結末はハッピーエンドに決まってる
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
私は橘花 瑠花。花も恥じらう、ぴちぴちの高校2年生。
いつもの日課である、獅子丸(柴犬)を、いつものコースで散歩させている最中です。
散歩コースには、そこそこの大きさの公園が含まれる。ここはだいたい大人も子供も結構たくさんいるのだが、今みたいな寒い季節は暗くなるのが早い為、人がいなくなるのも早い。だから私も早足で通り過ぎようとしていた。
暖かい時期にはボールやフリスビー遊びが最適な広い芝生を横切ろうとした時、獅子丸が何もない空間に向かって吠え出した。
犬ってさ、そういうところあるよね⁉︎怖いのが苦手だから、本当に止めてほしい!切実に‼︎
と思っていたら、突然目の前の空間に現れたネオンな水色の光の線が、何かを描き出す。複雑な模様を描き切ると、次に線だけでなく全体的に淡く光り輝く。光が一瞬で収まると、そこには 淡い水色の本物の扉があった。
観音開きらしいその扉は、ゆっくり中央部が開いていく。
目の前で突然起こったファンタジーな現象に、口をポカンと開けて、ただ見ている事しかできない。そして獅子丸は、猛烈に吠える事しかできない。
扉が開き切っているのに、向こう側の様子が見えない。光っていて見えないのだ。
その光の中から、一人の男性が出てくる。
その男性は、黒のショートブーツに黒のパンツ、白いシャツに、黒いジャケット、焦茶のポンチョ?マント?という格好だった。
そして街灯の弱い光でも少し紫がかっている事が分かる綺麗な黒髪に、見るもの全てを凍りつかせる銀色に光る水色の瞳を持つ、クールビューティーなご尊顔をしていた。
「王子様…?」
「は?何?今更、俺より王子の方が良かったって?でも、もう遅い。お前が、俺をその気にさせたんだ。責任をもて。」
美しい顔をボケッと見ていたら、初めましての王子が、何故か私に話しかけてくる。
「……あの〜、誰かと勘違いされているのでは?そして獅子丸。そろそろ、シー。そんな吠えると、喉痛めない?」
「お前はルカだろ?じゃあ、人違いではない。あぁ、これがお前が良く『ルークに似てる』って言っていたシシマルか。ふ。確かに、雰囲気があるな。俺が落ち着けてやろう。《※※※※》」
初対面の王子よりウチの可愛い獅子丸を優先し、吠え続ける事を心配して、獅子丸に注意をする。と、王子が『落ち着けてやろう』とニヒルに笑い、何語かを唱える。ついでに左手の人差し指を指揮棒を振るように、くるくる回す。
すると、王子の瞳と良く似たメタリックライトブルーの光が、キラキラしたと獅子丸に降り注ぐ。
途端に、不自然なほど途端に、獅子丸が鳴き止む。
「っ!獅子丸に何したの⁉︎」
「落ち着かせると言っただろうが…相変わらず、人の話を聞かないな。」
「…どうやったの?」
「魔法に決まってるだろ?俺は世界一の魔法使いと名高い男なのだから。」
「魔法……ねぇ、貴方はどこから来たの?」
「イシュバラット王国だが?そんなのお前も知ってるだろ?」
「…そんな国、この世界にあったっけ?」
「この世界にはない。いわゆる異世界にある。…さっきから、おかしいぞ?俺を揶揄ってるなら、それ相応の覚悟をしているのだろうな?」
言動のおかしい王子が、何を言ってるのか分からない。もしかしてドッキリ?と思っても、そんな事もない。
だからお互いの齟齬を無くすべく、説明を求めた。
面倒くさそうな王子だったが、簡単な説明を聞いても、私が本当に何も知らないと分かると怒り出した。
「たくさんのものを捨ててお前を選んだのに、何も分からないとは、どういう事だ!俺はお前に会う為だけに、世界を超えた。なのに、お前は俺を知らないと言う…ルカ……」
最初は怒ってたのに、すぐに泣きそうな顔になる。何かを希うように私の名前を呼ばれても、今の私には何も返せない…それが辛くて、つい顔を逸らしてしまう。
空気の読める賢い獅子丸は、私達が黙ったのを機に、『もう話が終わったなら、ご飯の為に帰りますぜ』とばかりに、家に向かってぐいぐいリードを引っ張る。
この居た堪れない空気に耐えかねた私は、これ幸いとこの場を離れる事にする。
「…あの、なんだか、すみません。暗くなっちゃったので、これで失礼しますね…」
「…待て。何かあったら困る。守護の魔法をかける。《※※※※※※※※※※※※※》……また、会えるか?」
「……明日は休みなので、10時くらいに、またここに来ます。それじゃ、おやすみなさい。」
「…あぁ、おやすみ。」
私が帰りたいと告げると、案外あっさりと解放される。そして何もないようにと、守護の魔法までかけてくれる。いや、魔法なんて、ただのパフォーマンスなのかもしれないけど。
不審な人物に『また会えるか?』と問われ、普通なら絶対に断るだろう。それか、危ない人だった時の為に、とりあえず濁してこの場を切り抜けた方が良い。常識として、そういう対応をした方が良い事は分かるし、私もそうしようと思った。
でも『また会えるか?』と聞いてきた時の、真剣で希うような目を見たら『会わなくちゃ』と思ってしまった。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
「…おはようございます。」
「っ!おはよう。来ないかと思った。」
私が昨日言った時間の通りに公園に行くと、扉が出現した辺りの芝生が見えるベンチに、ボーっと座ってる王子がいた。
見目美しい王子をチラチラと見ている大勢のマダム達がいる中、声をかけるのは、大層勇気がいった。しかも、その王子は昨日と同じ、「舞台から抜けてきました」みたいな格好をしている。
しかし何かを諦めたかのような表情の原因が私だと思うと、声をかけずにはいられなかった。
「…来ますよ。昨日、そう言ったじゃないですか。」
「そうだな…お前は、そういう奴だったな。」
「昨日、帰ってから、色々考えたんです。でもやっぱり、心当たりがないんです。だから、もう一度、今度はしっかり話を聞きたいなと。」
「わかった。俺が知っている事は全て話そう。…それと、その言葉遣いはやめてくれ。昨日の話し方でいい。」
