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第20話 メイの家出

 主様は馬鹿野郎だ。


 その日私メイは主様と喧嘩して勢いのままに借りていた部屋を飛び出した。人間の世界で言う家出というやつを私はしたのだ。

(しかし……いざ家出となるとどうしていいものか)


 そもそも私達はアリアちゃんのライブの後そのまま新しい街に滞在していた。新しい街はイソップの街と名付けられたが、ここはこれまで暮らしていたグリムの街とは違い、来れるのが強い冒険者に限られている。妖精使いはそこまで強い職ではないので私と仲のいい妖精を連れた妖精使いはまだイソップの街に来れていないのだ。


 相談できる相手がいない。それすなわち行くあてがない。

(考えてみれば私達の声が聞けるのは主様だけだからな〜)

 私と会って言葉を交わさずに私のことを他の妖精とはっきり区別できる人間は空流さんくらいだ。それ以外のクランメンバーだと主様の妖精だとわかってもらえないかもしれない。しかしその空流さんはクエストに出かけているらしい。人間以外で頼れるのはアリアちゃんがいるが、彼女は次のライブの予定でグリムの街に出かけている。


(グリムの街にワープする? でもあんまり離れるのは……)

「あれ? 凪さんの妖精さんだ。どうかしたの」

 突然街中で話しかけられて驚いた。声の主は同じクランの忍さんだった。


(忍さんか。クランでも上位の実力者だけど私のこと覚えててくれたんだ)

「覚えてるよ。だっていつも凪さんの周りで騒いでるから」

(……え?)


 何が起こったのか一瞬わからなかった。私は恐る恐る尋ねてみた。

(私の声聞こえるんですか?)

「うん、聞こえるよ」

(マジですか)


 驚いたことに忍さんは私達妖精族の声が聞こえるらしい。

(それじゃあ私達のやりとり聞いてたんですか?)

 もしそうなら主様の正体がバレてしまっているかもしれない。

「やりとり? そうか。凪さんも何か話していたんだね。でも二人で何を話しているのかはちょっとよくわかんなかったかな」


 主様の声は聞こえないということか。それにしても。

(忍ちゃんの理解力が足りなくて良かった〜)

「あれ? もしかして馬鹿にしてる?」

(してないしてない、主様じゃないんだから)

「主様って凪さんのこと?」

(あ……、そうです)

 一瞬答えるのを躊躇ためらったが普通の妖精使いがパートナーのことを主様と呼んでいても不自然ではないはずだ。


「それでいつも二人一緒にいるのに今日はどうしたの?」

 私は忍さんに事情を話した。彼女は行くあてがないことを知るとこう言ってくれた。

「それじゃあ、気持ちが落ち着くまで私のところにいたら? この後レベル上げに行くんだけど一緒に行こうよ」



(それで私が可愛いですかって聞いたら触覚みたいだなって言ってくるんですよ。信じられます?)

「えー、それは酷いね」

(そうなんですよ。まったく主様はいつも酷いんですよ)

 忍さんはレベル上げの合間に私の主様への愚痴を聞いてくれた。彼女は聞き上手だったのでついつい話が弾んでしまった。


「でも、いつも楽しそうだよね」

(楽しそう? あれが?)

「うん、メイちゃんも凪さんも不機嫌そうな顔を見せてるけどいつも楽しそう」

(あれが楽しそうに見えるのが人間の感性なら私達との共存は難しそうですね)

「えー、絶対楽しそうにしてたけど」

(…………)


「ねえ、どうして喧嘩したの?」

(……実は主様がアリアちゃんのグッズを空流さんから沢山買い込んで、それを注意したら怒られたんです。それで主様が罰だって言って私と一緒に食べるはずだったケーキを一人で食べたんです。私はそこでもう我慢できなくなってケーキの一部を持って主様の顔にブシャと)


「激しいね。それに思ったより理由がしょうもなかった」

(しょうもない……そうかもしれませんけど……でも主様は普段から酷いんです)

 私はこの前あった主様の行動について話し始める。忍さんはそこで小さく呟いた。

「また始まっちゃった」



 私が主様への愚痴を話し続けていると忍さんは突然別の話題に切り替えた。

「そういえばなんで私はメイちゃんの声が聞こえるんだろうね」

(さあ? 妖精族の伝承では心が綺麗な人に声が聞こえるそうですが)

 しかし主様のことを考えると違いそうだ。


「本当? 私心綺麗なんだ。やった。私実は心配してたんだ。もしかしたら性格悪いんじゃないかって」

(どうしてそんなことを? 忍さんはとっても優しいじゃないですか)

「私、ちょっと惚れやすいんだ」

(恋愛脳ってやつですか。わかります。知り合いにもいますよ)

 私はアリアちゃんのことを思い出した。


「ちょっと違うかも。聞いてもらえる? あのね、初恋は小学生三年の時、クラスメイトの男子に恋したの。必死にオシャレとか勉強して髪型とか可愛くして告白して付き合ってもらえることになったんだ」

(へぇー、よかったですね)


「次の恋が四年生の時」

(ん?)

