第1話 妥当解雇
「凪くん、伝えなければならないことがある。今日で君はクビだ……」
今日僕に突然訪れた宣告だ。
「え」
僕にクビを伝えたのは僕が所属するクラン《鍵の家》のリーダー、勇気だった。人望があり実力もある、剣を得意とする前衛職の男だ。
僕は凪と名乗って三ヶ月前にこのクランに加入した。サポート職として魔法を使って味方を強化する役割だ。
今日僕はこの勇気を含めた四人のパーティでクエストに出た。しかしパーティは魔物に襲われて全滅。回復こそできたが目的のクエストは失敗して意気消沈でクランに帰ってきたところだった。
「なぜ? 僕はきちんと後衛職としての役割を果たしていたはずだ」
「すまない……」
苦しそうな顔を勇気はしていた。
「あんたがクランに入ってからろくな成績を上げてないからよ。それどころかあんたに引きずられてクラン全体の成績も落ち込んできているわ」
今日共にクエストに行った弓使いの美波が言った。口の悪い女だ。弱い冒険者にはとても厳しい。
「彼女の言葉は厳しいかもしれないが事実だ。君が参加したクエストの達成率は僕らのクランの平均を大幅に下回る。全体でも君の加入前はうちのクランは9割の達成率を誇っていた。しかし君が加入してからは急速に減少していき、とうとう今月7割を切るようになった」
「本当にしっかり仕事してるの? 私はあんたが私達にデバフをかけて任務を妨害してるんじゃないかとまで思ってるわよ」
「そんなわけないだろ、美波。いくらなんでも凪くんに言い過ぎだ」
勇気が美波に注意した。
「そもそもこの世界の魔法でかけられるのはバフだけ、つまり人間ができるのは強化魔法だけで弱体化の魔法なんてどれだけ優秀な魔法使いでも使えない」
僕はぶっきらぼうに弁明する。
「そうなの?」
彼女がクランの他のサポート職に尋ねた。その彼は縦に首を振った。
「そういうことだ。任務を失敗して機嫌が悪いからといって人に当たってはいけない。謝るんだ」
「はいはい、悪かったわ」
サポート職への誤解が晴れてよかった。
『それにしてもこの女……なんで気づいたんだ! 弱体化魔法はなるべくバレないようにかけていたはずなのに』
心の声でそう叫んだ。
(そんなことしていたんですか! 主様は! それならクビも当然じゃないですか!)
耳元で小さな声がする。妖精使いとしての僕のパートナー、妖精のメイだ。彼女の声は僕にしか聞こえない。
僕が名乗る妖精使いは妖精の魔力を借りて魔法を使うのだが、妖精の魔力は攻撃魔法には向かないため補助魔導士としてクエストに参加する。だが僕は実際は妖精使いなどではない。メイがいなくても僕は魔法を使える。攻撃魔法ももちろんできるし人間では使えないはずの弱体化魔法も使うことができる。
『気づいてなかったのか? 僕は仲間達にデバフをかけて実験をしていたんだ』
(実験?)
『彼ら人間という種族を調べるための人体実験だ』
彼らはこの世界を異世界と呼ぶが僕からしたら彼らが元居た世界こそ異世界だ。僕はこの世界で何億年も前に生まれ神としてこの世界を支配してきた。僕と同じ種族はこの世界には片手で数える程度しかいなかったのだ。
しかしある日突然僕らの世界は別の世界と繋がった。そして奇妙なことに僕らと似た姿形の人間という種族がなだれ込んできたのである。彼らはこの世界を勝手に開拓していった。そして彼らの世界にはない魔法というものを使っておままごとを始めたのだ。最初は圧倒的な力の差で彼らを排除してしまおうかと思ったが、ごっこ遊びの中で彼らが魔物と呼ぶ害獣達を駆除してくれているので放っておくことにした。
一方で僕とメイは逆に彼らの世界に行き彼らの文化・生態を一年間調査していた。そして最近になって元の世界に戻ってきた僕らは人間という生物の調査のために冒険者としてこのクランに潜り込んだのだ。
(戻って調査するといっても何をするのかと思っていましたけど、まさかそんなことをしていたなんて。それにいつの間に)
『最初に僕を紹介するためにクランメンバーが集まった時があっただろ。その時に全員に少しだけ弱体化の魔法をかけたんだ。そして同じパーティとしてクエストに挑んだ時に徐々に負荷を増やした。直に彼らの反応を観察できるからとてもいいデータが取れる』
(よくみんなにバレませんでしたね)
『魔物を倒すとその魔力を吸収して強くなるだろ。奴らがレベルアップと呼んでいる現象だ。そのレベルアップの分と相殺されてバレにくくなっているんだ』
(計画的なクソ野郎ですね)
僕がメイとそんな会話をしているうちに美波の追求が再開した。
「ともかくあんたがいるとクエストの達成率が下がっているの。原因があんたの実力なのか他のメンバーとの連携に問題があるのかわからないけどそれは事実。あなたをクランから外す理由にはその事実だけで十分じゃない?」
「十分じゃない! 原因がわかっていないならそれを明らかにすべきだ!」
(私からしたら明らかですが)
メイの言う通り僕のデバフのせいだ。しかし知らぬふりをして詭弁を続ける。
「わからないままにしていたら僕がいなくなったとしても同じことが起こるぞ」
(起こりませんけどね)
『いや起こす。僕を追い出したら絶対にこのクランに酷い目見せてやる』
(最低だ)
「わからないと言っても実際はあんたの実力が足りないという見解で一致しているわ。あなたの普段の立ち振る舞いからしてクランのメンバーに嫌われてはいない。誰かと仲が悪いという話も聞いたことがない。そうなると単純に連携の練度が足りないという話になる。練度をあげるためには固定のメンバーでの連携練習を行うべきなのだけど、残念ながらうちのクランでは固定のパーティを組んではいない。
わかるでしょ?
うちのパーティに求められているのは高い実力を持ちクランの誰とでも一定の連携が取れる冒険者なの。連携が取れないというのも実力不足のうちなのよ!」
(この人、口が悪いのに言っていることはもっともなことばかりです)
「メンバーによって達成率に差があるというのは不思議なことじゃない。それでもある程度の連携はできるようにしてほしいというのはクランの採用時に話したよね。残念だけど君と一番相性がいいメンバーで見ても達成率は基準値には達していない」
「くっ……」
(もう反論が思いつきませんね。さあさっさとクランから出ていってください)
『お前はどっちの味方だ』
(私はまともな方の味方です)
『くそっ! どうしてだ? ただパーティメンバーを人体実験に使っていただけなのにどうしてクビにならなくちゃいけないんだ!』
(もう! どうしてわかんないんですか!)
『そもそも神なのにどうしてクビにならなくちゃいけないんだ!』
僕がもがき苦しんでいるというのに勇気達の追求は続いた。
このエピソードはあと1話続きます。