日曜日のせいじゃない
あいにくの雨が似合う昼下がりのビジネス街から細い道二本ほど外れた路地にひっそりと立つシティホテルの一室から、ベッドの脇に座り、依然しかめっ面で窓の外を眺めている下着姿の彼女の頭には、日曜日のお前は暗いな、明日も仕事だから?と、さっき頬にキスをしてからシャワーに行く前に男の言った言葉がこだましている。
自分の父親よりわずか二歳年下のこの男に、半年前自分の誕生日を友達と祝った居酒屋で声をかけられてから、定期的にあったり、食事したり、つい、昼間ホテルで裸の数時間を共に過ごすようになったことは、彼女はちっとも悔やんでも哀れんでもいない。なぜなら、自分の選んだ道だから。男には奥さんがいて、自分より、それも二つ下の娘さんがいることにも、微塵の抵抗も罪悪感も覚えていない。なぜなら、彼から、彼の家族から、何かを奪おうという考えは、彼女には毛頭ないから。そして、自分を手塩にかけて育ててくれた両親を前に、このような世間で言う不毛な関係に陥っていく自分自身を、恥じることも、蔑むことも、彼女はけっしてしない。なぜなら、父親も自分の子供の時から散々不倫をしていたから。父親の不倫を知ってしまった子供は既婚者に惹かれると、昔通っていた短期大学の心理学の授業で聞いた誰か学者の説を、彼女はこの半年間ずっとまるで自分の行いの正しさを支える真理のように心に奉りながら日々拝めている。
たかが行きずり。二人には、愛なんてないと、彼女はわかっていた。そもそもそんなもの求めてないし、信じてもいないし、近頃、そこら中おめでた婚で結ばれた友人の話を聞くたび、愛なんぞしょせん既成事実に花を添えるためのもので、披露宴の参列者を泣かせにかかるネタに過ぎない、とますますそう思うようになった。
しかし嫌いじゃない、と考えながら、彼女の顔がすこし綻んだ。もし、二人のことを誰かに明かして、男への自分の気持ちを聞かれるとしたら、きっとそう答えるだろうと、彼女は確信している。年の割には頼れなさそうで、自分の父親よりは随分と優柔不断なところがあるこの男は、嫌いじゃない。出会った数日後初めてお茶に誘われた時、男が遅れた誕生日プレゼントとして彼女に似合うとくれたブランドもののイヤリングのように、おばさんくさくてつけることはなくても、嫌いじゃない。たびたびレストランに行く時、男の趣味でもある、あれこれとすすめてくれたり、飲ませてくれたしたどのワインも、味も喉越しもその違いがさっぱりわからなくても、嫌いじゃない。人生においては自分の大先輩として、多少のわがままも許してくれながら、時に打ち明ける自分の人間関係に由来するどんなに細やかな悩みへも、男がいかにも真面目そうに向き合ってくれては耳許で優しく吹き込んでくれるアドバイスが、的外れもいいところだと心の中で嘲笑っていても、嫌いじゃない。
彼女には彼女なりのポリシーもちゃんとある。お金はもらわない。なぜなら、自分は男の子供でも奥さんでもないから。大事な相談は持ちかけない。なぜなら、男は自分の親でも旦那さんでもないから。
だから、男には知らない彼女の明日は、仕事じゃない。
だから、日曜日のせいじゃない。