「サッカー部の先輩に恋してね、またその先輩の好みに合うように髪型とか変えてまた告白していいよって」


(ちょっと待ってください。最初の初恋の相手はどうしたんですか)

「告白を受け入れてくれてすぐに振ったよ」

(え、付き合ってたんじゃなかったんですか)

「付き合ったよ、数秒。でも……なんかもういいかなって」

(え……それじゃあサッカー部の先輩は?)

「振ったよ」

(OKもらえたのに?)

「OKもらえたからだよ。それでね次は」

(待ってください。もしかしてこれから先の恋バナ全部それですか?)

「すぐ振ったかってこと? そうだね。色んな人に恋して付き合ったけど一分持った人はいなかったな〜」

(すごい強キャラみたいな発言……)


「だって付き合ったらもういいかなって思わない? この人クリアできたら次のもっと難しそうな人に挑みたくなるみたいな。浮気はしたくないからね」

(忍さん、恋愛脳じゃなくて恋愛シュミレーションゲーム脳ですね)

 この人心がすごい汚れてる……かもしれない。もしかしたら伝承とは逆で心が汚い人にだけ聞こえるのかも。でもこのことは口にしないでおこう。


「今気になってるのは勇気リーダーか凪さん」

(主様と勇気さん?)

「そう、リーダーはイケメンでモテそうなのにそういう話聞かないし、好みとかもわからないから攻略が難しそうだなって」


 勇気さんはいじめられていた経験からカップル恐怖症だから仕方ない。でも……。

「凪さんも何故か地味だけど顔は良くて気難しそうで攻略が面白そうだなって」

 主様は自分自身にあまり目立たなくなる魔法をかけている。だけどこの恋愛SLG脳には見つかってしまったようだ。


(でも……ダメですよ。主様は絶対……)

「だったら、早く仲直りしてそばにいてあげないと」

 忍さんは私の目をまっすぐ見てそう言った。その瞳はとても透き通っていて綺麗だった。

(……忍さん、もしかしてそれを伝えるために?)

 忍さんは首を縦に振った。

(ありがとうございます。でも……説得の仕方、最低じゃないですか?)

「えへへ。ごめんね」

 忍さんはそう言ってからレベル上げに意識を戻し、次に狩ろうとする魔物に向き直った。


「あれ? 見たことない魔物だ。この辺りの新種かな」

(このパターンは……)

 その魔物はゆっくりと私達に向いて火の魔法を撃ってきた。

「《ウォーターベール》」

 忍さんが水の魔法で防御する。しかし魔物の炎は水の壁を蒸発させて私達に迫ってきた。


(危ない! 《ウォーターベール》)

 咄嗟に忍さんの使った魔法を真似て使う。私の水の魔法で炎は消すことができた。しかし魔物はギラリとした視線を私に向けた。


 そして魔物は私に飛びかかってきた。

(妖精にも攻撃を? それに妖精族が苦手な物理攻撃……この魔物知性がある?)


 この手のトラブルはどうせ主様のせいだ。そう思ったけど違う。似ているけどもっと別の……別の圧倒的な力。


 私が魔物の攻撃を避けるのに専念している間に奴の魔法に当たって忍さんが倒れていた。

(まずい。忍さんが早く蘇生魔法をかけないと……)


 一瞬集中が切れた私の体を魔物の爪が引き裂いた。

 ズサッ!




 痛い。痛い。痛い。


 視界が赤い。


 体が動かない。


 息ができない。


 魔法が使えない。


 せめて忍さんだけでも助けたいのに、何もできない。


 あ、誰かが助けに来てくれた。蘇生班かな。これで忍さんは助かる。よかった。


 でも私は、私がここにいることは、誰も知らない。


 死ぬんだ。ここで死ぬんだ。


 もっと先だと思ってた。もっと穏やかに、幸せに、最期は主様に看取られて逝くんだとそう思ってた。


 主様……。最期くらいは……。

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