第五話 源平合戦RTA
あれから何度やり直してもダメだった。
どういうわけか鎌倉を出るとわたしは一年以内に殺されてしまう。
本当に比叡山の信者はどこにでもいる。わたしだけ京へ行かず木曽や北陸に隠れていても見つけられて殺される。でもわたしが予言をしないと行家が動かないから平家に逃げられてしまう。どうにもならない。
やっぱり、一年という限られた時間の中では、義高さまと生き残る道がひとつもないのかもしれない……。
「でも、何回も何回も何回もっ! 殺されたおかげでわかった!」
わたしはまた呪いの源平池に来ていた。
大人の“私”に話かける。
「邪魔なのは源氏とか平家とか武士だけじゃなかった!」
「……なにが私達の障害なの?」
「公卿も延暦寺も後白河法皇も、ぜんぶだよッ!!」
神に選ばれた天皇を「邪魔だ」と言い切るわたしに、“私”が絶句した。
初めて見せる表情だな。義高さまを救うためなら、どんな犠牲さえ容認しそうなこの“私”さえも引かせるとは、信仰心とは厄介なものだ。
「でもさ、わたし達に崇めるべき神様なんていないでしょ」
だってわたしはもう最悪な不幸を知っているもの。
愛する人の死を受け入れることが運命?
バカバカしい!!!
「ねえ、やっぱり時間が足りないよ……もっとずっと、ずーっと前からやり直すことはできないの?」
「呪いの力をすべて使えば一回くらいならできるかもしれないけど……どこまで戻れるかわからないし、失敗したら私達はどうなるかわからないわよ。永遠の地獄に落ちるかも」
「それでも、こんな子供のままじゃ、しかも実際の猶予は数ヵ月しかない状況じゃ賭けるしかないじゃない」
たった一年ですべてを上手く転がすなんてゼッタイ無理。
それがここまでの結論だった。
「わたしは未来を知っている。この呪いの恩恵を神の啓示だって偽る」
源氏嫡流のみの繁栄というお父さまの狙いを抑え、この武家が作った戦乱の流れを完全に操れるとしたら本物の奇跡を創造するしかない。
「でもまだ軽い。ふしぎな力があるって証明できても大人に利用されて終わりだ。もっと何か……そう、畏れとか崇拝とかそういうもので……そうだっ!」
ひらめいたっ。
「わたしが日本で一番偉くなればいいんじゃん!!」
「あなたそれって、平将門になるつもり!?」
* * * * *
時を遡り、治承四年、西暦1180年の春。
義高さまとの出会いまで、あと三年。
……って長いな! 義高さまと会えるようになるまで、まだまだ時間がかかる。このさびしさだけは予定になかったよ。でも計画のためには我慢だわたし!
今回、赤ん坊の頃から記憶を持ってやり直してきたわけだけど……実は歴史が変わるような行動は起こしていない。ふしぎな力があるっぽく小さな出来事を予言しているせいで、神童だの天人様の生まれ変わりだのといろいろ言われてはいるけど。
「お前……大事な話だから外してくれと――」
「それが……この子がどうしてもと泣き止まなくて……」
「…………あの一幡が?」
だけど、のんびりした生活も今日でおしまい。
やっと来たんだ。待ち望んだ相手が。
これでわたしも予言の神子として本気を出せる。
「わたしもお客さまのおはなし聞くー!」
舌足らずな言葉で断固とした意思を見せると、お父さまはお母さまと不思議そうな顔を突き合わせた。しばらくしてから静かにしていろと言って承諾する。
まずは第一関門クリアー。
「すみませぬ義盛殿、娘が話の前にどうしても挨拶をしたいと」
「ほう? 頼朝殿の娘はまだ生まれたばかりだと聞いておりましたが」
北条館の奥では本日のお客さん、薄汚れた格好のおじさんが胡座をかいていた。
平安時代では初めて見る、梵天(布でできた丸いボンボンのようなもの)のついた白い結袈裟。成人男性でありながら烏帽子をかぶらず坊主頭でもなく、おかしな頭巾をかぶっている。武士なのか僧侶なのかよくわからん風体のあやしげな男だ。
この時期にこの服装、間違いない。
わたしは誰かが口を開く前にその男の前に立った。
