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序章 近代の波


 初代・長峰(ながみね) 真比等(まひと)と言えば、近代旭花国(きんだいきょっかこく)の中でいの一番に名前が挙がる人物である。


 真比等の名前は、基本的に近代刀工屈指の名工一門として知られている。


 しかし、其の名が刀匠として記憶されるのは主に、初代・真比等の甥である二代目、初代の娘である三代目、そして三代目の妹である四代目。いわゆる『真比等三代』と呼ばれる一連の刀工に限る。

 

 刀を『鉄の芸術』と称し、多彩な刃紋と数多の技巧によって美術刀という分野を確立した、二代目、通称『二比等(ふたひと)』。

 刃物としての刀剣に価値を見出し、実戦的で折れず曲がらずよく切れると言った刀の理想を体現させた三代目、通称『比等世(ひとよ)』。

 兎に角作品の多さで知られ、刀を始めとする多数の芸術分野において名を馳せる四代目、通称『与比等(よのひと)』。


 芸術分野に偉大な足跡を残した後の三人に比べ、主に初代真比等に関しては、凡作しか作らぬ凡工としての評価がごく一般的であり、稀に彼を職人として評価する場合は、各地に散逸する鍛冶技術を集め、それを実践的技術として使用したという、いわば文明開化以前の伝統技法を後世に残した、学者的な業績を称えることが殆どであり、彼自身の作品に対しての評価で、凡作という以上の評価を与える者はいない。

 

 近現代芸術や、工業技術の世界で長峰・真比等と言えば、まず間違いなく『真比等三代』の誰かと言っても過言ではない程だ。


 だが、それでも尚、初代真比等の名声は『真比等三代』の遥か上を行く。

 

 彼の名声を数え、その異名を数え上げるとするのならば、それは枚挙に暇がない。


 『魔導揚船の父』


 『近代魔導科学の哲人』


 『武士道の求道者』


 『東洋の技術王』


 『旭花の遊侠』

 

 『明慈の剣侠』


 有名どころを上げるだけでも、これだけはあるだろうか。






 

 その中でも、最大の名声はこの一言に尽きる。




 『皇国最後の剣豪』。




 時代錯誤にもそう呼ばれながら、刀という斬撃武器をもってして時代を生き抜き、切り開いた彼の功績は、混迷の時代を生き抜いた当時の人々にとっては、鮮烈な光を持ってしてこの『近代』という時代を照らし出した、いわば一つの道しるべであった。


 そんな道しるべとして後の世に名を刻む彼であるが、この名前は刀工としての名前、つまりは屋号であり、彼の(いみな)、つまりは本名は別にある。

 先ほど、長峰 真比等の名声は初代が最も高いと先述したが、正確に言えば、彼が有名であるのはこの名前ではなく、その本名に置いての事だ。


 

 その本名を、長峰 禅二郎(ぜんじろう)という。



 さて、長峰 禅二郎は刀工を志し、剣士として生きたと言ったが、それは今の時代の価値観から見ても、当時の時代の価値観から見ても、一種狂っているとしか思えない言動であった。


 禅二郎が生まれ、そして生きた明慈と言えば、西洋から近代魔導科学を始めとして、資本主義と共産主義、機械文明と軍事技術、民主共和政治と帝国主義、その他にも数多の価値観や新時代の文化が、維新改世(いしんかいせい)という時代の風穴を通してなだれ込み、いわば、『近代の波』と言うべき思想の氾濫が旭花皇国に巻き起こった時代である。


 この時代を、未来の人間である我々の眼を通してみると、この『近代の波』に呑まれかけていたのは決して旭花皇国ばかりではないということに気付くのだが、人類が初めて直面したこの急速な近代化という現象の急先鋒である西洋の眼から通せば、まさしくその波にのまれかけていたのは旭花皇国を始めとする極東の国々であったのだろう。


 その『近代の波』に呑まれかけていた人々の眼から見れば、刀工や剣士と言った前時代的な価値観に夢を見る長峰 善二郎という少年は、急速な近代化によって変化していく世界に対して、まるで自ら滝つぼの中に飛び込むような無謀なことをしているようにしか思えなかったのだ。


 無論、そんな無謀な、ともすれば無意味にも見えるような彼の夢に対して、周囲の人々が理解してくれるわけもなく、時には婉曲な表現を持って、時には直接的な非難を持って、彼に対して生き方を改めるように各々が忠告したが、その都度に、彼はこう言ったという。





「別に俺は時代に喧嘩を売っているわけじゃない。強いて言えば、時代が俺に喧嘩を売っているだけだ。時代が売った喧嘩だ。死にさえしなけりゃ、俺が勝つ」





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