2.告白
カトリーヌとの再会は私にとって久しぶりに味わう心の癒しだった。彼女は明るくて、いつも笑顔を絶やさないタイプの人間だ。私が結婚生活の悩みを抱えていることなんて、彼女には想像もつかないだろう。
カフェのテラス席に座り温かい飲み物を手にしながら、私たちは少しずつ昔の思い出話に花を咲かせた。しかしカトリーヌが私の私生活にに興味を持ち始めると、心の奥にしまい込んでいた悩みがむくむくと顔を出した。
「ところでバーバラ、結婚生活はどうなの? 幸せにしてもらってる?」彼女の質問が私の心をざわつかせる。
「ええ、まあ…… それなりにはね」と私は言葉を濁してしまった。確かに結婚していること自体は特に悪くない。しかしグラムエルの態度や私の退屈な日々について悩んでいることはとても話すことはできない。これ以上口を開くと彼のことを悪く言ってしまいそうで苦しくなってきた。
「そうなんだ。私は仕事ばかりであまりプライベートの時間を持てていないの。あなたが羨ましいわ、そういう意味では」とカトリーヌは微笑みながら言った。その笑顔が私の心をさらに重くする。
「でも、最近少し気になることがあって……」思わぬ言葉が口から出てしまい、その瞬間グラムエルの名前までが漏れそうになってしまった。そのまま口をつぐんでしまった私を見て彼女は優しく微笑んだ。
「何か悩みがあったらいつでも話してね。私はあなたの味方だから」
その言葉に私の心の奥で何かが弾ける音が聞こえた気がする。今すぐ彼女に私の心の内を話してしまいたい。彼女は信頼できる友人だし、私の心の中にあるもやもやを理解してくれるような気がしたのだ。
「実はね……」私は思い切ってグラムエルとの結婚生活のことを話し始めた。もちろんプロポーズされた話から、結婚生活の退屈さ、そして内心の不安や疑念についてまで……
全てを話し終えるとカトリーヌはしばらく黙って考え込んでいた。それから優しい声でゆっくりと私を引き戻してくれる、そうだ、私は結婚することで自分を殺してしまっていたのだろう。
「バーバラ? あなたは本当に彼と一緒にいることを望んだの? それともただ孤独から逃れたかっただけ?」
その言葉への答えを私は持っていない。揺さぶられた心がこれまでの三年間を巻き戻していくように感じる。グラムエルとの生活は確かに快適で、孤独感からは解放されている。働く必要もないし、家賃のために残業に追われることもない。
しかし、今はそんなことよりも彼の本心が知りたかった。グラムエルの本心を聞けば自分の気持ちをきちんと整理できるかもしれないと考えたのだ。かと言ってそれを口にしてしまったら今の生活はすべて崩れてしまう、そんな気がしている。
「正直なところ自分でも分からないの。彼と一緒にいることが本当に幸せなのか、ただの依存なのか……」私の声は小さくなり言葉が喉につかえて思うように出てこない。
それでもカトリーヌは優しく手を重ねてくれた。
「それなら自分の気持ちを大切にしないといけないわ。誰かに無理に合わせる必要なんて本当はないのよ? 大切なのはあなた自身が何をしたいのか、どう感じるかだと思うわ」
その言葉は私の心に光を差したように感じた。でも何かを変えなければならないと感じる一方でグラムエルとの関係を終わらせる勇気はない。それでもこのままではいけない、何か新しい道を探し始める必要があると言う気持ちがわき出てきたのだ。
カトリーヌとの時間を終えて帰宅することには心が少し軽くなっていた。少なくとも自分の悩みを吐き出すことで、僅かでも救いを得たと感じられたのだ。自宅まではもう少し、それまでの間私は自分に問いかけるように呟いた。
この結婚生活は本当に私が望んだものなのか。これからやってくる未来で私はどんな選択をするべきなのか。そして今のままで本当に良いのか、と。
未来への明るい道筋を思い浮かべながら帰宅すると、グラムエルはすでに食事を済ませ帰宅していた。彼よりも遅く帰ってきたのは初めてだ。もしかしたら私を叱るだろうか。
「おかえりバーバラ、随分楽しそうじゃないか。遅くなる時にはなるべく明るい道を通ってくるようにするんだよ? 世の中物騒だからね」彼はいつもと変わらず優しい笑顔を見せてくれた。
その瞬間、胸の奥に湧き上がる感情が再び混乱を招く。彼の気持ちは、私の気持ちはどこを向いているのだろう。もう何もかもがわからなくなり、いつものように一人でベッドへ潜りこんだ。