お父さまに義盛殿と呼ばれる男。
その正体は、歴史上でお父さまの死後、13人の合議制として鎌倉幕府を預かるメンバーの一人、和田義盛……とは別人だ。この男は――
「行家、あなたを待っていました」
「大姫よ、何を言っている。叔父上の名は義盛だぞ」
「……いえ頼朝殿、私は少し前に八条院様の令外官となり改名したのです。今は源行家と名乗っております。しかし、頼朝殿すら知らぬ私の名をどこで……?」
破滅を運ぶ渡り鳥。わたしの大叔父・源行家である。
大叔父を呼び捨てで呼んだことで、お母さまがちょっとキレそう。
でもわたしは怒られる前に芝居がかった態度で言葉を続ける。
「行家よ、以仁王から平家追討の令旨をあずかってきたのですね」
「ど、どうして、そのことまで!?」
「はやくお父さまに見せるがよい」
行家はほんの数瞬、目線を左右に振ったあと膝をついてお父さまに文を差し出した。この以仁王の令旨によって源平合戦がはじまる。
「ふむ、本物の令旨だというのなら神社で心身を清めてから拝見させて――」
「お父さま、そんなことをしている時間はありません。平家はお父さまの動向を常に見張っているのですから」
「そ、そうか?」
お父さまが目を見開いて内容を吟味している間も、実際には値踏みしているのであろうが無表情でわたしを見ていた。耳聡いこの男なら、すでにわたしの噂もいろいろと聞いているはずだ。
「頼朝殿、時は来た! 今こそ兄上の仇を取り、共に源氏再興を成そうではないかっ!!」
「だが……突然の事で……俺に武田のような力は……」
この時のお父さまにはまだ北条に命令できるだけの権限はないし、幼少から支えてくれている比企家は共に京から移ってきた流れ者。兵力はたかが知れてる。
復讐に燃える義経さまならともかく、疑り深く慎重な性格のお父さまにいきなり挙兵しろと言ったところで渋るにも当然かもね。
「何を臆する! 頼朝殿には天の加護があるではないか! その証拠に――」
行家がわたしの顔を見た。
「天人の生まれ変わりなどと眉唾な噂話を信じるつもりはありませんでしたが、こうして大姫様の御言葉を頂き、神は源氏の天下を望んでいると確信しましたぞ!!」
やっぱり頭の回転が速い。
本来ならば、行家は令旨を運ぶだけでお父さまとは行動を共にしない。他の源氏と手を組んで挙兵するはず。だけど、今の言葉は完全にお父さまの下に着くという意思表示だった。
「行家、わたしに仕えることを許します」
「……は? いえ、頼朝殿の戦列に加えて頂ける名誉に預かれれば、とは思いますがそれは流石に……」
「あれー?」
断られちゃったよ。
さっきの言葉は、わたしの予言を利用できると考えたからじゃないの? 計画では行家に動いてもらうしかないのに。
源行家は疫病神ではあるけど、刀と野心さえ握らせなければ、たぶん平安で最も優秀な武士の一人だと思う。戦はヘタクソでも人たらしの才能がある。
この時代の神である天皇家に弓を引こうというんだし、わたしだってこの疫病神を使いこなすくらいでなくちゃね。
とことこと行家の懐へ入り、お父さまとお母さまには聞こえないように予言の言葉を贈る。
「ちなみに、あなたが先程のように大げさな演技で皆を焚きつけたせいで動きが大きくなり、熊野別当に平家追討を悟られました。平家はすでに以仁王を暗殺する計画に動いてますよ」
「………………私のせい? まさかそんな」
「と、天はおっしゃっています。ですが気にする必要はありません。天は神々よりも仏道などと人の戯言を信じ始めた天皇家に愛想を尽かしているのですから。その証拠にわたしにだけ御声を聞かせてくださっているのです……でも、あなたには以仁王のタタリがあるかもしれませんね」
顔を青くした行家に背を向け、お母さまの後ろに下がった。
あとは二ヵ月もすれば、この伊豆にも以仁王の死が知らされる。そなればすぐにでも、どうしたら赦されるか救いを求めにくるでしょ。
* * * * *
行家がチョーシこいたせいで以仁王が死んだんだよ?
