15.再び
再び金色の髪を見つけてしまった私は、胸が締め付けられる思いだった。カトリーヌのものだとすぐに分かるそれが、すぐ目の前のベッドに無言で横たわっているのだ。
昨晩のグラムエルとの和解は一体なんだったのだろうか。カトリーヌと誓い合った友情はなんだったのか。私の心の中には再び疑念が芽生えてしまった。とても冷静ではいられない。
「これが、私たちの関係の象徴なのかもしれない……」気が付くと私は誰もいない寝室で呟いていた。シーツの上に落ちている彼女の髪は私にとってただの髪の毛以上の意味を持つ。もちろんグラムエルにもカトリーヌにも大きな意味がある。
昨晩の会話が夢でなかったのなら彼女との友情は今後どうなっていくのか。私は不安に押しつぶされそうになりながら、昨日と同じように彼女の髪を一本ずつ集めてハンカチへと包んでいく。
もしグラムエルにはカトリーヌが必要なんだったとしたらそれは仕方のない事だろうが、それなら私がここにいる意味、必要性がわからなくなるし、やはりグラムエルは私を愛してなんかいないと言うことになる。
いくら考えても答えは出ない。やはりもう一度話し合うしかないし、私は次こそ誤魔化されてはいけない。グラムエルもカトリーヌも私と違って誰にでも好かれるくらい社交性があり、それは話し上手であることも意味していた。
ひきかえ私ときたら感情的に言葉を吐き出すことは出来ても、理路整然と相手へ伝えることはうまくない。それに理解力に乏しいのか難しいことを言われるとすぐに納得してしまうのだ。
私は以前もやったようにノートへ考えをまとめていった。何を言うべきか、何を聞くべきか、そして想定される言葉とそれに対する返答までを書き留めて行く。しかしこれになんの意味がるのだろうか。感情的であっても自分の言葉であることは間違いない。もっと自信を持って自分の想いをぶつけてもいいのではないだろうか。
下手に着飾ったり対策をした作り物の答えで挑むべきではない、私は最終的にそんな考えへと行きついた。そしてそのままダイニングテーブルへと突っ伏して寝てしまった。
◇◇◇
「バーバラ、大丈夫? またこんなところで寝ていたのかい? 風邪をひかないようちゃんと部屋で寝ないといけないよ?」その声はグラムエルのものだった。いつの間にか帰って来ていた彼は、私の様子を見て心配そうに覗き込んでいた。
「私……」言葉が続かない。どう説明すればいいのだろう。彼女の髪の毛を集めながら二人の帰りを待つだなんて、そんなバカバカしくて情けない話があるのだと恥ずかしくなってくる、
「その髪、カトリーヌのものだよね? なんでそんなものにこだわっているんだい? 昨晩のこともそうだけど、あまりほめられたことじゃない」グラムエルは私を見つめながらもっともらしいことを言ってくる。だがその言葉は明らかに私を誤魔化そうとする悪意だろう。
「何を言っているの? よくもまあそんなことが言えるわね? カトリーヌは一緒じゃないの? 珍しいことがあるものね。今日も二人で仲良く手を繋いで帰ってくるのかと思っていたのに」私は精一杯の嫌味と強がりを彼にぶつけた。しかしそれを聞いても怒る様子はなく困惑しているだけだ。
「もしかしてまだ不安に思っているのかい? 昨日の話で納得したと安心していたと言うのに。なんでそこまで友人と僕の関係をおかしなものだと決めつけたいんだい? もう一度言うけど、僕にとってカトリーヌは友人で、同僚だ。それ以上でも以下でもない」こうしてサラッと嘘をつくのだ。もう絶対に騙されないし言いくるめられもしない。私は強く誓って待っていたのだから大丈夫。
「本当に言葉が上手だわ。いつもこうやって言いくるめられてしまう。所詮私は奴隷階級で学の無い女だもの。あなた達のように賢い人たちには扱いやすいでしょうね」今日の私は調子がいいようだ。言葉が次から次へと出てくる。ただそれが悪態であることだけは残念だった。もし同じくらい愛の言葉を吐き出すことができたならもっと違った人生だったかもしれない、そう思うと涙があふれ出て止まらなくなっていた。
私が激しく泣き叫んでいるところへカトリーヌが帰って来た。だがこの惨状を見た瞬間に荷物を床へと落とし私へ駆け寄ってくる。
「バーバラ、一体どうしたと言うの!? なんでこんなに泣きじゃくって、さあ息を吸って、吐いて、大きく深呼吸するのよ、少しは落ち着いたかしら? さあ話してちょうだい、なにがあったの?」相変わらずカトリーヌはありえないほどに優しい。私に優しくしてどんなメリットがあると言うのだろう。
「私なんていない方がいいでしょう? そうすれば心置きなくグラムエルと愛し合えるものね。でも大丈夫、私に気を使うことはないわ。好きなだけどうぞ? 所詮私は奴隷の使用人よ? いくらでもこき使ってくれて構わない、そうやって生きてきたんだもの」
『パチン!』カトリーヌは突然、私の頬をはたいた。驚きと共にジンジンと痛みが全身へと伝わっていく。そして最後には心の中へと到達し、胸の奥がチクリと痛んだ。だがそれよりも、その直後、カトリーヌに抱きしめられたことへの驚きが、私の感情を大きく揺さぶった。
「何を馬鹿なこと言っているの! あなたは奴隷なんかじゃないでしょう? なんでそんなに卑屈になる必要があるの? 誰もバーバラのことを責めたりしないでしょう? もっと素直に愛を感じていいの。こうして私はいつもそばにいるのだからね?」これやって感情的に見せかけて私をだまそうとしてくるのだ。友人だと言いながら優しい言葉をかけ、慰めてくれ、抱きしめてくれる…… 涙は止まらないどころか余計に溢れ出てくるのだった。
「あら? これって私の髪の毛かしら? また――」
私は手探りで掴んだパン切り包丁を彼女の背中へと突き立てた。