「…うん。わかった。じゃあ、話してくれる?」
王子はヴァンダライブ・モーリアディという、王子でなくイシュバラット王国の筆頭魔法使いだそうだ。イシュバラット王国は異世界であるカナリミアの中で有数の魔法大国なので、そのイシュバラット王国の筆頭魔法使いである彼は実質、カナリミア中で一番の魔法使いだそうだ。
そして私はどうやら、そのイシュバラットに異世界転移。転移した後、初めて会ったのがヴァ…ライ…さん(名前が難しすぎて、私はライと呼んでいたらしい。)だったようだ。その後、向こうの世界でライにお世話になったそうだ。
そうしたら、また私が忽然と姿を消したらしい。カナリミア中を探し回ったが、どこにも私がいない。そこで、話半分にしか聞いてなかった『異世界から来た』という私の話を元に、私の世界を探しまくった。探して探して、探し回り、やっと見つけて転移してきたのが昨日、という事だった。
「昨日が夜だったから、疲れた顔をしてるのかと思ったけど、私を探してくれてたから、そんな疲れた顔をしてるんだね。…ありがとう。」
「…いい。こうして会えた。だから、もういい。」
「…うん。わかった。……ライは、これからどうするの?」
「この世界の事は分からない。どうすればいいか、一緒に考えてくれるか?」
色々話し合った結果、医療について興味があるという事で、医大に入る事になった。
医大に入る為の勉強より、受験資格を得る為の個人情報を作り出す方が大変だと言う事になった。
しかしそれも、魔法の力でなんとかするらしい。
地球には魔法の元となる、元魔が全くないそうだ。でも緊急時用にと準備していた、元魔を溜めておいた元魔晶の元魔だけで、ライが生きている間くらいの元魔は賄えるそうだ。これは地球が元魔がないが故に、少しの元魔で絶大に効果を発揮するという想定外のラッキーのおかげだ。
この世界で生きていく為に、必要となりそうな事柄を教える。わかる範囲内は私も頑張って説明していたが、すぐに分からない事が出てくる。
だって、普通に生活していて、無戸籍の人がどうやって戸籍の取得手続きをするのか、なんて知る機会ないじゃない!
だから、ライさんよ。呆れた顔でこちらを見るのを止めてください。
分からない事は調べれば良いじゃない?と、スマホで調べていたら、ライがスマホ自体に興味をもったようだ。
『ちょっと貸してくれ』というので、15分ほど貸したら、『仕組みを理解した』と言う。そして言葉通り、スマホもどきを作り上げてしまった。
でもその形が、液晶パネルだけが宙に浮いている仕様で、どう考えてもファンタジーかSFの世界だった。
怪しいパネルが他の人に見られないように、慌ててライの目の前に立ち塞がる。
急な私の行動に、目を白黒させるライに注意する。
「あのね…この世界には、こんな技術ないの!」
「俺の世界にもない。」
「じゃなくて!魔法が使えるってみんなにバレちゃったら、テレビ局とか研究所とか、どこか遠い所に連れて行かれちゃうんだよ?そんなのダメでしょ?」
「あぁ、ルカから離れるのは困る。…でも大丈夫だ。元の世界でもそうだったが、魔法を行使する時にはなるべく秘匿している。自己顕示欲が強い奴は、むしろ大々的にやっていたが。俺は、そんな面倒が起こりそうな事は御免だね。今回も、これが見えるのは俺とお前だけだ。だから、安心しろ。俺はお前と一緒にいるから。」
やだ私 口説かれている イケメンに
思わず一句詠んでしまうくらいの衝撃だった。
だって『お前と一緒にいる』とか言いながら、私の手をギュッと握ってくるんだよ?優しい笑顔付きで!
自分に好意的で優しくて、しかもイケメンって、惚れさす気か!
ほぼ初日に等しいのに、こんなんじゃ、私がライに陥落するのもあっと言う間の事かもしれない…
チョロインって言わないで!もう少し頑張るから!
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な〜んて思った時もありましたよ。
でも、ライがこの世界で生きていけるように微力ながらお手伝いしたり、せっかく来てくれたこの世界を好きになってもらおうと色々と紹介していたりする間に、私はすっかりライの事が好きになってしまった。
ええ、ええ。あっと言う間の出来事でしたよ。
だって仕方ないでしょ!ライは一見ぶっきらぼうな態度をとってるのに目はいつでも優しく私を見つめていたり、街でどんな美人に声をかけられても私以外には一切靡かなかったりする姿を見たら、誰でもコロリといくでしょ⁈いかない人いるの⁉︎いない…よね?
フーーー。
よし、落ち着いた。
明日、デートに誘われているから、ちょっと取り乱した。
だって、デートする場所は『この世界で初めて会えた、あの公園』で、『ルカに伝えたい事がある』らしいのだ。
これって、あれでしょ?
否が応にも期待で、ハイってやつになるってもんよ。
全然落ち着けず少し寝不足気味で、公園に向かう。
相変わらず、マダム達の視線を一身に浴びながら、ライはベンチに座っている。
概視感のある光景だけど、前回と違う点がある。
それはライの表情だ。前回は諦めたような顔をしていたが、今日は緊張と期待で頬を仄かに赤く染め、どこかソワソワしている。
私が近づいてきている事に気がついたライは、それはそれは嬉しそうに甘く微笑む。
しかしそれは一瞬で、次の瞬間には驚愕で目を見開く。
私の後ろに何かいるのでは?と怖くなった私は、慌ててライに向かって駆け出す。
すると3歩くらい進んだところで、寝不足気味の体が足元の小石に負け、ふらつく。
まだ手の届かない位置にいるライが、慌てて立ち上がったのが見えた。
結果。
私はコケた。正しくorz。
デートだからと、普段よりオシャレをしようと、少しだけヒールのある靴を履いていたのが悪いのか。デートごときで浮かれて、寝不足気味になったのが悪いのか。ただ一つ言える事は、決して私の運動神経は悪くないという事だ。
と、コケた恥ずかしさを心の中でふざける事で誤魔化してみる。
それにしても、目の前にショートブーツが見えるのでライがいるはずなのに、声も発しないし微動だにしない。
もしかして、百年の恋も冷める勢いのコケ方だったのだろうか?
