プロローグ
「私の娘が被験体になるなんて反対よ!」
膝をつかされながら睨み続け、今にも掴みかからんとする私の手足を抑える同僚たち。
男は眉一つ動かさず、椅子に深く腰かけて、冷ややかに私を見下ろす。
「そうは言っていない。血を分けてやるだけだ」
「遺伝子操作で悪魔を造れるわけがないわ!」
「これは化学の進歩だぞ。遺伝子実験が成功すれば、人造悪魔によってこの国は強大な防衛力を誇る軍事国家になり、他国に頼る必要もなくなるのだよ。君の娘は選ばれたんだ、光栄なことだろう?」
「人間ごときが扱える種族じゃない。命を何だと思っているの!」
「…フン、やつらに土地や食料を与えてやる国などない。19世紀ころから人間に隠れて存在しているような、異形の下等種族を守る必要がどこにある」
鼻を鳴らして笑う男に私は奥歯を噛みしめる。
私たちが必死に叫んでも、男に言葉は届かない。
視界がゆがんで見えなくなった。
「種族で差別せずに共存していくべきよ…」
「その女をウェストエリアの地下に連れていけ」
「はっ」
紐で縛られ、手足の自由を奪われた私は、為す術なく引きずられていく。
奴らに計画を知られる訳にはいかない。
水面下で動け。見つかれば全てが泡になる。
この血筋を決して絶やすな。
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先まで見えぬ長い廊下と真っ白な壁。観葉植物のみが置かれた通路。
埃ひとつない環境の中で、己の好奇心と願望のため、名のある研究者たちが外道へと堕ちていった。
「脱走者2名、現在逃走中。イーストエリアへ向かっている。至急捕らえよ」
赤い光が一定間隔で点灯し、脱走者を許さない館内放送が鳴り響く。
「見つかったわ!」
「急げ!じき来るぞ!」
使い慣れていても迷わせる構造は、裏切り者を逃すまいとしているようだ。
心臓がドクドクと脈打ち、足が震えて仕方がない。
膝が擦りむけていても、足先から血がにじんでいようとも、私たちは捕まるわけにはいかなかった。
あの子たちを守れるのは私と彼だけ。何があろうと守り抜く。
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