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4:突発的な啓蒙

「やあやあ。どうも。どうも。始めまして。『総合魔術論』講師のロハノと申します」


 ロハノは特大教室の後ろから手を振りながら入っていった。まだ半分夢まぼろしに足を突っ込んでいる学生にはその姿が現実のものかどうか確信が持てない。


「『選ばれし10人を指導せし者』とお呼びください」


「なんだロハノ君だったのか。これは怒鳴ったりなどしてすまないことをした」やはりル・ゲの言葉にはすまないという感情が欠落していることが明らかだった。


「いったいどうしてわたしの講義をこっそり覗いておったのだね。君ならいつでも歓迎するのに」


「えっ。いやいや。わたしなどという底辺をさすらう魔法ゴキブリがわが大学最大の聴講生を誇る副学長の講義に堂々参加するなど厚かましいの二乗、三乗とも言うべき愚行でありまして」


「……まあよい」ロハノの言葉に顔をしかめながらも、副学長は次の瞬間にはなにやら怪しげな笑みを浮かべている。


 おやこれはちっとまずいのではないでしょうかさっさと退散しましょうそうするが吉と後ずさりを始めた彼に向かってにたにた笑いながら副学長は手招きをした。


「ちょうど良かった。今は少々脱線して魔法に関する話をしていたのだ。ちょっとここまで来て、学生諸君のより良い学びのため、協力してくれたまえ」


 なーにが協力ですかあんたのはCo-opじゃなくPKでしょうとロハノは思う。いよいよ自分も副学長の毒牙にぐさりずぶりどぼどぼごぼりとやられる日が来たのだろうか。


 ル・ゲは自らの講義によく他の教授や、学外から招いた実力者までも参加させることがあった。


 名目としては学生により広い視野を持ってもらうとか実践を通して学ばせるなどと標榜しているが、実際はただ自分の実力を誇示したいがためのものでしかないのだった。


 ある時は人間離れした筋力を誇るさる高名な戦士を特別講師として迎えておきながら、途中からしゃしゃり出てきて、誰がどう見ても講義の文脈とは関係のない話題をおっ始め、学生も戦士も呆気にとられているうち、なぜか自分とその講師との戦いという展開に持ち込んだのだ。


 いくらその戦士が経験を積み重ね膨大なスキルを身に着けた歴戦であろうと、その父親が戦士を祝福する神の一柱として数えられるル・ゲには敵わないのが当たり前だった。


 そのようなことは戦士にもその茶番を強制的に観劇させられる学生にもわかっていて、軟泥生物のウーズに徒競走をけしかけるようなこれは興ざめもいいところなのであるが、ただひとり副学長本人だけはそのことに気づかず、ひとり勝手に悦に入り、


「ま。ま。わたしは半神ですからな。ええ。ええ。勝って当然ですから。ね。どうか気を落とさずに。わははははは」


 と鼻持ちならない言葉で締めくくるのだった。


 そういう前例をいくつも見てきた学生であるから、ほとんど周知されていないこのロハノを初めて見たというものであっても、半ば同情や哀れみのこもった視線を向け、また幕開く茶番へのあくびを噛み殺すのだった。


 断頭台に登る死刑囚もかくやという悲愴さでのろのろとロハノが教壇に上がったのを確認し、副学長が言った。


「さて。わたしは今までに魔法の劣っている点をいくつか諸君に教授したな。しかし中にはまだ魔法に何かしらの幻想を抱いていて、きっと卓越した魔術師ならばそのような欠点などものともしないはずだと思う学生もいるだろう……しかし!」


 ただでさえばかでかい声がさらに大きくなったため、間近に立ちそれを聞いていたロハノは鼓膜を死守するため指を耳栓としなければならなかった。


「わたしの挙げた欠点は決定的に致命的なものなのであり、これはいかなる力量を誇る魔導の使い手であろうとそうなのだ! 今回は特別に、こちらの、ええと、なんだっけ、あの、あの」


「総合魔術論です」小声でロハノが告げる。


「まあ、なんでもよい。とにかく当大学で魔法を教えるこちらのロハノ教授に、実際に魔法を詠唱してもらい、わたしの言ったことの正しさを証明してもらうことにする。貴重な機会だから諸君はまばたきをしないですむよう、今のうちに目薬をさしておくように」


 ええマジですか。ロハノはのけぞりのあまり黒板にあやうく頭を強打しかけた。なんと学生の目の前で自分が挙げた魔法の弱点を証明させるためこのル・ゲは自分を使うつもりなのだ。どれほどサディスティックな半神様であろうか。