それだったら嫌だな、と思いつつ、恐る恐る顔を上げてライを窺い見る。
ライは冷たい目で私を見下ろしながら、左手の人差し指を銃口のように私に突き付けていた。
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イシュバラット王国の第一王子、ディアヴァル・シュトレーゼイン・イシュバラットが模擬戦を行いたいと言ってきた。
王子という立場ではあるが、ディアヴァル様は剣技に秀でている。並の騎士達では相手にならず、模擬戦は専ら隊長クラス以上となっている。
そんな王子が、実戦を想定した訓練を行いたいと言うのはたまにある事で、実益を兼ねた気分転換らしい。
かくいう俺、ヴァンダライブ・モーリアディも、この国の筆頭魔法使いという事で、頻繁に駆り出されている。
王子の事は認めている。剣技に秀でている上に、頭の回転も良く、性格も施政者に向いている。将来この男が国王になれば、この国は安泰であろう。
しかし、正直言うと、こちらの予定など知った事かと、突然模擬戦を振ってくるのは甚だ遺憾だ。
それでも王子の要望に応えないわけにもいかず、今日も模擬戦へと参加する事になった。
今日の模擬戦の参加者は、王子、俺、王子の親衛隊長のルーク、騎士団長の息子であるダスティニオン。どうやら四つ巴の戦いをするようだ。
魔法使いの俺が一見不利見えるが、俺は長ったらしい詠唱を省略する事ができる唯一の魔法使いだ。それに、『魔法使いだから接近戦に弱い』とバカにされるのに堪えられず、多少鍛えている。なので、初めの距離を維持できれば、俺が勝者になれる可能性はある。実際に勝ち星は、ほぼ均等となっている。
闘技場に着き、それぞれが自分の所定の位置に広がっていく。
全員が準備ができ、あとは宰相の息子であるレオナンディオの始まりの合図を待つだけになったところで、突然闘技場に元魔が溢れ出す。
緊急事態に、俺は「王子をお守りしろ」と警告を発する。元魔の動きは、魔法に精通していないと捉えにくいのだ。脳き…接近戦に特化したこのメンバーでは、俺以外に気がつかない可能性が高い。
異様な元魔の動きが落ち着くと同時に、光が迸り、目を焼く。
いつでも魔法を放てるように準備する。
目の機能が回復してくると、俺の目の前で何かが蹲っている。
魔法を行使する時に使う、左手の人差し指をそちらに向ける。
そこにいたのは黒髪に黒い瞳という、珍しい組み合わせの若い女。この国の者ではないのだろう。顔も身体も凹凸の少ない、これと言って特徴のない女だ。
この女が、王子や宰相の息子など『将来有望な男達とお近づきになりたい』と思い、この場に転移して来た、という仮説は無意味であろう。
何故なら、俺というこの世界でも有数の魔法使いがいる時点で、この闘技場の安全性は保証されているというのはご理解いただけるのではないかと思う。他所から転移なんて、最初からさせないように結界を張っている。
さらに野心に満ち満ちた女だった場合、こんな化粧っ気もほぼなく、地面に這いつくばってポカンと口を開けていないであろう。
しかし、この俺ですら、この女が転移した時の元魔から、何も読み取れなかった。どこから来たのか、誰が飛ばしたのか。全く情報が読み取れないのは久方ぶりすぎて苛つく。
つまり、明らかな不審人物。
「…目的は何だ?」
「ライ…※※※※※※※※※.※※※※※※?」
「…何語だ?……まぁ、いい。《訳せ》」
国の中枢にいる為、各国の言語はある程度理解している。また、魔法を行使する為の《魔言》にも精通している。その俺でも知らない言語?そんなものがあるのか?
それに『ライ』とは、もしかしなくても俺の事なのだろうか。
「これで通じるな?…で、お前は誰で、何者だ?」
「…うん。通じる。ありがとう。……私は瑠花。異世界から、飛ばされてきたみたい?」
「異世界だと?これまで何人もの先達が探しても、見つかった事はない。ふざけるな。」
「…じゃあ、ライが一番初めに見つけるんだね!さすが!」
「…質問を変える。どうやって、ここに来た?」
「う〜ん…休日に、ある人と会う約束をしていて、待ち合わせ場所で盛大に転んだんだよね。で、顔を上げたら、ここにいた。」
「不審者以外の何者でもないな。衛兵を呼べ。」
「まぁまぁ。女の子を地面にいつまでも座らせておくのは、可哀想だよ?」
そう言って不審者に手を差し出しているのは、ディアヴァル様だ。
おい、護衛対象が自ら、何不審者に近づいているんだ。親衛隊長は何してる。…『王子が引けって言うんだから、仕方ないよね』と言わんばかりの顔で、首をすくめて見せるのは止めろ。
「あの…ありがとうございます。でも、立ってもいいなら私、自分で立ちます。わざわざお手を煩わせるわけにはいきません。」
「女の子に手を貸すのは、男として当たり前の事だから気にしないで?…それで、ここには何をしに来たの?」
「…じゃあ、失礼します。立ち上がる手伝いをしていただき、ありがとうございました。……何をしに…正直、わかりません。本音を言えば、ここに来たいと思って来たわけではないので、帰れるものなら今すぐにでも帰りたいです。」
「…そう。ところで、ヴァンの事を知ってるのかな?」
「ライの事ですか?知っていますが、この場で、知っている事を話して良いのか判断はつきません。可能であれば、まずはライだけに話し、それをどこまで通達するのかはライの指示に従いたいです。」
「じゃあ、ヴァンと話す事を認めよう。その前に、俺達の事は?」
「…すみません……あの、髪が明るい茶色の方は、もしかしたらルーク様なのかもしれないなと思う程度しか知りません。」
「何故、不確かなんだい?」
「以前、私が飼っている柴犬の獅子丸にルーク様が似ているという情報を、ライより聞きました。ライと共にいて、色味や雰囲気が獅子丸に似てる人物なので、もしやと思いました。」
「シバイヌ?」
「…この国にはいないと思われる、犬の種類です。」
「イヌ?」
「えぇっと…愛玩動物と言えば、わかりますか?私の家で飼っているんです。」
「ルフレートみたいなものか?ま、いい。…ヴァン、隅のベンチで話して来い。」
「…御意。おい、着いて来い。」
ルカと名乗った女が立ち上がった事で、ある程度の家格の者だと知れる。
生地は安そうだが、縫製のしっかりした暖かそうな服を着ている。それに、手が労働している者のそれではない。
それに、自分の置かれた状況が分からないと言っている割には、出す情報を精査していたり、相手を不快にさせないように立ち回る事ができている。つまり、ある程度の教育を受けている証拠だ。
王子達から少し離れた場所にあるベンチで、ルカから話を聞いた。
突拍子もない話だった。俺が、ルカの世界に転移する事で俺達は出会い、この世界の事は俺から聞いた、という話だった。
しかも俺が世界を飛んだ理由が、このルカを追いかけてだと?
