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あんたバカね、あんたよりマシよ  作者: 肉球バイク将軍
3/3

女子会の夜は長い

「今日、2人とも泊って行くんですよね?」

 空缶をビニール袋に回収しながら、寧は沙羅に向かって言った。

「え…あたしは帰るけど。」

 律香がそう言うと、

「え~、なんで!」

 と、寧は律香の服の肘辺りを摘まんだ。

「なんでって…泊る意味ないでしょ。1分もしないで帰れる距離で寧ろ泊まるの?」

「あるじゃん、泊ったこと!」

「いつの話してるの?小学生の頃とかの話でしょ。」

「いいじゃん!沙羅さんと3人でこのままお泊り会しようよ!」

 律香はどうしたものかと考える。いつもは誰にでも毅然としてる律香だが、寧に甘えられると断りにくいように感じるのだ。

 寧は兄の真秀だけでなく、二卵性双生児の双子の弟がいる。前倉(まえくら)家のこの3兄妹はサラサラな黒髪だけが似ていて、性格は三者三葉だったが、仲はよかった。とは言え、寧は男の兄弟2人の中にいた為か姉妹に憧れていて、律香を「律姉」と呼んで昔からよく甘えていた。

 更に双子の弟の翔和(とわ)は真秀とも寧ともまた別の県外の大学に通っていて、現在実家に残っているのは寧だけなのだ。初めは真秀、次には翔和と、次々仲のよかった兄弟が実家を離れて多少は寂しい思いもしているようにも思える。

 同時に、律香もそんな寧を喜んで甘やかしていた。1人っ子だった律香にとっても兄弟姉妹には羨望を抱いていた為、寧の存在がかわいくて仕方なかった。

 寧は甘えてくるだけでなく、すっかり懐に入り込んだ強みで時には律香に遠慮なく切り込んでくる。律香の真秀への想いについてドストレートに切り込み、律香の口から引き出したのも寧だけだ。

――寧がそこまで言うなら…。

 そんな気持ちにもなってくる。

 しかし、泊るにしても家から必要なものを取って来たい。沙羅のように電車で移動するような距離であれば諦めもつくが、1軒挟んで隣の距離ならば下着や寝間着くらいは取って来た方が…いや、寧ろ入浴を自宅で済ませて…寝る為だけに戻って来るのか…等と考えていると、そのまま帰って寝た方がよいようにも思える。

「どうせ家近いなら今日はいろいろ借りて、後で洗濯でも何でもして返したら?いつでも返しに来られる距離なんでしょ?」

 律香の考えていることを見透かしたか、沙羅が言った。

「キャミとジャージくらいなら貸しますよ!あと、うち、乾燥機もあるのでなんならお洗濯もできま~す。」

 寧は早速チェストを開けて漁り始めた。

「いいね。じゃあ、貸してもらえるかな。あと、私の下着は洗濯お願いしていい?」

「はーい。律姉も沙羅先輩の下着と一緒に洗おっか?一旦家に帰らせたら戻って来てくれなさそうだからキャミとジャージ貸す~。あ!なんならお兄のジャージ持って来ようか?」

「そんな勝手なことしちゃダメでしょ!…普通に寧のを貸してよ。」

 律香は断るのも煩わしくなった為、素直に厚意に甘えることにした。

 スマートフォンで時刻を確認すると、まもなく23:00になるところだった。

 沙羅と飲み始めたのが18:00頃だったことを思い出し、欠伸をした。


 律香は沙羅の次に風呂を借りた。

 寧は2人が来る前に先に済ませていたようで、沙羅を風呂場へ案内した後、酒類やお菓子を片付け始めた。律香も片付けを手伝い、2人で部屋の真ん中のこたつを端に寄せ、ベッドの横に布団を2組敷いた。

「律姉に本当のお姉ちゃんになってほしいから、頑張ってお兄と結婚してね。」

 寧はいたずらっぽく笑っていた。

 随分と飛躍した話をしてくれるものだと思い返しながら、湯舟に浸かる。

 変わった香りの白い入浴剤が入っているようだが、どこかとろみを感じるお湯で肌も髪も潤いを取り戻した気がした。

 目を瞑ってお湯の温かさに浸っていると、落ち着いてくる。

――あたしが今までしてきたのは牽制なんかじゃなくて、マシューからしたら迷惑な妨害行為だったよね。

 唐突にそう思った。真秀に想いを打ち明けることもなく、振り向いてもらう努力もしてきていない、それでいて邪魔ばかりしていたのだと、真秀への申し訳ない気持ちが湧いてきた。

