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短編集

居場所

作者: 雨音 結安

 

「そうだ、旅に出よう」と、急にあいつが言い出したから、行き先も決めず、目の前の電車に飛び乗った。薄い財布だけポケットに押し込んで、行ける場所なんてたかが知れてると思ったけれど、あいつはそのたかが知りたいんだそうだ。行けるところまで行って、そこに何があるのだろう。何もないだろうに。そう考えている俺も、今こうして電車に揺られている。車内は空いていて、あいつの言う“たかを知る”には、なんだかうってつけの日に思えた。

 三十分を過ぎると聞き馴染みのない駅に着いた。そこからさらに三十分ほど揺られて終点まで行くと、別の路線に乗り換えた。行く宛はないので、適当に選ぶ。あいつの好きな青色で書かれた路線に乗ることにした。

 そんな風に乗り換えを繰り返していると、あたりは暗くなり始めていた。車内に人気はほとんどない。ぼんやりと眺めていた窓の外に海が見えて、次の駅で降りることにした。

 夜の海には人ひとりいなくて、ざああと波の音が一帯を支配していた。ここが、俺の行き先。あいつの言う、たかが知れてる場所はここになった訳だけど、あいつはどこにたどり着いたんだろう。


 そうだ、旅に出よう、と、あいつが言ってから三年が経った。着いたら連絡するわ、とだけ言い残して、現金を掴んで、本当にその身ひとつで出て行ってしまった。冒険に出るみたいに、楽しそうな笑顔で。それが俺の覚えている最新の記憶。

 あいつと同じことをしたって、なにも変わらないのに、それでも俺は電車に乗り込んだ。もしかしたらこの海の向こうにあいつはいるのかもしれない。この闇を歩いた先が、俺の本当の行き先なのかもしれない。

 ちゃぷ、と足首まで海に浸かる。じわじわと靴の中に海水が染み込んで、少しずつ浸食されることに救いすら覚える。だけど。

 “着いたら連絡するわ”

 その言葉がどうしても俺をこちら側に留めて離さない。どんなに時が過ぎても、未だにあいつに生かされている。

 両足が、ずしっと重くなった。海の向こうであいつが、来るな、と警告しているようだった。砂浜の向こうであいつが、もうすぐ帰るから、と引き止めているようだった。おまえがそう言うのなら、俺はこの海に沈むわけにはいかない。

 もう消えてしまいたい。この身体の代わりに、その想いは海に沈めた。


 

2019年7月に書いたものでした。過去と現在が混ざってる感じが書きたかったのですが難しい……。

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