話を聞いて総合的に判断しても、とても真実とは思えない。だが、嘘を言っているようにも思えない。
俺としては追放していいと思うが、王子が何と言うか。あの人は面白い事の為なら、周りが多少迷惑する事も厭わないからな…
真偽の程の事も踏まえ、全て王子達に話した。ルカも、俺が良いと言うなら構わないと素直に頷いた。
話をしたところ、案の定、王子はルカを保護すると言い出した。そして、その世話を俺に押し付ける。
「ヴァンが世界を渡ってまで追い求めた女性を、他の男が世話をするなんて耐えられないだろう?ルカ、良かったな。ヴァンに任せておけば、心配はいらないから。」
「はい。お気遣いいただき、ありがとうございます。ライのお側に置いていただけて、嬉しいです。」
「……男でなくてもいいだろ。」
「ん?何か言ったか、ヴァン?」
「いいえ、何も。今日はもう訓練は中止でよろしいですよね?私はこのルカを保護する準備もございますし。御前、失礼させていただきます。…おい、ルカも行くぞ。」
「あ、はい!失礼します。」
こうして、俺は異世界から来たと言うルカの世話をする羽目になってしまった。
仕方なく屋敷にルカを連れて帰った。
「おかえりなさいませ。」
「今、戻った。それと、今日から王子の命で世話をする事になったルカだ。とりあえず今日は、もう休ませろ。詳細は追って話す。」
「かしこまりました。…リディアルカ、ルカ様をご案内するように。」
「かしこまりました。さ、ルカ様、まずはお体を綺麗にいたしましょう。」
家令にルカを任せ、ひとまず俺も頭を整理する為にも休憩を取る。
その後家令を中心に、ルカの事で指示を出す。
ルカの話が本当であれば、場当たり的な対応が必要になるだろうが、そこらへんは上手くやっていくしかないだろう。
クソ野ろ…王子のせいで、余計な仕事が増えた。
と思ったが、俺の想像以上にルカは大人しくしていた。
『お城みたいなお家!見学ツアーしたい!』とはしゃいだ割に、『許可した範囲外に足を踏み入れるな』と言えば、その一言だけで家への興味を抑え込んだ。
また身元不明の不審人物だからと、監視を付けたら『何もできないほど非力な私の為に、監視の仕事を増やしてしまって申し訳ない。せめて協力したいから、こういう動きはしないでほしいとかの注意事項があれば是非教えてほしい。』などと、ほざく。その後で『あ、これだと[私非力だから、監視いらないから!←と見せかけて監視の目が緩くなった隙に!]作戦みたいで、余計怪しいよね!』と。疑心暗鬼作戦かと思うが、純粋に疑われる事に慣れていないだけとも見える。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
いきなり『異世界』に飛ばされ、唯一の知り合いだという俺は何も知らない。それなのにルカが『良い子』過ぎて、思わずバカ正直に聞いてしまった。
「なぜお前は、この状況に耐えられる?」
「うーん…一番の理由は、帰れる自信があるから。二番目の理由は、ライがいてくれるから。かな?」
「…正直言って、俺は帰れるとは思わない。『異世界』とやらは、夢のまた夢だ。」
「そう?でも私の中では、決定事項なんだよね。『いつ戻れるか』だけが私の懸念事項。」
「その根拠は?」
「だって、ライが『ルカが消えて、探し回って、見つけた』って言ってたんだよ?私が帰った証拠じゃない?」
「…『俺がいるから』と言った理由は?」
「…『ライだから』……とか言えたら可愛げがあったのかもね。でも私は、ライのずば抜けた頭の良さとか優しさを知ってるから。だから例え帰れなかったとしても、きっとライは、こんな怪しい女の為に何かしてくれる。それも、私が不利益を被らないように。ライの為人を知った上での、打算塗れな理由。私って、案外強かでしょ?」
「そうだな。でも、盲目的に信頼していると言われるよりかは、明文化できる根拠を持って信頼されていると言われる方が信じられる。」
「ふふっ。やっぱりライはライだね。私の知っているライの面影が見えるから、安心してお任せしていられるんだよね。全面的にお世話になってるのは、心苦しいけど…」
『異世界』などと突拍子のない事を言う女ではあるが、その点以外は最初の印象通り、頭の回転も悪くないし己の立場を弁えていると思う。
ただ、こんなに状況が読めているのに、ルカは全ての情報を披露する事なく隠している。その事があり、俺は今一つルカを信用しきれていない。
例えば…
「ルカのいる世界が特定できるような情報は何かあるか?」
「そんな難しい事言われてもわからないよ。」
「世界の名前、特徴、歴史とかか?」
「私がいた星の名前は地球。特徴は、魔法が使えない事?歴史は長過ぎて話せないよ!」
『異世界』を信じていないが為に『異世界』を探す事よりも、ルカが転移してきた時の元魔を調べる方を優先させているとはいえ、これまでのルカの言動からは違和感を感じる程に非協力的だ。
その元魔も認めたくないが、全然進捗しない。「今の俺では手も足も出ない」ということしか、はっきりしない。そんな事、認めたくないが。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
ルカが来てから、しばらく経った頃、王子から茶会への招待を受けた。
「ルカも連れて来い」と言う王子の言葉に眉を顰めると、「ルカの背後を探る為だ」と言われ、仕方なく了承する。面倒くさいことにならなきゃ良いが。
「王子主催の茶会に出ることになった。お前も招待されている。」
「…わかった。でも私、マナー大丈夫かな?」
「…マナーは、普通にしていれば大丈夫だ。挨拶とかは、俺と一緒にいれば何とかなるだろ。」
「わかった。ライ、よろしくね。」
「あとは…衣装か。」
「私のワンピースじゃダメなの?」
