第9話 軽い嫉妬
僕ら冒険者の収入源であるクエストというものは大抵クエストの前日までにクラン内でパーティを結成し報告、そして準備をしてから出発するというとても計画的なものだ。そして僕は今日クエストの予定が入っていない。
『つまり今日はオフだ』
(オフだなんて気取った言い方をして、すっかり人間の文化に染まりましたね主様)
『一年向こうで暮らしたからな。流石に人間の文化のことはある程度理解した』
(ところで今日はどうします? 前の休日みたいに向こうで拠点にしてる部屋で過ごすのもいいですけど、たまには私達の世界を観光でもしませんか)
『観光ね。僕達の世界といっても人間達に開拓されちまったからな』
(それがいいんじゃないですか。どんな感じに変わったか確かめに行きましょうよ)
『確かに部屋とクランハウスといつもの食堂くらいしか行かないからな。どんな店があるのか見にいくか』
(そうですよ。スイーツとかないかな〜)
『それが目的か。まあいいか。ただ僕が金を出してるってこと忘れるなよ』
クランハウスから出るだけでも多くの店が目につく。昔はだだっ広い平原だったここも今では人間達の街に様変わりだ。
そんなちょっとしたノスタルジーに浸りながら街を歩いていると勇気が走ってきて僕を呼び止めた。
「あ、いた、凪くん! 探してたんだ。凪くん今日クエストの予定入ってないよね。もしよかったら今日の僕達のパーティに入ってくれない?」
「急に? 別にいいけど」
『実験ができるなら』
(ブレませんね、主様は)
「ありがとう。実は三人パーティで行く予定だったんだけどちょっと戦力が不安でね。事務担当には僕から言っておくから」
「わかった」
「それじゃあ三十分後にクランハウスに集合で」
別に準備などすることもない。クエストで必要になるようなものは大抵魔法を使えば瞬時に用意できる。僕は勇気に言われた時間より前にクランハウスに戻った。
『これが今日のクエストか』
クランの受付で今日のクエストの依頼書を確認する。報酬が多いとは言えない依頼だが難易度を考えれば妥当だろう。
(なんか少しおかしくないですか。クエストの内容を見るとそこまで難しいと思わないんですよね)
メイが僕の持つ依頼書を覗き込んで言った。
『確かに。メンバーも剣士の勇気に魔法剣士の政喜、攻撃魔導士の麗奈。少しバランスが悪いが僕みたいな補助魔導士がいなくてもこの程度のクエストならクリアできるはずだ』
(十分な戦力があるのにどうして主様は誘われたんでしょうか? わざわざパーティの人数を増やしちゃうと一人当たりの報酬も下がってしまいますよね)
『ああ、それなのに僕を誘ってきた勇気は怪しい。何か隠している気がするな』
(謎ですね)
メイとその謎について話しながらクランハウスで待っていると予定の時間の五分前に政喜と麗奈が二人揃ってやってきた。しかし二人は僕を気にも留めずに二人だけで会話している。そして時間ぴったりに勇気がやってきた。
「みんな揃ってるね。それじゃあ行こうか。そうだ、今日のクエスト凪くんも誘ったんだ」
政喜と麗奈が僕の方を見る。
「あれ? 今日は三人で余裕だと思ったんだけど」
「報酬下がっちゃうよ。私達のこと信用してないの?」
「いや、そういうことじゃないよ。今日の依頼は今度の大型クエストの調整のためのものって話したよね。せっかくだから凪くんも一緒に調整をしておこうって誘ったんだ」
『話が違うな』
声に出そうとしたが勇気が目配せをしてそれを制止した。
「報酬は僕の分から出すから政喜くんと麗奈さんは気にしなくていいよ」
「それなら……」
「わかったよ。それじゃあ行くか。凪もよろしくな」
二人は納得したようだ。そんな二人に隠れて勇気は僕に耳打ちする。
「ごめんね。二人の実力が不安とはいえないから」
『言い訳くさいな』
(まだ何か隠してそうですね)
疑惑を抱いたまま僕はパーティと共にクエストに出発した。
クエストの地点までの道のりは森が続いていた。僕達はその森を慎重に進んでいた。二人を除いては。
「まーちゃん♪」
「なに? れーくん」
「この草最近の研究で飲むと魔法が強くなるってことがわかったんだって」
「へー、物知りだな、れーくんは」
「それで友達が使ってみたんだって。確かに魔法は強くなったみたい。でもね、もう使いたくないって」
「えー、なんで?」
「なんか、すごい不味いんだって」
「マジ? そうなんだ」
「でもそれなのにこの草を売ってる店は人気なんだって」
「みんな強くなりたいんだな」
「ねえ、今度一緒に行ってみない?」
「えー、やめておこう」
「いいじゃん。魔法強くしたいし」
「うーん、わかった、じゃあ今度の日曜行ってみようか」
「やったー」
(オチのない会話……)
『他人の日常会話にいちいちオチを求めるなよ』
政喜と麗奈が四人パーティだというのに二人の世界に入ってイチャイチャしている。そしてリーダーの勇気はその二人から離れて気まずそうにしている。
(なるほど、確かに三人でこの空間にいたくはないですね。だから主様を誘ったんだ)
『しょーもない理由だったな』
二人の会話の音量は道を進むにつれて大きくなっていった。
(それにしてもうるさくてむかつく)
『さっきあの二人がまだ小声で話してた時もうるさいって言ってたよな。あの音量でうるさいならなんでもうるさいだろ。体が小さいからか?』
(違います! そもそもうるさいってのは音量の問題じゃないんですよ。話の内容や振る舞いでもうるさいことはあるんです)
『なるほど。いつものお前みたいなことか』
(……もうそれでいいです。あと独特な呼び方をしているのも癇に障ります。なんでくんとちゃんが逆なんですか! まーくんとれーちゃんでしょ!)
『それは個人の自由だろ』
「れーくん」
「まーちゃん」
俺達が話している間にも二人の会話は続きメイのストレスは溜まっていってるようだった。
(本当にさっきから盛っててうるさいですね)
『これで文句五回目だ。嫉妬は醜いな』
(主様は鬱陶しいと思わないんですか。こういうことに人一倍うるさそうなのに)
『偏見をやめろ。神は下等生物の交尾を見ても嫉妬もなど何も感じないのだよ』
(その下等生物でも恋人がいるのに主様はどうして独り身なんですか)
『どこで習った、その煽り文句』
(やーい、億年独身)
『自分で考えたのか』
むかつく顔をしているメイを手で握ってギュッとする。メイが僕の手を三回叩いてギブアップを宣言するまで続けた。
(ほら、こんな感じで器の小さい主様はバカップルとか許せないと思ったんです)
『むしろ微笑ましいじゃないか。こいつらはそのうち種を残すために繁殖をするんだ』
(繁殖言わないでください!)
『じゃあ交尾?』
(それも……でも人間の言葉で言われるのも嫌ですね)
『そういえばまだ人間の交尾は観察していないな。あっちの世界に映像資料はたくさんあったが買おうとしたらお前に怒られたし』
(当然ですよ)
『せっかく身近にサンプルがいるんだ。ぜひ観察させてもらいたい』
(主様、それはただの覗きです)
メイは何故か僕を軽蔑したような目で見ていた。