――と脅しが効いたようで、令旨を配り終えて帰ってきた行家は自分からわたしとお母さまの護衛役に就くと言い出した。
タタリが怖いからわたしの傍にいるとか、武士のくせにウケる。
でも、わたしが行家に与えた役目は信頼できる人を集めることだ。人目につかない伊豆の漁村を持つお家に、秘密のお仕事を依頼するため。
その仕事とは、海から塩を採ること。
塩田の作り方を教え、さらには貢ぎ物にも使える不純物のない塩を速く作れるように蒸発と濾過の方法も教えてあげた。
平安時代は、平清盛が経済を支配しようと大陸から宋銭を輸入したけど、基本的にはまだ物々交換であり、塩はそのまま金の代わりにできる。つまり、行家はお父さまが史実を上回る速度で勢力を広げるためのサポート役なのだ。
それから、お父さまにも予言を吹き込んでおいた。
お父さまが疑心暗鬼になってしまう理由のひとつは、初戦で敗戦した後に山で隠れていた自分を見逃した梶原景時さまの存在が大きい。
この人との出会いが、源氏や北条、比企といった家柄で得た力ではなく、自分の力で手繰り寄せた出会いを信頼するという源頼朝の鎌倉を作ったのではないかと思う。
だから避けられないその敗北を、敵の目を逸らすために予定された作戦だとわたしが予言することで、部下に寄せるはず信頼をわたしに向けたのだ。
実際、計画は順調そのものだった。なにせ予言なんてなくても頼朝お父さまは勝ち続ける運命だったのだから。
そして治承六年、1182年の春。
ついに鎌倉の動くべき時がやってきた。
去年は平家にとって最悪な年だった。
なぜなら平家を日本最大の勢力へ押し上げた怪物・平清盛が病で亡くなっている。
さらに畳みかけるように、春夏では干ばつ、秋は台風と洪水で飢饉も起きた。
平家肝入りの貨幣経済では腹は膨れず、各地で餓死者は増え続け、農村は年貢を滞納した。武士たちは飢え、清盛入道の亡き後に起こった平家同士の内乱も加わり、京の戦力は激減してしまったのだ。
わたしはこの二つの出来事を予言していた。
米を残し、行家に作らせた大量の塩で保存食を作らせた。その食料を使って、飢えていた平家の武士を寝返らせることにも成功した。
本来なら平家も鎌倉も木曽も大規模な軍事が取れないはずの1182年、わたしの計画通り、お父さまは平家を打倒して入洛を果たした。
* * * * *
「例の件ですが、すべて無事完了したと」
「行家、ご苦労様でした」
神子であるわたしの側近、行家が報告してくれる。北は義仲軍、西は範頼・義経軍の追撃により、残った平家は完全降伏したようだ。
でも行家の報告はその話だけじゃない。
「後白河法皇の遺骨は霊山に埋葬され、安徳天皇は誰も知らぬ離島へ。他の皇族も北陸宮様以外はあらかた消えていただきました」
邪魔な皇族の排除――京へ攻め入る際に、行家に出していた密命だ。
「いやはや苦労しましたぞ。顔の広い私だからこそできたことですが、大姫様の予言と源氏軍の動きをわざと漏らし、法皇の行動を予測し、寺に隠れていることを知らぬふりをして火を――」
「行家ッ! ……どこで誰が聞いているか分かりませんよ」
自らの功績だと声高らかに語るところを叱る。
この男は定期的に怒ってやらないと秒で増長するから扱いが大変だよ。
今も怒鳴られて不機嫌な顔を隠さない、子供か。
「わたしと神だけは見ていますから。これから訪れる源氏の世の一番の功労者はあなたです」
「おお、大姫様……なんとありがたき御言葉……」
行家のいつもの飴ちゃんをあげて、次の計画へと向かう。
わたしは戦を勝利に終えた源氏の密会に顔を出した。
不機嫌そうな頼朝お父さまと心配そうなお母さま、その反対に――表情の読めない義仲さまが座っている。義仲さまには、まだ呼んだ理由を話していないみたい。
「使いの者が言っていた事は本当か、北陸宮様を天皇にするとは」
義仲さまが硬い声でそう言った。これは過去にわたしが会ったことのない義仲さまだ。わたし達に向ける眼にも強い疑いが見える。
やっぱり、過去に越中や京で会った時には、義高さまがわたしのことをちゃんと良く伝えてくれていたんだなって実感する。今日の義仲さまは怖い。
「仕方なかろう、もう源氏にとって良い者がいないのだから」