 神には二面性がつきものだとは彼も知っていたが、副学長の場合、意地の悪さに対置されるべき光の側面がいまだに見いだせないのでいたのだった。


 ロハノを見やる学生たちの視線にはますます哀れみがこもり、ロハノには涙ぐんでいるようにすら見えた。当然ながらそれは目薬のためであったが。


「ではまず、詠唱時間の長さについてだ。そうだな……じゃああれだ、ロハノ君、隕石を呼べ」


「えっ。いいんですか」ロハノは思わず副学長を見た。「大学ぶっ壊れますよ」


「いいんだいいんだ。詠唱時間が長いのを学生に見せるためなんだし……ちゃんと止めてやる」


 そう小声で告げた副学長に、にたりにたりとよくもまあこんな気持ちの悪いアンデッドみたいな笑い方ができるものだとロハノは感心すらしてしまう。

 

 それに「止める」とはなんだか穏健まっとうな言い方であるが、ようするに「どつく」、より正確を期すならば「攻撃して阻止する」という意味が暗に示されていることは明らかであり、力だけは馬鹿にできぬこの半神の一撃などまともに食らっては半死半生を飛び越えて昇天してしまうにちがいない。


「では、いいかな。よし! 詠唱開始!」パーティーリーダー気取りでロハノに告げてから、副学長は学生に向き直って講義を続ける。


「よいか。魔法使いの本領たる強力な魔法に限ってだな……」


「そら伏せろ!」ロハノが叫んだ。


「は?」副学長は間近であがった大声に度を失いあたりを見まわした。「なんじゃ今のばかでかい大声は。人の側であんな声を出すやつがあるか」


「あのう。伏せなくていいのですか」ロハノは教室の天井中心あたりに目を凝らしながら副学長に言った。「もう来るのですけれど」


「なにが――ぎゃっ!!?」副学長は天井を破り来るものを見るが早いかねずみのように教壇の下へもぐり込んだ。


「お望みの通り」ロハノはとっくに地下へ隠れてしまった副学長に向けて言った。「隕石でございます」


 表層に穿たれた無数のクレーターがこの世ならざる不気味さをたたえる巨大な隕石が、ぎりぎり丸みが判別できるくらいの距離だけを地上との間に残し留まっていた。


 副学長以外はロハノが警告したさい瞬時に机の下へ退避していたため、どうやら負傷者はいないらしかった。


 この敏捷性を見るに能力は十分あるのかもしれないとロハノはひとりうなずく。できうればもうちょっと魔法への興味を持ってくれたのならさらに良し。

 

 少々度を過ぎたかもしれないと彼自身も自覚するこのパフォーマンスは、いわば大胆な勧誘であった。


 魔法使いが魔法使いを目指すようになる最大の理由は二千年前から今なお変わらず、「ものすごい魔法を目の前で見てしまいそれに憧れたから」というものだったのだ。


 これ以上隕石をぎりぎりでホバリングさせておくのはいらぬ騒動を招くし(すでに招いているという説あり)、なによりだるかった。ロハノはさっさとそれを浮上させ、また宇宙の彼方に送り返すのだった。


「ロ、ロハノ君。なにをしたんだね君は」いつの間にか這い出していたらしい副学長が必死に平静を取り繕いつつロハノに訊ねた。


「ははあ。さてはわたしの鼻を明かしてやろうと、だいぶ前から詠唱を開始していたのだな。そうだ。そうに決まっている」途中から声は怒声に変わる。


「言え。そうだと言え。わたしは恥をかくのが恥ずかしいから図々しくも事前に呪文を準備していましたと言え。今すぐ言え」


「じゃあどうやって副学長と話してたってんですか」ロハノはル・ゲの服がほこりまみれなのを指摘してやるべきかどうか考えながら言った。


「わたしも隕石を呼ぶとなりゃ無口にならざるを得ませんよ。あれは紛れもなくたった今呼び出したものです。これは天の万軍の前で宣誓したって構わないほどの真実であります」


「ぐう。いや。いやいやしかし。隕石だぞ、隕石なのだぞ」ル・ゲは目の前の現実を認めまいと首をぶんぶんと振った。


「あんなにすぐ召喚できるはずがない」


「ええと。そうですね。学生の皆さんにも知っていただきたいのですが」ロハノは教壇の真ん中に立ち一同を見渡した。


 先ほどまではロハノに対しもはや残酷な死が運命づけられている生贄へのそれと変わりないほどの関心しかなさそうに見えた学生たちであったが、今や驚愕が表情に刻まれており、彼の話に集中せぬものはひとりもいないように見えた。


「あのですね。強力な魔法だからといって、実戦投入できないほどの隙を生じせしめるくらい長大な詠唱時間を要するというのは、これは必ずしもそうではないのです。大きなおっきな誤解です」


「まあたぶん、皆さん自身の経験によるものでしょう。魔法をまったく使えない、使ったことがないという方はおられないと思います。この大学に入学できるくらいの皆さんですからね」


「今わたしは、そうですね、えっと、まあ三秒くらいってところでしょうか、そのくらいの時間であの隕石を呼び寄せる呪文【宇宙のはぐれ者の招待】を詠唱しました。この三秒という時間で唱えられるものとして皆さんが考えるのは、おそらく初級~中級と見なされる階級に属するもののいくつかではないかと思います」


