勘のいい者の定め
「シュタ!!ねぇっ、シュタってば!」
そう声をかけても足を止めないシュタは、試練の内容を私に言うつもりはないらしい。滑らかに運ばれる足を、シュタを追いかけながらメトロノームのように目で追う。
まあそりゃあ、ね。生活するにおいて私も頑固なところはあるけど、シュタもシュタだ。こうなっちゃえばもう何しても無駄なこと。物凄く気になるけど、さっきの不気味な試練の内容を知るのは諦めた方が良いみたいだ。
とにかく今はわたしを置いてさっさと先に進んでしまうシュタを見失わないようにしないといけない。流石にまた暗闇の中に一人ぽつんと置いてけぼりになんてされたくないもん。
「ついたぞ」
「嘘……、こんなところあったんだ」
時間にするならほんの少しの間。
二人で歩いて聖拝堂を進んだ先――小さな扉の前で足を止めたシュタに倣って私も立ち止まる。
私も小さい頃から聖女様を慕っていたから、よく聖拝堂に遊びに行っていた。いろんな所に行って探検だってしたけれど、それでも私の知らない場所があるだなんて。
それぐらい聖拝堂にある扉だとは思えない程に小さな扉。飾りっ気のない、ただの木製のそれに埋め込まれている取っ手に手をかけ、シュタがそっと扉を開けた。
「今度は試練なんてない。行くぞ、」
「うん」
古いせいか、ギギギと扉が軋む音がその場に響く。扉を開けた先から眩しいくらいの光が漏れてくる。光に当てられ、埃がキラキラと反射しているのが見えた。
ああ、ここは――私の知っている聖女様のお部屋だ。ここには聖女様がいる。
そうと分かれば私の行動も早かった。扉の前に立っているシュタを押し退け、ベッドに駆け寄る。
「聖女様ッ!!……ッ、あぁ……なんて綺麗な……」
自分でもそんな言葉が出るだなんて俄かに信じがたいけれど、無意識に溢れた言葉は"綺麗"。
どんな形であれ、体調を崩した人にかける言葉じゃないのはわかっているのに、それでもベッドに横たわる聖女様を視界に捉えた瞬間、つい漏れてしまったのだ。それほどまでに、彼女は綺麗だった。
胸の前で手を組み、そっと目を伏せているその姿は、まるでおとぎ話に出てくる美しいお姫様のようだった。
「……なあ。大丈夫だっただろ?」
「息してる。聖女様は、息してる」
「文脈が可笑しいぞ。まあ今は目を瞑っといてやるわ。……それよりナル、1つ聞いてほしいんだが」
「ん?どうしたのシュタ?」
背後から話しかけるシュタに向かい合うように振り向けば、シュタは眉を寄せて聖女様を見下ろしていた。それからもごもごと口を動かしたかと思えば、囁くようにそっと呟いた。
「たぶん、ばーさんは意図的に眠ったんだと思う」
「え?意図的に眠った?」
「いや、ある意味これは俺の勘だから違うかもしれない。……けど、そんな気がする」
「…………」
"意図的に眠る"?そんなことが果たして出来るのだろうか。
生物学的に死の条件は様々存在するけれど、そのうちの一つ、心臓が止まったら人間は必然的に死ぬし、他にも水分やあらゆる栄養素が枯渇したりした時点で必然的に死に近付くこともある。どれもこれも常識な事実だ。――そんな中で、聖女様は"意図的に眠った"、だなんて。
そんなこと、本当にあり得るの?
