第6話 王子様登場
今日は人間達の世界の部屋でだらだらと過ごしていた。
(こんなだらけてていいんですかね)
『いいだろ、研究にも休みは必要だからな』
(でも今日は昼に緊急のミーティングがあるからクランに全員集まるようにって勇気さんが話してませんでした?)
『そうだっけ?』
(また話聞いてなかったんですね)
『まあ、メイが聞いてたんだからいいじゃん。それにしてもミーティングか。ダルいな。よし決めた、体調不良ということにして休もう』
(要するに仮病を使ってサボるんですね)
『その通りだ。メイ、スマホでメール送っておいて』
(えー、それくらいやってくださいよ。もう)
文句を言いながらもメイは自身の体と比べればかなり大きい液晶を必死になって操作し始めた。
(あ、そうだ、主様アイス食べたい気分じゃないですか。私そんな気分なんですけど)
『わかる』
(それじゃあ、近くのコンビニまで買ってきてください)
『えっ? お前僕に命令するのか』
(いやいや、私ごときが主様に命令なんてそんなことできませんよ。でもほら私だと買い物に行けませんし)
『ちっ、わかったよ、行ってくる』
メイは先代の妖精よりも図々しい。本人にそのことを言うと僕と話していてストレスを溜めないでおくために最適化された性格なのだという。割と最初の頃からこんな性格だった気もするが。
次の日クランハウスに行くとホワイトボードに文字が書かれていた。ミーティングというからには会議に関することがいくつも書かれているのかと思ったが一文字だけ「空流」と大きく書かれていた。
「あ、凪さん。今日は体調大丈夫なんすか」
蓮斗が駆け寄って聞いてきた。
「ああ、もう大丈夫」
(仮病ですもんね)
「でこれ何?」
「あ、これはですね。クランに新しく入った人の名前っす」
「これなんて読むんだ?」
(そら……ながれ)
『そうとしか読めないな』
「クール。くうるさんすよ」
『こいつの親、異世界人に優しくない名前をつけたものだな』
(異世界に行ったときに苦労するって思わなかったんですかね)
「名前の通りすごいかっこいい人なんすよ」
蓮斗は興奮気味にそう語る。僕はそれを右耳から左耳に聞き流した。どうせ同じクランなのだからその内顔を合わせるだろう。
しかし度々話題には上がったものの僕はクエストの都合で空流という新人とは顔を合わせることはなかった。ただ他のクランなどの人間も集まるレストランにいたところこんな噂を耳にした。
「最近鍵の家に入ったテイマーの成績が突出していいらしいぜ」
「俺、会ったことあるわ。すげー強さで魔物を倒しまくってた。他のパーティメンバー棒立ちだよ」
「いいなー。俺達のクランにもそんなヤバいやつが入ってくれたら」
『確かにクラン内で見れる成績でもずば抜けてるな』
(まだ主様に会ってないからデバフの被害に遭わなかったんですね)
『そう、だから早く会いたいの』
(その人クラン選びを間違えてしまったんですね。こんなやつがいるクランなんて……)
『うっせ』
(ところでテイマーってなんですか? 職業ですよね)
『そうだ。テイマーは自分の魔力を餌にして動物達を操るしょうもない連中のことだ』
(ああ、ペットがとられたから嫉妬しているんですね)
『この世界の動物は全部僕のペットだったのに……あいつら勝手にやってきて横取りしていきやがって……。絶対僕の方が愛されてるもん! テイマーと僕並んでたら僕の方に歩いてくるもん!』
(うわぁ、泣いてる。きついなぁ。でも本当に主様は動物が好きですよね)
『ああ……向こうの世界では動物好きに悪い奴はいないというらしい。それだけ動物には人の心を安らげる力があるんだ』
(主様は反証そのものじゃないですか)
『ちなみに妖精使いも広義のテイマーだが魔力を流す必要がない代わりに妖精に好かれる必要がある。あいつらとは違うんだ』
(主様は妖精使いじゃないですけどね)
『でも妖精に好かれてるのは一緒だろ』
(…………)
『おい』
こいつ目を背けやがった。
このまま快進撃を続けられると僕が他のメンバーにかけたデバフがバレてしまうかもしれない。早めにデバフをかけて潰さなければ。そう思って空流というやつを探していたのだが僕が見つけるよりも先に向こうが見つけ話しかけてきた。
「こんばんは。凪くんだよね、妖精使いの。僕は空流、よろしく」
空流は確かに前評判通り美青年的な容姿をしていた。イケメンというやつだろう。テイムの王子様という呼び方を蓮斗や他のクランメンバーがしていたが、その名の通りの王子様が現れた。ただ唯一想像と違って驚いたのは胸がわずかにあったことだ。
(女性?)
