次の日も、綸はまたどこかへ行ってしまった。
次の日も、綸はまたどこかへ行ってしまった。人形を作るための材料を補充しに行くのだと言っていた。
僕は再び冬の棟へと行ってみたが、柚子の姿はなかった。一瞬土蔵の中を確かめてみようかとも思ったが、綸との約束を思い出して踏みとどまった。
蝉の声が煩いほど鳴り響いている。気候は夏だというのに、屋敷の中はつねにひやりとして涼しかった。この家の中にはどこにも冷房器具がなかったが、それがまったく必要ないくらいだった。緑が多いせいだろうと僕は思った。
人形の部屋で以前と同じように僕は時間を潰す。いや、正確には潰すと言うよりも見えない大きな巨人の手で潰されていると言った方が正しい。ばしんばしんと、僕の時間が僕の知らぬ間に潰されているのだ。でも、今日だけは違った。
僕は人形の側に突っ立ったまま、彼女の頬を撫でたり髪の毛を梳いたり、瞳の奥を覗き込んだりしていた。
そのとき気付いた。
人形の左手に、僕が昨日柚子に上げた指輪が嵌っていることに。
僕は大慌てで指輪を外した。どうして、これがここにあるのだろう。わけがわからない。どきんどきんと心臓が喉元まで迫り上がって、呼吸を圧迫している。恐る恐る指輪を掲げ日の光に透かしながら内側の文字を見た。
『YUZUKA』確かに間違いなく寸分の狂いもなく堂々と、そう彫られていた。
「姉さんの指輪だ……」
試しに僕はもっとじっくりと指輪を見た。もしかしたら似た別物かもしれないと思ったからだった。だけど、その考えは間違っていた。これは本当に本当の正真正銘、僕が姉に贈った、昨日僕から柚子へと渡した指輪だった。
「どうしてこれがこの指に嵌っているんだ」
僕は呆然と呟いた。人形と指輪を交互に見る。声はシンと静まりかえった部屋の中へ溶けて消えてしまった。
ぞくりとしたものが、足元から這い上がり僕の膝に爪をたてた気がした。ずるずると音を立ててそれは僕の体を上り、心臓を鷲掴む。姉が生きているかもしれないことに対する、恐怖なのか不安なのか喜びなのか。もはや自分でもわからなかった。
どうして綸も千祇も、嘘を言ったのだろう。この屋敷の中には確かに昨日柚子と名乗った少女がいるのだ。そして、その少女は姉に違いない。姉が一人で身を潜ませられるわけがないのだから、綸と千祇が手を貸しているのは絶対だ。
だけど、いったいどうして?
どうしてその事を僕に黙っているのだろう?
何故姉はそんなことをするのだろう? 他
人に知られたくない何かがあって姉が身を潜ませているのだとしても、僕はつねに姉の味方だ。その事を姉が知らないはずがない。
僕は従順で忠実な姉のしもべ下僕だった。