「…あぁ、あの時の服か。あれはダメだ。目立ちすぎる。…着いて来い。」
ルカを連れて、今は使われていない部屋の衣装室に入る。
「この中から、好きなものを選べ。もしサイズが合わなかったら、すぐに手直しさせよう。」
「うゎ〜すごい!…本当に好きなものを選んでいいの?持ち主に嫌がられない?」
「…ここは母の衣装室だ。そして、母はもういない。好きなものを選べばいい。」
「…うん。ありがとう。ゆっくり選んでもいい?」
「部屋にいる。リディアルカ、側に。」
「かしこまりました。ではルカ様、どれからご覧になりますか?」
初めに衣装室に案内した時のはしゃぎようは鳴りを潜め、ルカは静かに衣装を選んでいる。
かすかに「この季節には…」やら「昼間のお茶会ですので…」や、「現在の流行だと…」などの話し声が聞こえる。
思った以上の短い時間で、ルカが姿を見せる。
「ライ、私、このドレスがいいんだけどね、少しだけ手を加えてもいい?もちろん、元に戻せる程度の直しにするから!」
「ああ。若いお前には、少し地味だったか。好きなだけ、手直しするといい。」
「それはダメ!」
「…?構わないと言っているが?」
「…ライは、無意識に、現在と過去を天秤にかけて、現在を選んでいるんだと思う。でもそれは、決して過去を蔑ろにしているわけじゃなくて、現在を大切にしているから。だからこそ、私は貴方の過去も大切にしたい。…大丈夫。このままでも、このドレスは十分に可愛いもの。ただ、私が着ても変にならないように、少し手を加えるだけ。」
「……わかった。好きにするといい。」
ルカが俺のことを知っている、というのは事実かもしれない。
良く冷血だとか言われるが、俺は全てにおいて平等に判断しているだけだ。
今回の件も「ルカに衣装が必要」なことと「母の思い出が残るドレス」とを天秤にかけ、前者を選択しただけだ。だからと言って、もう会うことのできない母の思い出が残るドレスが1着減ることに対して、何も感じないわけではない。
だからルカがああ言ってくれた時は、柄にもなく頬が弛みそうになるのを抑えるのが大変だった。
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茶会当日。
ルカの準備ができたというので、エスコートをしに部屋まで迎えに行く。
「入るぞ。」
「あ、ライ!……どう?変じゃないかな…?」
「あ、あぁ……変じゃない…」
「本当?嬉しい!ありがとう!」
母のことをこう表現するのに抵抗があるが、母はプロポーションが良かった。一方のルカは、全体的に凹凸が少ない、風の抵抗を受けにくそうな顔や体をしている。なのでドレスが似合わないかもしれないと、少しだけ危惧していた。
でも首から胸元までをレースで覆い、上半身部分をルカに合わせたドレスは、母が着た時と全く印象を変えた。
母が着ていた時は、そのプロポーションを見せつけるかのような、身内としては目を逸らしたくなるような妖艶な印象だった。しかしルカはレースで露出を抑えている分、そのレースの隙間から見える、黄味がかっているその独特な肌を少しでも多く見ようと覗きたくなる。そしてドレスのスカート部分の多少の膨らみは、ルカの凹凸の少ない上半身を華奢に見せ、簡単に手折れそうな花に見せる。その無防備さが、男の庇護欲をそそる。
俺も貴族で、心にもない女性への賛辞は手慣れているはずだった。しかし、このルカを前にすると、何も言葉が浮かんでこなかった。
たとえルカの後ろで、ルカの支度をしたメイド達が不満そうな顔をしていたとしても。そして「変じゃない」という、女性への賛辞としては最低な言葉を送られたルカが殊の外喜んだことに、罪悪感を覚えたとしても、だ。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
ルカをエスコートして会場へ入る。
今まで親族以外の女性をエスコートしたことのない俺が、女性を連れている。そのことに対して、驚きのざわめきが広がる。
だから面倒だったのだ。ルカには悪いが、とっとと必要最低限の挨拶を済ませて帰ろう。
「王子。この度は茶会へのお誘い、誠にありがとうございます。」
「おぅ、ヴァンか!そして、そっちはルカ!どうだ?災息してるか?」
「はい。ライのおかげで、恙無く生活しております。それも貴方様が、そのように指示してくださったおかげです。感謝しております。」
「ははは。なら、良い!ところで、少しばかりヴァンを借りたいのだが、構わないな?」
「もちろんです。…ライ、私は何処にいれば良いかな?」
「おい、こんな場でルカを1人にできるわけないだろ。用なら、明日聞く。」
「ライっ!王子様の話は聞かなくちゃ!」
「だ、そうだが?どうする?ちなみに、ルカにはルークを付けよう。」
「はぁ…ルカ、すぐ戻る。ルークから離れるなよ?」
「うん。わかってる。…ルーク様、よろしくお願いします。」
「はは…参ったな…王子…」
「ルーク、行け。」
「はっ!…じゃあルカさん、行こうか。」
ルークに先導されながら、ルカが離れて行く。
その後ろ姿を見ていたら、王子に声をかけられた。
「まるで、一時も離れていたくない恋人と引き離された男のようだな。」
「はっ。バカなことを言うな。ルカを見張るのに、ルークでは役不足ではないかと危惧していただけだ。」
「そうか。なら、ちょうど良かった。これからルカとルークを引き離す。1人になったルカがどうするか、お前とルークで確認して来い。」
「は?そんな危険なこ「これは命令だ。なかなか正体の掴めないルカのことを、調べて来い。」
「…御意。」
だからルークは、一瞬躊躇ったのか。ルークに預けられると知ったルカが、バカ正直にルークを頼ったから。ルークは、そこらへんはまだ甘さが残る。今後の課題だな。