「一例をあげますと――」


 ロハノはえへえへんと咳払いをして実践にとりかかる準備をした。学生の注目を集めているなかでやるぶん、隕石を呼ぶよりはるかに緊張するのはどうしようもなかったが、なんとなく情けなさがこみ上げてきた。


「中くらいの火球を呼び出す【火魔の悪戯】」


 ロハノの手を飛び出した火球は教室を楽しげに跳ね回りロハノの口に飛び込んで消えた。学生たちは息を呑む。


「あっ。ごめん。くせでちょっと曲芸じみてしまいました。次からはふざけないでやりますね。はい。えー。それでは次です。つぎ」


「ちょっとしためまいを対象に与える【酔いどれ草の味見】」


 ロハノがちょっと手を振ると、たちまち学生全員がぐでんぐでんに酔っ払ったようになり、前後不覚、中には地面に滑り落ちてしまうものもいた。


 なぜか特に対象に含めようとはしなかったはずのル・ゲまでがふらふらと歩き出し、教壇から脱落して派手にぶっ倒れ頭を打った。


「わっ。まずい。実演教育は中止。刺激が強すぎたようで」


 脳天に星をめぐらす副学長の巨体を教壇に引き揚げ、なんとかこのことを忘れていてくれますようにと手をぱんぱんぱんぱんぱんぱんと念のため六回叩いて拝んでから再び学生に向き直る。きらきらまわる星はそのままにしておくことにした。


「ま。こういうのが三秒という時間で詠唱できるものとして、皆さんが考えていたところではなかろうかと思います。はい。どうやら間違いはないようで、うなずいてくれる方もいますね。わっ。こんなにたくさん。わあ感激。一度こんな大勢の前で授業をやってみたかった」


「涙涙の回顧録の開陳はさておいて、しかしその三秒でできることの限界ってやつ、これはあくまで一般的な限界に過ぎんのです。あのう。こういうこと言うと自慢のようで嫌なんですけれどね、ま、わたしに限らずいろんな魔術師さんが言ってることなんですよ」


「たとえばアルメルキデルセス。この舌噛みそうな名前のおじいさんは今も現役ばりばりで死神追っかけてるかくしゃくとした魔道士さまですが、『イリュージョンの儚さ』という本を著しております。この大学の図書館にも探せばあるかもしれません」


「それによると、『一定以上の修練を積んだ魔術師は』――この一定というのがなかなか曲者で、個人差なんてもんじゃないほどの個人差があるのが問題視されてはいるのですが――『それがたとえ巨竜を召喚するといったような大魔法であっても、考えられないほどの短縮を成し遂げる』って書いてあります」


「ま。つまりちょー頑張ればゲキパねえ速度で魔法バンバン撃ちまくれてぶっ壊れバランス崩壊誰だこんな調整しやがった奴はどいつだどいつだ戦犯は、ってなもんで、魔術書とかの記述、すなわちカタログスペックが当てにならないくらいの速度で詠唱できるってわけです」


 ここで終業の鐘が鳴った。鐘をつくのはこのためだけに雇われている霜の大陸の巨人である。


「えっ。もう終わり。まだまだ話足りないんだけれど。あっ。でもこれ副学長の授業なんだった。まずい。やばい。どうしよう。じゃあ皆さんそういうわけで、魔法についてはまだまだ解かなきゃならない誤解が世間にはびこっていまして、けっこう熟練の冒険者でもそういった偏見を頑固に持ち続けていたりします。困ったもんだ。皆さんはそうならず、ちゃんと自分の目で実際のところを確認してほしいと思います。ちょっとでも興味を持ったというかた、わたしが受け持ちます『総合魔術論』にぜひお越しください。お茶もお菓子も出ないけれど、悪魔や精霊はしょっちゅう出ます。実物ってのが信条でしてね。それじゃあさようなら。さようなら。どうぞ今回の講義は他言無用で」


 逃げるように教室を飛び出したロハノは自分の研究室へ戻る道すがら、のびたままの副学長のことを思った。


 いくらひどい人物とは言えど、ああして学生の前で威厳を損なわせるようなことをしたのは、まあ、ちょっと、いささか、わずかに、ちょっぴり、やり過ぎだったかもしれません。


 次は、って次なんかないのが一番なんだけど、もうちょっとお手柔らかにしてあげましょうかね。


 そこで彼はリーシュアから副学長の言伝を預かっていたことをようやく思い出し、懐から紙を引っ張り出し開いてみた。


 そこには「総合魔術論」への予算を昨年度からさらに削減し、またロハノ自身への給与も減らすことが通告されていた。


 やはり息の根止めるまで追い詰めてやるべきであったかと、ロハノは丸めた伝言を側を通った赤毛のヤギに食わせつつ思うのだった。


 

 

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