平家の嫡流が絶え、史実より早く鎌倉幕府がはじまった。
当然、お父さまが次にすることは天皇と貴族からの政権奪取だ。源氏をトップにおいた武家社会こそお父さまの目標となる。
「確かに、即位した北陸宮様に鎌倉の姫が入内すれば、源氏にとってこの上ない事だとは思うが……」
義仲さまが言葉に詰まった。
行家に出した密命により、源氏よりも平家や貴族と繋がりの強い皇族は死ぬか行方をくらませている。だから今では北陸宮さまが即位するしかないのだけど……今は亡き以仁王の遺児である北陸宮さまは、義仲さまに平家から助けられた借りがある。
現在、京を奪還したお父さまが自他共に認める源氏の棟梁となったが、義仲さまと仲が良くなったわけじゃない。
自分につけいる隙を作っていいのか、これは何かの罠ではないか、というのが義仲さまの気持ちだろう。
「ただし、大姫と北陸宮様が結ばれることはない」
「……どういう意味だ」
「大姫は義仲殿の息子、義高殿を貰いたいと言っている」
「なにぃ!?」
にこり、と半ギレしている義仲さまに微笑みかける。
この件はお父さまとお母さまを説得するのにも骨が折れた。
源氏が天皇から権威を奪うには、わたしが皇族と結婚すればいい。
平家と同じように、息子を使って傀儡政権にするのだ。
だけど現皇族の力をすべて奪うなら、ここでこっそり血を絶やしちゃえば、もっといいじゃん――というのがわたしの主張だ。
平家方についていた貴族達はいつ粛清されるかと息を潜めて家から出て来ない状態で上院も機能していない。わたしの子が次の天皇に即位するまで隠しきれれば、もう鎌倉幕府に逆らえる人間なんてどこにもいなくなる。
「どういうことだ!」
「大姫が言うには、源氏の繁栄には二人の子が必要だと天がおっしゃっているらしい」
「信じるのか、そんな言葉を……」
「大姫はこれまでに多くの予言を当ててきた。清盛の死も、飢饉も……だがそれ以上に、今最も警戒すべきは源氏の分裂だ」
ん? なんの話?
お父さまがわたしと話していないことを語りはじめ首をかしげる。
「姫の予言のおかげで、力のある家が残りすぎた。もし義経あたりがその家を率いて奥州と同盟を組めば源氏にとって脅威となるだろう」
今度は義経さまの反乱を疑ってたのか。
なぜだろう、今回は義経さまを鎌倉で遊ばせておく余裕もなかった。共に戦うことで兄弟の絆を深めていたように見えたのに……お父さまの血縁者に対する疑いは、わたしが思っていた以上に深かったらしい。
「義仲殿も、しばらく名を明かせぬとはいえ、血を天皇家に残せるのであれば悪い話ではなかろう」
「……お主と戦うよりは、か?」
義仲さま、正直に言いすぎー!
と思ったけど、次の瞬間には、義仲さまはお父さまの提案に頷いていた。
* * * * *
源氏の二大勢力を手を結んだんだから、これでわたしの未来も安泰だね。
そこからは、それなりに幸せな毎日だった。
まあ自由はない。ほとんど軟禁状態。だけど義高さまも京にいるから、年に数回程度なら会うことができた。
成長して背が高くなるにつれ、義高さまは優しくて落ち着きのある青年になっていった。鎌倉で会った頃と違って、貴公子のような凛々しさはなくなっている。戦時に敵地へ人質として送られてきた時とは状況だ違うのだから当然か。今のやわらかい雰囲気の義高さまも好きだからいいんだけどね。
わたしも成長して、今では身体も十分女性らしくなった。
隣に座って体を預けると義高さまは頬を赤く染めて固くなってしまう。そんな姿がとても愛おしい。
でも、このあたたかい時間も終わりを迎えようとしていた。
お父さまの予想通り、義経さまと奥州藤原が鎌倉に宣戦布告してきたのだ。
奥州からすれば、外から源平合戦の成り行きを見守って勝ち馬に乗ろうとしたら、あっという間に戦争が終わっていたあげく、鎌倉から「なんで源氏の味方しなかったの?お前敵なの?どうしたら償えるかわかるよね?」って理不尽に恐喝され続けたからキレるのしかたないけど。
「あの、そろそろ手をお放しください。動けませんよ」
「…………いやー」
これから戦場へ行くという義高さまの服を握る。
義高さまは皇后になったわたしが囲ってるんだよ!
