第3話 後輩からの相談
僕が解雇されそうになりそれを時間を巻き戻して回避してから半月が過ぎた。
(最近はクエストの失敗が少ないですね。あれに懲りて実験はやめたんですか?)
無神経なメイがそう僕に尋ねてきた。
『実はね、あれから悩んで考えたんだ』
(へー)
『どうやったらバレないように実験を続けられるか』
(実験をやめるという選択肢は?)
『ない。いいから話を聞け。そして一つの結論に辿り着いたんだ』
(結論ですか?)
『そう、それはクエストの際にパーティ全員にデバフをかけないということだ』
(え、それは実験をやめることとは違うんですか)
『まったく違う。つまりは僕はこれから全員ではなく数人にデバフをかけて観察するスタイルに変えることにしたんだ』
(それってこれまでと何か変わるんですか?)
『お前、今日は訊いてばかりだな。変わるさ。例えば四人パーティだとしたらまず一人だけにデバフをかける。全員に一度にかけてしまうよりもパーティ全体への影響は少ない。そしてクエストの途中でそのデバフを解除して別のやつにかけるんだ。これくらいなら個人の調子の良し悪しで誤魔化せるし不自然に思われないだろう。僕が参加するクエストの成功率も上がるはずだ』
(なんかちまちましてますね。一応神様なのに……)
『これも研究を続けるためだ。それだけじゃないぞ。昨日クラン全員のステータスを確認して徹夜で今後の実験スケジュールを立てたんだ』
(そんな遠回りなことするよりもお得意の魔法でどうにかしたらどうです? 洗脳魔法とかないんですか?)
『あるにはあるが対象に酷いストレスを与えるんだ。被験体がその状態では実験にならない。他の便利な魔法もほとんどが被験体にストレスを与えてしまうから使えない』
(へえー……でも一番ストレスになっているのは弱体化魔法だと思いますけど)
『それはいいの。それ込みの実験だから』
(うーん、うまくいくといいですけどね)
そのメイの言葉には全く心がこもっていなかった。
それから一週間、僕は考えた方法を試してみた。その結果、僕の成績はデータなど取るまでもなく明らかに上がった。
『正直データの収集のペースは遅いがこの方法なら確実に研究を続けられる』
(ずっと言ってますけど研究ってどれくらい進んでいるんですか。成果を教えてくださいよ)
『研究には成果が中々出ないつらい時期がつきものなんだ』
(要するにまだ成果なしってことですか)
『まあ、僕らや妖精族に役立ちそうな研究成果はないな』
(じゃあもうやめません?)
『こういうのは根気よくだよ』
それからさらに一週間、研究は順調で僕はクランメンバー行きつけの食堂で気分よくディナーをとっていた。
『食に関しては人間達の方が進んでいるな』
(主様、好きですねー。私も好きですけど)
『この世界に人間どもがやってきて唯一よかったことだ、こんなレストランができるのは』
そんな僕達に同じクランメンバーの蓮斗が声をかけてきた。
「今一人っすか、凪さん」
普段クエスト中以外で僕に話しかけてくるやつなんていないのにどうしたんだろうか。
「そうだけど?」
(私もいますよー、って声届かないか)
「他の人と一緒に食べたりしないんですか」
「しないね。食事は一人でとりたいから」
(私は?)
『ノーカウントだ』
「そうなんすか」
蓮斗はクランの中でも若い方でメンバーのほとんどにこの荒い敬語を使う。
「ところでっすね、実は俺、凪さんに相談したいことがあるんすよ」
「相談? 僕に?」
「はい。凪さんってこの前成績不振でクビになりそうになってましたよね」
「嫌なことを思い出させるな。せっかくの食事が不味くなる」
(美味しいままですよー)
さっきからメイがいつにも増してウザい。絡みづらい。
『お前もしかして酒飲んだか?』
(酔ってるって言いたいんですかー? 飲んでませんよ、酒なんて、そんなもの、ヒクッ)
なるほどメイは酒の臭いで酔ってしまったようだ。身体が小さいからその程度でも酔っ払ってしまうのだろう。酔いが覚めるまでコップの中に閉じ込めておこう。僕はそう思って空のコップを逆さまにしてメイに被せた。
「あの、聞いてるっすか」
「聞いてなかった。何の話だっけ?」
「俺も成績が落ちていてクビになりそうなんすよ」
「……そう」
「でも凪さんはそこから成績を回復させたじゃないですか。その秘訣を教わりたいと思いまして」
「秘訣なんてない。ただ一生懸命普段やっていることをしたまでだ」
「そうっすか」
「…………」
どうも喋りづらい。メイがいないと調子に乗っても虚しいだけな気がする。とりあえず何か適当な言葉を捻り出した。
「どうして成績が悪くなったかを考えるといい」
「理由……あまりわかんないっす。疲れてるのかとも思いましたけど少し疲れている程度でこんなに成績が落ちるなんてこれまでありませんでしたから」
そうか、こいつ僕のデバフのせいで成績が悪くなっているのか。デバフは僕と同じパーティ以外でも同じシステムでかかるようにしてある。元々調子の悪いやつにさらにデバフをかけたせいでそいつが突出して成績が悪くなってしまったのだ。
「不思議なんすよね。特に凪さんと一緒の時より一層身体が重くなるような」
「い、いや、普通に考えて疲れが原因だろ。これまで以上に疲れてるんだよ。僕は関係ない」
しどろもどろに答える僕に気づかず蓮斗は話を続けた。
「ははっ、わかってますよ。やっぱりあれかな」
「あれ?」
ここで僕は気がついた。
「実は」
いつの間にかコップが振動している。メイが中から叩いているようだ。
『酔いは覚めたか?』
(覚めました)
『よし、出してやろう』
「あの聞いてます?」
「いや、まったく。実はのところから話してくれ」
「そこを境に耳を塞いでいたんすか?」
(主様、私聞いてましたよ。他の人に被害でてるじゃないですか。このままだと彼クビですよ、クビ。助けてあげたらどうですか)
『でも元の調子が悪いのは俺のせいじゃないしな、助ける義理はないな』
(私には義理じゃなくて義務があるように思いますけど)
『そんなものはない』
「俺の家貧乏で、妹がいるんですけどその妹が昔から病弱で、妹の病気を治すために俺金を稼がなくちゃいけないんです」
メイと話す横でそんな話が聞こえてきた。
「いや、そんなつらい境遇の典型みたいなこと言われても」
(声出てますよ!)
メイに言われて急いで口を塞いだ。しかし蓮斗の耳には届いてしまっていた。
「ははっ。確かにそうっすよね。俺みたいなやつどこにでもいる」
(そんなことはないと思いますけどね)
『確かによくあるわけではないな』
「それに俺よりも妹の方がつらいんだ。俺がこんなことで折れてちゃいけない。調子を崩してクランから外されたら元も子もないですし」
「…………」
(そうだ、主様にも妹様がいたじゃないですか。同情しないんですか)
「妹……ね」
「凪さん?」
「とりあえずリーダーに相談してみたら?」
僕はちょうど食事を終えたのでそう言って蓮斗を勇気のところに行くように促した。