そして、その課題をとっくにクリアしていると思っていた俺は、王子の命に動揺している。頭では、王子の命は理に適っていることは理解できる。だが、ルカを危険な場面に立たせて良いのかと、心が叫ぶ。
こんな感情を、俺は知らない。それを知るためにも、ルカが何者なのか調べる必要がある。
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「ルカさん。ここで待っていようか。何か飲む?」
「いえ、大丈夫です。ルーク様には、お手数をおかけして申し訳ありません。私はここで、静かにライを待っていようと思います。」
ルークが案内したのは、王子達がいる会場の中心からは、食事が並ぶテーブルがセッティングされているせいで、微妙に死角となっている一角。……俺だったら、こんな見え透いた誘いには乗らないが、果たしてルカの背後はどう出るか。
「……あー、喉乾いたな〜……ルカさん、ちょっと飲み物もらって来ても良いですか?ほら、すぐそこですし。」
「ふふふっ。もちろん構いません。何なら、私は大人しくここで待っていますので、ルーク様はお茶会を楽しんで来てください。私のことは、ルーク様の視界の端にでもとめておいてくだされば大丈夫ですから。」
「あー、そう?じゃあ、少しだけ外しますね。」
「はい。行ってらっしゃいませ。」
ルークが棒読みすぎる嘘で、ルカから離れようとする。
一瞬ルカに気が付かれるかと思ったが、どうやらルカはルークが周りにいる令嬢達との逢瀬を楽しみたいものだと勘違いしたようだ。普段は邪魔としか思えない彼女らも、たまには役に立つ。
ルカから離れたルークは、あっと言う間に令嬢達に囲まれる。しかし、そこは腐っても近衛隊長。いつでもルカの元に向かえるように、進路だけは確保している。
俺は認識阻害の魔法をかけているため、令嬢達に囲まれることもなく、1人で行動できている。
ルカが1人で待っていると、何人かの令嬢達が近寄って行く。あれは確か、魔法使いを多く輩出しているポルトナート家のアンディニア嬢。
つまり、ルカは俺への刺客だったってことか…
「ごきげんよう。どこのどなたか存じ上げませんが、少しよろしくて?」
「ごきげんよう。私は今、人を待っているので、それまでの間でしたら構いません。」
「…そう。では、ついて来てくださる?」
「申し訳ございません。ここを離れるためには、ルーク様に一言声をかけなければなりません。もしよろしければ、この場でお話してくださいませんか?」
「なら、この子に伝言を頼むわ。よろしいわね?」
「わかりましたわ。私にお任せください。」
「はぁ…わかりました。私も、それで構いません。」
「では、こちらへ。」
アンディニア嬢に指名された令嬢は、一応ルークを囲う輪に加わるが、もちろんルカのことは報告しない。
そしてルカはアンディニア嬢に中庭の、目立たない場所まで連れて行かれる。
波風を起こさないためには最適な行動だと思うが、もう少し危機感をもっても良いと思うのは、俺の我儘か?
それに、俺への刺客仲間だとしたら、何か雰囲気が変だ。
「単刀直入に言いますわね。貴方、ヴァンダライブ様とどういう関係なのです?」
「ライには、行く宛のない私の面倒を見てもらっています。」
「『ライ』…?……まぁ、さすが、お優しいヴァンダライブ様。実は私、ヴァンダライブ様と親しくさせていただいているのだけれども、最近は『他に客人がいるから無理だ』とお屋敷への訪問を断られてしまうの。それは貴方がいるからだったのね。」
「それは申し訳ないことをいたしました。しかし、世話になっている身の私では、来客の有無を決めることなど、到底できません。その件はライに直接、不服を申し立ててください。」
「…それに、どこの馬の骨とも知れない人の面倒をいつまでも見るなんて、負担が大きいのではないかしら?そうだわ!ねぇ、貴方。私の家へいらっしゃいな。男所帯のヴァンダライブ様の家よりも、同じ年頃の同性がいる私の家の方が、貴方も安心できるのではなくて?」
「それはありがたい申し出です。」
「そうよね!それなら、早速「でも、お断りさせていただきます。」
「は?ねぇ、貴方、私の善意の提案を断れるとでも?」
「私は家主であるライの許可を得て、ライの家にいます。ライから直接『邪魔だ』と言われるまでは、ライの世話になろうと思います。」
「だから、『邪魔だ』と言っているのよ!これだから平民は…立場を弁えなさい。」
「『邪魔だ』と言っているのは、貴方の意見です。先程も言いましたが、私はライから直接言われるまで、ライの世話になります。二度言えば、理解していただけましたでしょうか?」
「何なの…?これ見よがしにヴァンダライブ様の色のドレスを身に纏い、エスコートされたことでいい気になっているのではなくて?そんな時代遅れのドレス姿で、同情心でも集めようとしているのかしら?はっ!平民の考えていることは、卑しくて嫌になるわ!」
「このドレスは、ライのお母様のものをお借りしました。そのことに喜びこそあれ、卑屈な思いはしておりませんでした。平民の私にすら、考え付かないような発想ができるなんて、さすが貴族のお嬢様は違いますね。」
「このっ!減らず口がっ!《大地の渇きを潤す水よ、我が呼びかけに応え、彼の元へ降れ》っ!」
どうやら、ルカとポルトナート家の繋がりはないようだ。これで仲間だとしたら、俺は女性不審になるぞ。
そしてアンディニア嬢に良く絡まれると思っていたが、どうやら俺が思っていた以上に、相手は俺に執着しているらしい。俺はてっきり、優秀な魔法使いである俺の血を引く子の母親になりたいのだと思っていた。
