大学入学
1
あの子、髪の毛ボサボサ・・・服も田舎のデパートで、3着1,000円で売ってそうな見た目も安物そのもの・・・足利でもあんなダサい子いないよ・・・でも綺麗だな・・・スッピンの彼女と比べたら、下手な化粧した周りの子達が化け物に見えてくる・・・あんな子と友達になれたらいいな・・・
私は躊躇せず、彼女に声をかけた。
「隣、いいですか?」
「どうぞ」
「初めまして、私、八屋恵といいます。高校の時は皆からメグ・・・」
「宜しく、ハチ。私は菊地紗希。紗希でいいよ」
ハチって・・・小学生の時にはハチとかハチ公とか言われてからかわれたけど、中学高校の時はそんなこと言われたことがない。大学で振出しに戻ったのか、私・・・
「菊地紗希・・・あっ、あの体操選手の菊地紗希さんですか!私、ファンでした!この大学で一緒になれるなんて、夢のようです!」
「彼女は死んだよ」
「えっ?」
「2年前にね・・・私は貴方の言う菊地紗希じゃない」
「・・・」
「まぁ、同姓同名で生年月日も同じ・・・間違えて当然だけどさ」
「そうなんですか・・・」
「ハチ」
「はい?」
「どの講義を選択するの?見せて」
「これですけど・・・」
紗希は私の履修届を確認すると、幾つか勝手に講義を追加した。
「これで私と同じになる」
「ちょっ・・・これ、2年時の必須単位も入っているじゃないですか!」
「大丈夫。統括教授の許可得ているから」
「じゃなくて、これじゃバイトも部活もできない!」
「あんた、何しに大学に来たの?」
「私の実家、栃木の足利で動物病院しているです。だから、お父さんに勧められて・・・」
「その程度の考えなら、大学辞めちゃいな」
「じゃ、菊地さんは何のために獣医学科に進学したんですか!」
正直腹が立った。初対面の人間にここまで言われる筋合いはない。
「命を救いたいから」
愕然とした。そりゃ、建前としてこういうセリフを言うことは誰でもできる。だけど、透き通るような無垢の瞳でこうしたセリフを言える人ってどれだけいるのだろう・・・
「それ、マジで言ってんですか?」
「じゃあ聞くけど、あんたにとって獣医師免許は金儲けの道具?それとも地元の有力者と結婚するための箔付け?あんたみたいな輩がいなければ、高い志を持った受験生がもっと合格できたんだよ!合格した以上、自分の使命を全うしなさいよ!」
「そこ、煩い!」
単位取得を説明していた准教授が切れた。私は紗希の正鵠にぐうの音もでなかった。父親は私が高校生の時から県会議員の息子との婚約を画策していた。そのためにも、自分の動物病院の後継者という箔付けが私に必要だった。私は履修届を紗希から引っ手繰った。
「私が決めることだから!」
「ふん!」
最悪なスタートだった。いきなり喧嘩して、半ば自己嫌悪に陥って・・・だけど、冷静に考えると紗希が言ったことは何一つ間違っていない。履修届、どうしようかな・・・
2
「あの子、また1人でいる・・・」
「放っとけば。ウザいし」
「そうそう、あんなバカみたいな正論に付き合ってられないわよ」
紗希は私に言ったのと同じことを何人かに話したらしい。結果、ウザい奴という烙印を押され、誰も相手にしなくなっていた。だけど、紗希の言ったことは間違っていない。むしろ、間違っているのは紗希をウザいと敬遠している彼女達じゃないのか・・・
「メグ、何処行くの?」
「ちょっとね・・・」
ベンチで紗希は1人でお弁当を食べている。私はサンドイッチとカフェオレを持って紗希が座っているベンチに赴いた。私は無言で紗希の隣に座った。
「私、履修届を修正しないで提出したよ」
「・・・」
「紗希と同じ講義を受講する。2年生の単位も」
「・・・」
まだ怒っているのかな・・・紗希目当ての男子以外からガン無視されているしな・・・
「午後の講義、一緒に行こう・・・これ何?」
紗希のカバンの中に雑誌のようなような物が入っている。
「これ、ファッション雑誌じゃない!しかも超メジャーな!紗希もこうした雑誌読むんだね!普通の女の子なんだ!」
「読まないよ」
「えっ?」
「マネージャーが内容確認しておっけて言うから」
「どういうこと?」
紗希はカバンから雑誌を取り出すと、私に渡した。それは雑誌ではなく、紗希を特集した雑誌のゲラだった。
「超新星のモデルデビューって・・・」
「私ね、ファッションモデルのバイトしてるんだ。土日限定だけどね」
「ちょっと、話違くない?何バイトしてんのよ!」
「開業のための資金だよ。それに、全国に猫シェルター造りたいし」
私は何もしなくても父親から動物病院と顧客を引き継ぐことができる・・・紗希は今から開業の準備をしているの?・・・ダメだ・・・私は紗希に敵わない・・・紗希が言った命を救いたいという言葉、本気だったんだ・・・紗希の本気度を見たい。私は紗希の夢を一緒に見たくなった。