戦に行く必要なんてないじゃん!
……そう言ったけど、義仲さまの次男坊である朝日次郎はわたしと同い年でまだ戦場に出すには若いから義高さまが行くしかないって。
そんなこと言われても納得できないから、さらに力を込めて着物の裾を引っ張ってやる。
「…………ならば一幡様」
「ひゃいっ!?」
振り向いた義高さまが突然抱きしめてきた。
「木曽と鎌倉が負けるなどあり得ませんが、相手には義経殿がおります。確かに、何の覚悟も持たず戦へ向かうわけには参りません」
「だったら行かなければいいじゃん!」
「いえ、そこは譲れません。ですから……今夜、もう一度ここへ参ります」
背中に回された手に力が入る。
見上げた義高さまは、男の人の顔をしていた。
それってまさか……夜這い宣言!?
わたしが頷く前に、義高さまは一旦帰っていった。
………………はっ、呆けてる場合じゃない!
お風呂に行かなくちゃ!
身体をきれいにして義高さまが訪れるのを待つ。
問題ない。いつこんな日が来てもいいように、ずっと準備していた。予習も完璧だ。未来の世界では色んな雑誌を読んで男の人をよろこばせる技も学んだ。初めてだって上手くできるはずだ。たぶん。きっと。
「…………中宮様……参りました」
案内役をしてきた女房の声が聞こえた。
御帳をくぐり義高さまがわたしの寝所に入ってくる。
正座をしながら、八重畳の上に敷いたしとねのしわをせわしなく伸ばしていると義高さまが立ち止まった。
ゆっくりと着物を脱ぎ小袖姿となり、義高さまも正面に座った。
暗い中でも分かる。表情が硬い、緊張しているのはお互い様だったみたい。
少し強引にしとねの上へ押し倒される。
「……ん、義高さま……」
「すいません、どこか痛めましたか」
「いえ……わたしはずっとこの日を待っていました」
離れかけた手を取って、再びわたしの身体へ触れさせる。
「長い……長い時間をかけ、あなたと結ばれるためだけに生きてきました」
「一幡さま?」
「ようやく叶った。この恋が実ることだけがわたしの願いでした。だからここで終わり、やっと本当に……普通の少女に戻れ――」
「そんな話を認められるものかあああああああああああああぁ!」
突然、男の声が外から響き渡った。
足音と共に御帳が刀で切り裂かれる。
「ここしばらく、まったく予言をしなくなられたのでどうしたのかと探らせてみれば、まさか義仲の倅と結ばれたいだけの小娘だったとは」
「……行家ェ!?」
怒声に駆けつけた女房達が切り伏せられる。
凶刃を振るう男は源行家だった。
「私は……あなたのために、あなたの命令で法皇すらこの手にかけたのですよ……その終わりが、これ? ……もう源氏の事はどうでもよいのですか? 私の事はどうでもよいのですか!?」
「だから行家は紀伊の国司にしてあげたじゃない!」
「は、国司? それがなんだというのだ。まだ私の上に何人いると思っている?」
行家が血を滴らせながらしとねへと近づいてくる。
「行家殿、気が狂ったか!」
「んん……ああ、そうか……小僧、貴様が悪いのか。私を天上へと導いてくださる天子様を貴様が誑かしたのか」
わたしをかばおうとする義高さまに切っ先が向けられた。
どれだけ行家に武芸の才能がなくとも素手じゃ義高さまが勝てるはずもなく――義高さまを突き飛ばして、わたしは振り上げられた刃の前に出た。
「――――ハッ」
息を荒げて起き上がる。
「わたし……あれからどうなった!? 義高さまはッ」
「どうしたの大姫」
隣には、政子お母さまがうなされるわたしの顔を心配そうに覗いていた。
「お母さま……若いっ!?」
「あらいやだ、どうしたの急に」
お母さまが最後に見た時よりかなり若返ってる。
五年? いやもっとかも。
下を見れば、小さくなった自分の身体も。
庭先には少し雪が残っている。肌寒い空気に腕を擦りながら確認する。
「今は一体いつなの!? 何年の何月何日!?」
「今日? 今日は治承八年の――」
日付を聞いて愕然とする。
ここはわたしが歴史を変えて裕福になった鎌倉じゃない。
何度も何度もやり直した1184年の晩冬。
そして今日は、義仲さまの死が鎌倉に伝えられる日だった。