「女だったのか」
「うん、みんなから聞いてなかった? あ、別に気とか使う必要はないよ。この格好は好きでしてるだけだから。女の子として扱ってくれて構わないよ」
「はあ……」
「そうそう、実はね、ずっと凪くんに会いたいと思っていたんだ」
「どうして?」
「前置きから話すから少し長くなるけどいい?」
『もうデバフはかけたからどうでも』「いいよ」
(早っ!)
「この前見つかった謎の宝箱。確か見つけたのは凪くん達だったよね」
否定する必要もないので僕は頷いておく。
「僕達人間がこの世界にやってきて一年。これまでにこんな宝箱が見つかったことはない。つまりこの宝箱が示すのはこの世界に人間以外の高度な文明を持つ生物がいる、かもしれないということだ」
「…………」
「さらにこの小瓶に入っていた薬、幸いにも蓮斗くんの妹さんが飲んだら病が癒えるという結果になった。
実は人間と妖精で効果がある回復魔法が違うんだ。体の作りが違うんだから当たり前だよね。それと同じように薬にも種族によって良し悪しがあるようなんだ。
もしこれが妖精を回復させるための薬だったら蓮斗くんの妹さんの体に何か悪影響があってもおかしくなかった。つまりこれは人間用、もしくは人間に体の作りが近い種のための薬なんだ」
「…………」
「仮に異世界人としようか。どうかな? これだけ揃えば異世界人がいると考える方が自然でしょ」
『やっべ』
(なんでこんな絶対怪しまれるようなもん考えなしで用意したんですか)
『人間にこんなことに引っ掛かるような奴がいるとは思わなかったんだ』
(他人をバカにするにはそれなりの知性がいるらしいですよ。でないと後で自分に返ってくるって)
『実感した』
(反省もして)
メイの言う通り反省もした。しかし空流の追及は終わらない。
「では異世界人とはどのような種族なのか。その謎を解く鍵になると思っているのは妖精族。妖精族はこの世界で発見されている種族の中では最も賢い種なんだ」
(えへへ)
『照れんな!』
「実は異世界人の存在する可能性が浮上する前から個人的に妖精族の調査を行っていてね、
妖精の里に行ってみた。そこには落書きのようなものがあり羽の生えた妖精の横に大きな二足歩行の動物の姿が書かれていたんだ」
(あ、主様が遊びに来た時にみんなで書いたやつだ!)
『消しとけって言わなかったか』
(言われましたけどぉ、お母さん達が勝手に残しててぇ)
「比率を考えると三メートル近い巨体で人間によく似ているが目鼻口がそれぞれ歪んでいて肩ではなくその少し下から腕が生えている」
『絵が下手なだけだろ』
(でも私達妖精の絵が下手だったから正体がバレずに済んでるんですよ。もし上手かったら今頃クランにはいれません)
『そもそもそんなモンタージュみたいな絵だったら確実に消させてる』
「それとデフォルメされたのかわからないが頭頂に三本だけ毛が生えている」
『あれ? お前ら僕のことバカにしてる?』
(し、し、してないです、してないです)
『お前嘘つく練習しとけ。人を傷つけるぞ』
(やっときます)
『絵の練習もな! ただし僕は描くなよ』
(善処します)
『というかデフォルメされた図かもしれないという発想があるならただ絵が下手なだけの可能性にもたどり着くだろ』
(妖精はちょっと賢い種族ですから絵が上手いオーラが出てるのかもしれません)
『実際はあれだが。あと賢さの方も……。きっとこいつがお前と話したらガッカリするだろうな』
下手な絵を晒して主人を危機に陥らせる種族のどこが賢いんだか。