花嫁道中と農民の娘と菊一輪。
なろうラジオ大賞2参加作品です。
幕末、文久元年十月廿日、齢十四になる内親王和宮親子を乗せた輿は降嫁の為、京の都を立った。
中山道の街道沿いで先祖代々、地からの恵みで暮らす農民の娘ちかはある日、村の皆と宿場町へと向かう。
空が白む前の時、薄墨色した空の下を行く。
みすぼらしい成りはせぬ様に。お庄屋からの言付けに従い、ちかは新しい藁草履を卸した。水髪に櫛を入れ後ろでひとつに括った。
ぺちゃくちゃと小鳥の様に囀り進んだ朝靄の道。
「あたしも嫁入りか」
薬売りの話に聞く京の都のお姫様。
ちかと同じお年のお姫様。
将軍家へと輿入れされるお姫様。
パチと爆ぜる囲炉裏傍で、ちかは甘い夢を見る。
シュッ、糸をしごく。針目を確認した。ふた親が少しばかり算段をし用意した反物は硬く、薄らと糊の匂いが立つ。
「ちょっとでも見れると思ったのに」
賄いの人足で駆り出されたちか。花嫁行列を見れると胸をときめかせたのだがその実、彼女が向かった先は本陣屋敷とは遠く離れた屋形。
「荷物持ちのとこやった、煩いお侍さん居るし。終わったら息するなって」
土間の一角に集まり、賄いの椀を抱え息を潜めていた事を思い出す。ヒュル、格子窓から風が入り揺らめく火。
「改め婆にひん剥かれた」
……、こ、こうぶがっ?難しい事話してた。嫁入りするのを邪魔するお人が居るから、化けてないか調べるって何それ。
「女やし!お椀、綺麗やったな。朱色で。お姫様のはもっと」
縫い上がった晴れ着はゴワゴワとした手触り。話に聞くお姫様のそれとは月とすっぽん。だが新しい反物で縫う事など滅多とない僥倖。
格子に目をやる。夜が更け丸い月が顔を見せている。
隣村の吉也と出逢った彼女。馬を世話する為に彼も駆り出されていた。同じ屋形で顔をちらりと見ただけの間柄。
それだけと思っていた、うぶな彼女。
「お前の婚礼が決まった。隣村の吉也が通うと、お庄屋さんの話だ。今日からここで寝ろ」
言われるままに、ちかは待った。
男は三日夜通い、女は明けの日に嫁入りとなる。
終の夜。夫となる吉也が秘め事を終え、脱ぎ捨てた布子を弄る。
取り出す名残の菊の花。
「採ってきた。明日、駒を鈴と赤い手綱で飾り迎えに来る」
薄い褥でしどけなく横になる、ちかの流し髪に挿した吉也。
両の頬が朱を吹く。
……、あたしはこん人の母になるんや。
「ありがと」
甘く、温とい馬草の香りに包まれた彼女は笑みを浮かべた。
ちかは明けの日、
晴れ着を纏い髪に菊を飾り、吉也が引く駒に揺られて花嫁となる。