「『天を導け、私を護れ』」
「……ッ!ナル、どうした?」
「ううん。いや、シュタの言うように聖女様が意図的に眠ったのなら、セジブナル国に出向く前に聖女様が教えてくれた呪文に意味があるのかなって 」
「…………」
「『天を導け、私を護れ』……やっぱり目を覚ましたりしないか」
「――ッ、その、言葉は……、いや、何でもない」
「シュタ……」
「けど、嫌な予感がしているのは伝えとく」
「うん。……私もそんな気はしてる」
実を言うと、聖拝堂に入ったときには感じなかったもやもやが心を覆い尽くしている。虫の知らせのような、嫌な予感。何かがあるんじゃないか。そう思えて仕方がない。
「シュタ、先に言っておく。……ごめんね」
「はぁ?そこはごめんねじゃねぇだろ!」
「…………」
「お前を一人にはしない」
「シュタ」
「俺がお前を守ってやる。…そういつも言ってるだろ。」
「うん、ありがとう。……じゃあ、帰ろっか」
「そういたしましょう。ナルーシェ様。――ああ、そうだ。ばーさんを頼みますよ」
シュタは瞬時に執事モードへと戻り、私を元来た道へ戻し、聖女様が眠る部屋に声をかけた。
その意味も、誰に向けて言い放ったのかも分からないけれど、シュタはそう言うと鼻で笑い私の後に続いた。
肩口からは、不思議と爽やかな風が通り過ぎていた。
◇◇◇
聖拝堂の裏口を出る頃には、柔らかな陽がいくらか主張を始めていて、先程までの長く感じた時間が嘘に感じる。
聖拝堂を抜け、見慣れた庭に到着する頃にはすでに庭師が花に水をやっていた。いつも通りの風景だけど……それにしては眠い。
まあ眠気は仕方がないことだろう昨晩は聖女様の事が気になって寝つきが悪かった上に、更に陽が昇る前に聖女様に会いにいった。疲れというよりなんというか、まるで夜更かしをしたみたいだ。
「ナルーシェ様、おはようございます」
「ああ、おはよう。今日もお庭のお手入れありがとございます」
「いえ。昨日は国王様から全業務の停止を言い渡されてしまいましたから、少し心配だったんですが。花達は変わらず元気でした」
「それは良かったです」
「それはそうとナルーシェ様は執事様を連れてどちらに?」
「あぁ、えっと、」
「――花の知識を教えて差し上げていたんですよ。ねぇ、ナルーシェ様」
「え!?あっ、え、えぇ。そうなんです」
急に何を言い出すんだコイツは!!
飄々とした態度でホラを吹くシュタを睨みつけると、私の威嚇なんてものともしないかのように、意地悪そうな顔を返された。……ムカつく。
「さあ、ナルーシェ様。復習いたしましょうか」
「……!?」
「お料理に使われる香草は、クレソンやローズマリーなどがありますが、薬用として使われるのは何がありましたか?」
「……シュタ!」
「ナルーシェ様、頑張ってください!私はお教えしましたよ」
薬用として使われる香草。様はハーブということでしょ。たしか……?
「あっ!」
「はい」
「ツボクサと、カモミールと、アロエベラ!」
「……まあ、及第点ですね」
「そうですね。及第点です!」
自信あったのに!急に出された問題に答えたのに及第点ってどういうこと!?
「何よ、二人とも!!」
「ハハハッ、ナルーシェ様怒らないでください!」
「その通り」
「もういい!部屋に戻る!!じゃあね!!!」
「あぁっ、執事様追いかけて!」
「ははは。そうさせていただきます。では、失礼致します」
完全に遊ばれたッ!
腹を立てながら部屋に向かっていると、後ろから「悪かったって」「おーい、ナルちゃん!」なんてアホっぽい声が聞こえる。
お前は喧嘩中の彼氏かなにかか!と突っ込んでやりたかったけど、もはや後半は鬼ごっこのような感じになってしまうのは仕方のないことなのか。
…でもなんでだろう。…やっぱり昨日とは違う。ううん、可笑し過ぎる。なんで昨日は国王命令まで使って人を払ったと言うのに、いまは通常の雰囲気と変わらず城の中でそれぞれのやるべきことをやっているのだ。
小走りで動かしていた足を止めてわざとらしく肩で息をするシュタが隣に立ったのを見計らい、それからまた城内をぐるりと見回した。
「やっと止まってくださいましたね、ナルーシェ様!」
「ねえ、シュタ」
「……どうした」
「…可笑しくない?」
「なにが?」
「昨日の今日で、なんで元通りなの?」
「はぁ?それは、ばーさんが生きてたからだろ」
「いいや、違う。それは私たちしか確認してない。……大体、可笑しいのよ。バストレールとしたって聖女様不在が他国にバレていいわけがないからそもそも、国王命令を出したはずよ…?」
「…まさか…"上"か」
「うちには、後先考えない人も多いから」
「まさか……?」
「えぇ。とにかく部屋に戻る」
「かしこまりました」
恐らく私とシュタの頭の中に浮かんだものは共通しているに違いない。あぁ、なんだか今日は朝からどっと疲れることが多すぎる。
眠気でふわふわとしていた頭は頭痛までしてくる。部屋に入るなりすぐに身支度を整えはじめる。
シュタの予想する聖女様が"意図的に眠った"としたら。それを立証させるような事が起きなければ良い。
部屋の中に二人でいるというのに、お互いに口を開かず無言が続く。
――コンコンッ。
その音は静かだった部屋に嫌に響いた。
私の部屋への来訪者を告げる音。
「――ナルーシェ」
……あぁ。やっぱり。