俺自身はアンディニア嬢自体も、俺の血を残すための母体としても、アンディニア嬢に興味はない。だからアンディニア嬢がどんな扱いをされようとも何とも思わない。が、ルカの態度にはハラハラさせられる。ルカがあんなに攻撃的な態度を取るとは思わなかった。
そろそろ止めに入っても良いだろうかと、中立的な意見を聞くためにルークを探した。
その一瞬、目を離したために、小声で呪文を唱えていたアンディニア嬢に気が付かなかった。
いや、これは言い訳だ。俺は元魔の動きを敏感に捉えることができる。だから、すぐにルカを守る膜を張ろう思えば張れたはずだ。咄嗟に、俺自身がルカの元に駆け寄ろとしなければ。
普段の冷静な俺なら、そんな失敗はしないだろう。自分でも何故、こんなつまらない失敗を冒したのか、わからない。
「ルカっ!大丈夫か?」
「ライ…うん…私は、大丈夫…」
「アンディニア嬢、ご自身が何をされたのか、良く考えて今後の行動を決めてほしい。」
「ヴァンダライブ様っ!何故、そんな小娘を庇うのですか…?私は…「それが、アンディニア嬢の答えですか?」
「………いいえ…外の風に当たり、体が冷えてしまいましたわ…私はこれで失礼させていただきます…また後日、改めて連絡させていただきます…御前、失礼いたします…」
アンディニア嬢は、取り巻きを連れて離れて行く。
その後ろ姿をしばらく睨んでいたら、駆け寄った際に触れていたルカの肩が小さく震えていることに気がついた。
はっとしてルカを見ると、先程アンディニア嬢と対峙していた時の強気な顔は見る影をなくし、泣きそうに歪んでいた。
「寒いのか?今、ドレスから水気を飛ばす「ダメっ!」
「震えてるし、寒いんだろ?何がダメなんだ?」
「布、特にこういった素材の布は、水に弱いの…適当に脱水したら、このドレスが駄目になっちゃう…」
「そうなのか…?でも、それがわかれば、いくらでもやりようはある。《水よ、消えろ》《暖まれ》」
どうやらルカは自分のことよりも、母のドレスのことが気になるようだ。なので、ドレスが傷付かないように水を取り除く。それから、ルカの震えが収まるように、ルカの周りの温度を上げる。
もうルカを煩わせるものはないはずなのに、泣きそうな表情は変わらない。それが、何故か放っておけない。
「どうした?他に気になることがあるのか?」
「ライはさ…きっと全部見てたんだよね…」
「それは…」
「うん…それは別にいい。私が監視対象なのは、分かってる。なのに、ごめん…」
「それは、どういう意味だ?」
「私、あの人のこと煽った。もっと穏便に済ませることもできたはずなのに…」
「あぁ…見ているこちらがヒヤヒヤするから、今後は控えてくれ。」
「そうじゃない…私の短絡的で軽率な言動のせいで、ライの大切な思い出のドレスを1着ダメにするところだった…ごめんなさい…」
母の思い出の残るドレスをダメにするところだったと、ルカが一粒の涙をこぼしながら言う。
確かに思い出は大切にしたい。が、ルカを泣かせるほどに煩わせるものになるなら、ドレスなどいらない。現物が無くても、思い出は無くならないのだから。
「…いや、所詮はドレスも物だ。いつかは無くなる。それよりも、泣くな。」
「泣いて、ない…」
「……お前も泣くんだな…現れた当初から泣き言一つ言わないから、てっきり俺は…」
俺は、自分が物事に動じないタイプだと思っている。元々の性格と、何事に対しても臨機応変に対応できる自信から、年齢が上がるごとに、冷静さも上がっている感じだ。
ルカは見た目の割に落ち着いているので、てっきり俺は自分と同じかのように考えていた。
でも俺の言葉を聞いてショックを受けたように目を見開くルカを見て、そうではないことを知る。
「そんなわけ…ない……私は帰りたい!家族に会いたい!獅子丸に会いたい!ライに、会い、たいよぉ…」
ルカ曰く異世界があるとして、そこに残して来た身内が恋しいと泣く。そして、ルカを追いかけて訪れた【ライ】も。
その一言で、俺の心が怒りで染まる。
【ライ】は俺だ。俺が【ライ】だ。なのに、何故ルカは今目の前にいる俺でなく、どこにいるかもしれない奴を恋しがる?俺を見ろ。
「はっ!会いたいと言う割には、その異世界とやらの情報を出し渋るじゃないか。本当は、やはり俺達に近づくことを目的として、異世界なんて作り話をでっち上げてるんだ『バチンッ!』
ルカが俺の頬を叩いた音が、響く。
そしてルカが先程よりもハラハラと、涙をこぼしている。
「そんなわけないでしょ!ライが悪いのよ!ライは私が異世界から来たって、内心では信じてない!なのに私がペラペラと自分の世界のことを喋ったら、興味を無くすかもしれない!私に、会いに来てくれなくなっちゃうかもしれない…私はライと一緒にいたいの…」
ルカに『信じてない』と言われて、ドキリとした。
ルカ自身は信用に値する人物だと思うが、異世界から来たと言うのは比喩か思い込みでもおかしくないと思っている。
それに少し前の俺なら、ルカの世界の詳細が知ったら知的好奇心が満たされ、そこで満足したかもしれない。否定はできなかった。
「私の言動の何が、どう作用するのか分からなくて、ずっと緊張してた…一番信用していて、一番話を聞いてほしい貴方が、一番信用できなかった…もう、疲れた……」
俺達の前に現れた時から、ルカは不自然に明るく聞き分けが良かった。その『不自然さ』の努力を、俺は今、踏みにじったのか。そして、そんな心無い俺の一言は、ルカをひどく傷付けた。
「……ルカ、すまな
俺が謝ろうとした時、元魔が激しく動く。
これは、ルカが俺達の前に現れた時の元魔の動きに似ている。
来た時は一瞬で現れたルカだが、今は足元から徐々に消えていっている。その機を逃さず、ルカに手を伸ばす。
が、まだはっきり見えている部分ですら、すり抜けて掴めない。荒れ狂う元魔に負けないように、世界の最高峰クラスの俺の元魔が底をつく勢いで対抗しても、髪一本も掴めない。
