよ。なにかおかしいかしら」恐ろしくて今にも声が震えそうである。自分の気持ちを正直に伝えることがこんなにも怖い事だなんて想像もしたことがない。


 グラムエルは押し黙って返事を考えているようだ。しばらく黙り込んだ後、真剣な表情で私を見つめ返して言った。


「バーバラ、君は何を考えているんだい? ああ、わかったよ、僕に対して不満があるのだろう? こう見えてもうすうすは感づいていたんだ」グラムエルは思っても見ない言葉を口にした。つまり私の言葉は、行動は、想定内だと言うのかしら。


 それならなぜこうなる前に声をかけてくれなかったのだろう。私はこれほど追いつめられていると言うのに。


「私は…… 愛されたいって思っている、ただそれだけなの」やっとの思いで言葉を口から吐き出すと、心の中にあった重荷が少し軽くなった気がした。さらに言葉を続ける。

「結婚して三年が経っでしょう? 私たちの関係が今どうなっているのか、もっと知りたい、お互いの認識がどうなっているのかが知りたいの」


 グラムエルは驚いたように目を大きく開き沈黙のままだ。表情を何一つ変えることもないため、その気持ちをどう考えればいいのかがわからない。だが読み取る必要はなくなった。


「愛されたいだって? いったいどういう意味で言っているんだい?」それは不思議な反応だった。愛されたいと言ったことがそれほどおかしいとは思えない。ごくありふれた一般的な言葉ではなかったか。


「結婚は契約だとあなたは言ったけれど、私はその言葉に深い意味があると思っていたし、今も思っているのよ? でもこの三年間では全く分からなかった。だから思い切って聞いてみたいの。

 でもその前に、私がなぜそんなことを聞きたくなったのかを言っておかなければ卑怯かもしれないと思って……」


「つまり君は僕ともっと深い関係になることを希望している。なぜならば愛されたいからだ。こう言いたいのかな?」どうやらきちんと伝わっているようでホッとする。きっと私のことを理解してくれているに違いないと感じたのだ。


 しかしその考えはどうやら間違いだったようだ。


「キミは何か勘違いをしているね。愛されたいのであれば愛してくれる相手を見つけるべきだったんだ。僕が最初になんと言ったか覚えているかい?」頭が混乱してなにも答えられそうにない。なぜこんなことになっているのだろうか。たった今彼に理解されていると感じたばかりだと言うのに。


「忘れてしまったのならもう一度言おう。結婚は契約だと、そして一人より二人のほうが楽しいとも言ったね? 一番大切なのはこれさ、僕は白い結婚だと言っておいたはずなんだよ」確かに何一つ間違ってはいない。まさしく彼の、グラムエルの言う通りだ。


「でも…… 二人で楽しい時間を過ごしたことなどないわ? 少なくとも私にそんな覚えはないもの。ねえグラムエル? あなたには楽しかったことがあると言うのかしら?」こうなったらとことん気持ちをぶつけてみるしかない、覚悟を決めた私は思いのたけをぶつけるよう吐き出した。


「何を言うんだ、この三年間ずっと楽しい思いをしているさ。一人では到底味わえない楽しい時間じゃないか。二人だからこそ味わうことができたんだよ? 本当にわからないのかい?」頭がグラグラと揺さぶられているような感覚である。どこに楽しさが? いつ? 二人と言うのは彼と私のことなの?


 色々な想いが交錯し段々と気持ち悪くなってきた。今にも倒れそうなくらい、頭がどうにかなりそうである。


「ごめんなさい、本当にわからないわ。だって私はずっと一人、ずっと孤独だったのよ? 確かにあなたに生活を支えてもらって不自由のない生活をしてきたことに感謝はしている。でも楽しかったかどうかはまったくの別問題だと思うの」必死になって何とか言葉を紡いでみたが、彼の心に届いた気は全くしない。


 それどころが目の前には、冷笑と言えそうなくらい冷やかに笑うグラムエルが見えている。これはまさか気のせい、勘違いだろう、そうであってほしい。そう願う私の心は簡単に打ち砕かれていった。


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