話し声が聞こえなくなって、ずいぶんとたった。
話し声が聞こえなくなって、ずいぶんとたった。綸は障子を両手で大きく開けはなった。部屋の中央には、椅子から崩れ落ちた少女の人形が一体と、人形に良く似た面差しの少年が倒れている。畳は大きく血で汚れ、今もそれは少年の体から溢れていた。
綸はのゆっくりと少年へと近づいた。彼の瞳はぴっちりと閉ざされていた。月光のせいなのか、とても青ざめて見える。左胸には大きな包丁が突き刺さり、そこからゆっくりと血が流れ出ていた。
少年の命がもはやこの肉体にないことは、一目見て明らかだった。
綸は微かに嘆息して、柳眉を潜めた。
「だから忠告したんだ」
綸は小さく呟いた。すぐ後ろで千祇が笑った。
「お互いが望んだことですわ。きっと満足でございましょうよ」
「満足? 榛名の方は、どう見ても騙されてただけだろう? 結局姉にほだされて同意してたけど、ほとんど無理心中と同じじゃないか」
「愛とは、時として酷く身勝手な物ですわ」
「好きだから、相手に何をしても許されると思ってる辺りが最悪だな。特に柚香の方は、結局愛と言うよりも執着欲と独占欲が行動原理だろう」
呆れたように綸は言うと、転がっている人形を拾い上げ元の椅子に戻した。彼女の左手の薬指には銀の指輪がはまっている。
綸は、柚香にこういった。弟を人形にすることは別に構わないが、かといって無理矢理彼を人形にしたのでは面白くない。彼に人形になることを同意させることができたならと条件を出した。柚香は綸に協力させ、見事弟をこの屋敷へ招きだし、綸から逃げるような振りをしながら、二人きりでずっと一緒にいるという約束をさせた。榛名は「二人きり」が「生きて」一緒にいることだと思ったようだが、それが大きな間違いだったわけだ。
自分の弟を手に掛けてまで、一緒にいたいと望む柚香の執念には敬服する。そして、その破滅的なまでの妄執に、綸は惹かれたのだ。
「女は薔薇と一緒だというのは、誉め過ぎだと思うか?」
ちらりと背を振り向いて、少女に問う。少女はにこりと微笑んで「わたしも女ですわ」と答えた。
綸は死んでいる少年の遺体を見下ろすした。
「愛のために、愛する男を殺した女と、愛のために愛する女に殺された男か……まさに喜劇だよ。ま、コレクションの一つとしては、申し分ないけれど」
さてと、彼は考える。土蔵の奥の座敷はひとつ空いている。そこに二人一緒に並べれやるべきか。それとも、別々の座敷牢に納めるべきか。
彼らはどちらを望むだろう。
これにて完結です。
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