「ルカ!ルカっ!行くなっ!!」
「ライっ!私、たぶん帰るんだと思う。貴方の元へ…」
「ルカ、必ず行く。待っていろ!必ずだ!」
「私も、必ず貴方の元へ帰るから!だから、待っていてくれる?」
「あぁ、待つ。だから、安心しろ。」
「ありがとう…」
最後の言葉は、ほとんど聞こえなかった。でも、ルカの最後の表情が笑顔で良かった。これで俺が原因の泣き顔だったら、これからの行動のやる気が減る。
ルカが完全に消えるまで見送ってから、俺は王子のところまで戻る。
王子の側にはすでにルークが戻っていて、ルカについて簡単に報告がされているようだった。なので俺が今、言わなければならないことはない。
「ヴァン、明日、俺の部屋に来い。話をしよう。」
「御意に。俺は、これから先の準備が必要になったので、これで失礼させていただきます。」
「目的も達したし、いいだろう…」
「では御前、失礼します。」
王子から許可を得て、俺は家に戻る。
これから考えること、準備すること、やることが山のようにある。まずは何から手をつけるべきか…
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
「やっと…だ。やっと、お前の元へ行ける…《手紙よ、彼らの元へ》」
ルカが言った通り、まずはこの世界中にルカがいないか探す。それから異世界。
今度こそルカに信じてもらえるように、ルカの言った通りの行動をなぞった。
確かに、怖い。自分が選んだ選択肢が前回と少しでも異なれば、もう二度とルカに会えないかもしれない。こんな状況では、言動が慎重にならざるを得ない。
ルカには、本当に悪いことをしたと思う。謝るためにも、俺はなんとしてもルカの元へ向かわなければならない。
大丈夫。何故ならルカが言ったのだ。『ライが[ルカが消えて、探し回って、見つけた]って言ってた』と。つまり俺は、きちんとルカの元へ行けるのだ。それこそ、いつ向こうへ行けるのかだけが懸念事項だ。あまり待たせると、ルカの奴は俺のことを忘れるかもしれないからな。
結局、ルカのいる異世界がどこにあるのか、また謎の元魔は何だったのか、いくら探っても分からなかった。
でも分からなくても、「俺が望んだ人の元へ」行く方法を編み出した。そのおかげで、今、やっとルカの元へ向かえる。
元魔の確かな動きを感じ、この魔法の成功を確信する。
ルカ元へ行けそうな目処が立ってから身辺整理をし、仕事も交友関係も全て清算した。全てを捨てる我儘な男を、それでも見捨てないで、むしろ背中を押してくれた友人達に最後の手紙を送る。
元魔が激しく動き、目の前を白く焼く。
その先に水色に光る扉が出現し、ゆっくりと開いていく。
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光の洪水のせいで目の前が真っ白になり、何も見えなくなる。
次に目を開けた時には、ライの泣き笑いの顔が見えた。
ライの格好から、どうやら異世界転移した日に戻ってきたようだと推測される。でも時間は経っているようで、ライと待ち合わせしていた時には真上に見えた太陽は、すでに地平線の向こうへ向かうところのようだ。
「ルカ…おかえり…」
「ライ………約束守れて良かった…貴方の元に帰って来れて良かった……ただいま。それから…約束守って、私のところに来てくれて、ありがとう。」
「あぁ、今度は間違えなかった。ルカの言う通りの流れで、お前を探した。そして、こうして再会できた。だからルカ、あの時にお前を信じきれていなかった俺を許してくれるか…?」
「許すも何も、異世界なんていう不確かなものの話、信じられないのは当たり前だよ。なのに、叩いてごめん…それに嫌な奴だったのに、こうして探してくれて、見つけてくれてありがとう。」
「見つける自信はあった。何故なら、ルカ、お前が【できる】と言ったからな。」
「ふふっ。そうだね。でもそれは、ライが【やった】って言ったからだよ…」
「あぁ。なら、ルカが俺の元へ戻って来たことだけに感謝を捧げよう。」
「そうだね。本当に、貴方の元へ戻って来られて、嬉しい。」
私にとってライを叩いたのは、ついさっきの出来事。でもライは、私の話を信じきれていなかったことを、ずっと気にしてくれてたんだ。
そして信じると決めたからこそ、私が語った「ライはカナリミア中を探し回る」という行動は無駄足になると理解したはずだ。でも敢えて、それをやってくれた。同じ道筋を辿ることで、少しでも私に会える可能性を高めるために。
そんな誠実な貴方だから、貴方を信用できる。貴方は、私の根拠になる。
ライが唯一言ってなかった、私が異世界に行った後に戻る場所。それが貴方の元で、本当に良かった。
その幸せを噛み締めていたら、ライが少し緊張したような雰囲気になる。まるで、私が転移する前日に『ルカに伝えたい事がある』と言った、あの時を再現するかのような雰囲気だった。私も、ライと真摯に向き合えるように、居住まいを正す。
「ルカ…今日、言おうと思っていたことを、言わせてくれ。好きだ。過去を全て捨てることも厭わないほどに、お前が好きだ。俺と一緒にいてくれ。」
「………私も好き。貴方のためにこの先の未来を全て捧げても良いと思うほどに、貴方が好き。貴方と歩む未来を私にください。」
そっか…ライにとっては、【今日】の出来事だったんだね。お互いに遠回りをしたけど、恋愛ものに付き物のハラハラ感はあまり感じなかった。
何故なら、貴方が『一緒にいる』と言ってくれたから。だから一時離れたとしても、私達はまた会える。
貴方が根拠になる限り、私達はハッピーエンドに決まってる。
何かご意見がありましたら、お気軽にコメントください。でも辛辣なご意見は、オブラートに包んでくださるとありがたいです。