12.亀裂
心の中の葛藤がさらに強まる中、私は白いシーツを眺めていた。その無垢な色合いが私の心に潜む不安を浮き彫りにする。結婚が契約であるのならその契約の内容は何だったのか? 私たちの契約は本当に成立しているのだろうか?
庭に吹く風が冷たく感じられてきた。それはまるで私の心の動揺を知っているかのように吹き抜けていく。シーツが揺れるたびにグラムエルの言葉や、ハズモンドの言葉が交互に脳裏へと蘇る。
「君を幸せにできる」と言ったハズモンドの言葉は私の望む言葉であり、心の隙間を巧妙に突いてきた。だがまたもや感情をぶちまけてしまったなら今度こそグラムエルは許してくれないだろう。
なんといっても今回は私に非があるのだ。どういう理由であれ夫を持つ者が夜に家を空けて他人の家、しかも男性のところへ泊まっていたなど許されるはずがない。なぜそんなことをしてしまったのか。後悔しても過ぎた時間がもう戻らない。
「私は今、いったい何を求めているのだろう?」私は自分に問いかける。愛、友情、自立、そして幸せ。これらはすべて私が手に入れたいものだったはずなのに、実際にはどれも満たされていない気がする。それほど重要視していなかった生活の安定だけが今得られているたった一つのものだ。
そして今度は白い友人ですら失うかもしれない局面にある。グラムエルの元を去ることにしてしまったら、当然カトリーヌにも友人の縁を切られるだろう。しかもそれは二人の望む展開でもあるのだ。私がいなければ、いや、いても同じかもしれないが、グラムエルとカトリーヌは誰に気兼ねすることなく二人で楽しく暮らすことができるだろう。
そんなことをさせてなるものか。私はいつしか、カトリーヌとの友情よりも彼女への嫉妬心が、自分の中で多くを占めていることに気が付いた。なぜ彼女は愛されているのだろうか。若いから? 美しいから? スタイルがいいから? それとも女としても魅力があるから?
グラムエルとカトリーヌの関係がどうあれ、私は私自身の幸せを見つけなければならない。その権利はちゃんとあるはずだし誰にも邪魔する権利はないはずだ。グラムエルが私と結婚しながらもカトリーヌと関係を持っているなら、私はハズモンドと親しくなってもいいと言うことになる。
一気に気持ちが軽くなった私は、グラムエルの部屋を隅から隅まで掃除し、髪の毛一本落ちていないほど綺麗にした。美しく整えられたベッドにピカピカの床はなんと気持ちの良いことか。グラムエルは私を見直すに違いない。
そんな高揚した気持ちで、私は二人の帰りを待ちながら、ソファでうとうとと眠ってしまった。
『ガタガタン、ゴトン』
突然の物音で目を覚ます。一体何が起きているのかわからないが地面が揺れている。慌てて周囲を見渡すと私はソファに寝ころんだままで庭へとだされていた。
「いったいこれはどういうこと? ねえグラムエル? あなたは一体私に何をしようとしているの?」冷ややかな顔でこちらを見下ろしているグラムエルへ向かって私は怒りを表現した。
「何しようとしているかだって? 最初に言う言葉がそれなのかい? それでは僕も尋ねるけど、キミは昨晩どこへ行っていたのだ? 散々探し回ったのにどこにもいなかったじゃないか。急に飛び出してしまって止める暇もなかった。とても心配したんだよ?」彼の表情からは心配していた様子は感じ取れない。どちらかと言えば呆れているのだろうか。
「酷く酔ってしまったようで、そこらじゅうをさまよっていたのよ。気が付いたらもう昼間だったので、そのまま家へ帰って来たわ」私は嘘をついているわけではない。これはまごうことなき事実であり、実際に何かをしてきたわけではないのだからこれで押し通すしかない。しかしこれは悪手だった。
「なるほど、それは事実なのだろうね。ところで今日、ハズモンドは遅刻してきたよ。キミには関係ないことだとは思うけど一応ね。どうやら愛する人と昨晩がんばり過ぎたらしい」明らかに私の行動を知っていての発言だ。なぜいつもグラムエルはすべてお見通しなのだろうか。
「ごめんなさい、隠すつもりだったけど知られてしまっているなら仕方ないわ。確かに私はハズモンドの家に泊めてもらった。でもあなたが考えているようなことは何もなかったの、それだけは信じてちょうだい!」必死に事実を伝えるが、彼にとってもはやそれはどうでもいい事らしく、あまり興味を持って聞いてくれているようには見えない。
「疑うも何も、男女が一晩同じベッドで過ごした事実は変わらないだろう? それ以上何を知って何を考えろと言うんだい?」本来であれば言い返すことなどできるはずもない。私は客観的に見たら不貞を働いた女なのだから。しかし――
「でもあなただってカトリーヌと毎晩楽しんでいるじゃないの! 私の大切な友達と! こうして同じベッドで! 私が寝てしまった後だから何をしてもわからないと高をくくっていたのでしょうね。でも私だって何もわからない子供ではないのよ!?」どうだと言わんばかりにグラムエルへ叩きつけたのは、掃除の時に集めていたカトリーヌの長い金髪だった。




