13.火花
その瞬間、空気がピリリと張り詰めた。グラムエルは私の目を真っ直ぐに見つめ感情を抑え込んでいるようだった。私が手に持っていたカトリーヌの髪の毛が、まるで私たちの関係の象徴のように感じられる。無意識のうちに彼に対する反発心が、言葉になって表れてしまった。
「君の言うことは、全くの勘違いだ。カトリーヌとの関係はただの友人だ。キミはそれを理解しようともしないのか?」彼の声は冷たく私の心に突き刺さった。彼は明らかに嘘をついている。これだけの証拠をみせられても、なお、綺麗な関係だと言い放つのだろうか。
「私だってあなたのことを理解したかった。信じたかった! でも、あなたが私をどう思っているのか、どういう関係を望んでいるのか全く見えないの!」私の言葉がどんどんエスカレートしていく。グラムエルの表情はますます厳しくなっていった。
「キミは自己中心的すぎる。自分の感情だけを優先させて僕の気持ちを理解しようとしたことはないじゃないか。それなのに、また、一方的に僕を責めるつもりなのかい?」彼の言葉が胸に刺さる。私はこの結婚生活の中で彼の心を知ろうとしていたが、それはいつも私のためだったからである。
彼の言う通り自分の言動を見つめ直す必要があるのだとは感じるが、同時に彼の言葉には反発してしまう。今は感情が高ぶって冷静さを取り戻すことが難しかった。
「自己中心的だなんて、あなたこそ私の気持ちを無視しているじゃない! 私たちの関係をどう思っているのか、何を考えているのか、一度でも話し合ったことがある?」私の心の中の怒りが一気に噴き出し、彼に向けてまるで矢のように飛び出していく。
その瞬間、グラムエルは私に背を向けた。まるでこれ以上話すことはないと言わんばかりの仕草だ。それでも言葉をかけてはくれた。
「僕はキミを間違いなく愛している。でも君が何を求めているのか分からない。いくら与えても満足した様子もなく、時にはこうして不満を吐き出すよね?
きっと一人で寂しく過ごしているのだろうとカトリーヌへ頼んで一緒に住んでもらうなんてことまでやってみた。それもどうやら逆効果だ。
愛されたいだとか、考えがわからないだとか、そんな抽象的で見えないことばかり言われても到底理解できるはずがないんだよ!」彼の声にはどこか悲しみが混じっていた。私の心の奥深くに響く言葉だったようにも思えるが、今の私はその感情を受け入れられなかった。
「愛ですって? あなたの愛はどこにあるの? 私を気遣ってくれることも、一緒に食事をすることも、手を握ることさえないというのに? 結婚は契約だと言ったあなたですもの、私を捨ててカトリーヌと楽しむのはあなたにとってただしいことなのでしょうね!」言葉が次々と私の口から飛び出す。もはや何が正しいのか、何が間違っているのかも分からなくなっていた。ただ思いついた言葉をただただ吐き出しているだけだと言える。
「君は何も分かっていない」グラムエルは顔を背けたままでため息をついた。その瞬間、私の中の何かが壊れた気がした。まるで体が内側からはじけ飛んでしまったように感じる。
彼が私のことを理解していないし、理解する気もないと感じると同時に、自分自身も彼のことを理解しようとしていないのだ。これは最初からそうだったことで今に始まったことでもなく、ましてカトリーヌが来たからでもない。
「私が理解してほしいのは、あなたが私に何を望んでいるのかを、私が知りたがっていると言うことなの」その言葉を口にした瞬間、私はふと冷静になった。感情を爆発させて疲れ切った心が、却って自分を見つめ直すきっかけになったようだ。
「私は、私たちの関係を見つめ直すべきだと思っているわ。お互いの期待や不安、期待や希望を今一度しっかりと話し合ってみたらどうかしら」今度は心の中で少しずつ整理しながら、私は彼にそう告げた。
グラムエルは一瞬驚いた表情を浮かべた後に頷いた。どうやら私の言ったことはきちんと伝わったようでひと安心である。
「そうだな。確かにそれは必要なことかもしれない」彼の言葉には少しの希望が感じられた。私たちの関係は亀裂が入ってしまった。しかし、その亀裂を修復するための第一歩を踏み出すことができたのかもしれない。
しかしすべてが良い方向へ向かっているわけではない。大きな問題が一つ残っているのだ。それはグラムエルの後ろで、どうすればいいのかとおろおろしているカトリーヌの姿を見て気が付いた。
私はたった今彼女に対して酷いことを言ってしまった。もしかしたらもう許してはもらえないかもしれない。どうやって謝るべきだろうか。私は頭を悩ませながら、干しっぱなしになっていたシーツが夜空にはためくのを静かに眺めていた。