――勝手に落ち込んで、誰かを巻き込む資格なんかないよね。

 思いっ切り足を伸ばして、苦笑した。


 律香が風呂場から出ると、入浴前にリビングがら聞こえていたテレビの音が消えており、静まっていた。恐らく前倉家の両親は既に就寝してしまったのだろう。明日の朝、改めて礼を言おうと思った。

 律香の入浴中に寧が準備していった大きめのジャージは、恐らく真秀のものだった。余計なお世話だとも思ったし、多少後ろめたいような気持ちもあったが、袖を通して匂いもしっかり嗅いだ。 

 2階の寧の部屋に戻ると、沙羅がベッドのすぐ側の布団で眠っており、寧はベッドの上で寝そべってスマートフォンを見ていた。

「おかえり、律姉。」

「ただいま。」

 律香は沙羅の隣の布団に座った。

「沙羅さん、さっきまで話してたんだけど急に寝落ちちゃった。」

「そう。それはいいとして、これ、マシューのジャージでしょ?」

 寧は口の端を思いっきり釣り上げて微笑んだ。

「だって、私のジャージだと律姉には裾短いよ。だから男物の方がちゃんとすっぽり着られると思って~。」

「…ありがと。」

「あっれ、ちょっと怒ると思ったけど意外と素直~。」

「ん…まあ、ちょっとね。」

 律香のややしおらしい態度に、寧は怪訝そうな顔をする。律香は小さく微笑んで、寧が寝そべるベッドまで行き、端に腰掛けた。

「ところで、沙羅とは何の話をしていたの?」

「えーっと、沙羅さんの彼氏さんの話とか。」

「ああー、高校時代から付き合ってるっていう地元の彼氏?」

 沙羅は県外からアパートに引っ越し、1人暮らしをして大学に通っているが、高3から付き合っているという彼氏は地元の大学に通っているらしいことは律香も聞いたことがあった。所謂遠距離恋愛で、週に何回かビデオ通話したり、お互いに家を行き来してるらしい。

「写真も見たんだけど、沙羅さんと彼氏さん、髪の色に染めてるんだなーって。」

「ああー、あたしも見た。銀髪カップルってこう…なんか絵面強いなーとか思った。」

 そうして暫く沙羅の彼氏談義に花を咲かせていたが、突然寧が黙り込んだ。律香は寧が急に寝落ちたのかと寧の方を見たが、寧は相変わらず寝そべりながら律香を見ており、急に体を起こして律香の隣に座った。

「律姉、お兄のこと諦めたりしないよね?」

「え、急にどうしたの?」

「まだ本当に彼女かわかんないし。それに多分律姉の方がいい女だと思うし。…とにかく、何か考えるのはちゃんと確かめてからでよくない?」

「ありがと。」

 律香はやさしく答えたが、寧は何か物思わしげに律香をじっと見ていた。そして、ベッドから体を起こし、律香の隣に腰掛けた。

「私、律姉を傷付けるようなこととか言っちゃった?だったらごめん。でも、私は本当に律姉のこと応援してるよ?律姉とお兄に、結婚してほしいもん!ほんとだよ!」

「寧は何もしてないよ。急にどうしたの?」

「じゃあ、どうしてお風呂から上がったら覇気がなくなってるの?律姉が急にふんわりしんみりしてる気がする。」

 寧は律香の両手を包み込むように握った。寧の手は子供のように温かくて、律香は自然と顔が綻んだ。

「んー……。あたしさ、今まで他の女の子の邪魔ばっかりして好かれる努力みたいなのしてないなって思って。しかもその邪魔がマシューにとってもよくなかったんじゃないかなーって思って。だから、どうなるかわからないけど、告白してこの片想いに決着つけちゃおっかな~って思って。」

 律香がそう言い終わるや否や、寧は律香の頬を両手で挟んで寧の方を向かせた。

「諦めようとしてるじゃん!」

 寧は眉間に皺を寄せている。

「え、あー、いや、諦めることになるかどうかはまだわからないし…。」

「じゃ、律姉は今告って付き合えると思ってんの!?」

「別に付き合えなくても…」

「嘘ついちゃだめ!彼女いるかもって話だけでヤケ酒するくせに。」

 寧のその言葉は律香にとってもっともであり、何と返せばよいかと黙ってしまった。

 寧は再び律香の両手を握り、続けた。

「律姉、勝とう。私、協力するから。」

 律香は寧の真っ直ぐな目と勢いに飲み込まれそうだった。

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