公務の前に一呼吸
海沿いの小道を私達を乗せた馬車が馬の柔らかいステップにのせて進む。バストレールを出てから景色がころころと変わる姿はとても綺麗で心地がよかった。海の透き通る青さ、木々の吸い込まれるような緑。バストレール国皇王の娘として公務以外では無闇に外に出ない生活をしているからなのかやはりどの場所も公務の度に何度か見たことのある場所とは言え目に入る光景は新鮮で心踊らせるものばかりだ。揺れている馬車内でも立ち上がる私を見たシュタからお説教を食らうのも案外悪くないような気もする。
「ナルちゃん達、見えてきたよ!セジブナル国!」
「本当に!?やっぱりいつ来てもいい所ねぇー!」
「こら!ナルーシェ様、立たないと何度言ったら!」
「だってぇ!あぁっ、そうだ!シュタ!リュン!皇王様に挨拶に行く前にセジブナル国の観光しない?」
「なにを言って!夜のパーティまでにやることは山積みです。ダメです」
「えーーっ、シュタのボンクラ!」
「ボンクラ!?……ナル、お前な……」
「いいじゃないの~!俺もふらふらしたいしね!なっ!ナルちゃん」
「リュン……!ほらほらシュタ!リュンもああ言ってる事だしさあ」
「………………」
「お願いっ」
「……少しだぞ、俺から絶対離れるなよ、絶対だ。」
「うんうん!やったあ!!」
「ちょろいなあ、シュタは」
「あァ"?」
「おーこえっ、」
セジブナル国の入口でもろもろの手続きを済まし、馬車を降りる。私達の事を運んでくれた馬達にお礼を言うために馬の前に立ち優しく撫でるのだった。あぁ、これはリュンから教えてもらった行動の一連だったりする。なんでも"騎士というもの馬と仲良くなった方が良い"というのが彼の考えらしい。でもこれって、確かにそうなのかもしれない。私が撫でるよりリュンが撫でる方が馬の尻尾も揺れているし馬も心なしか嬉しそうだ。
「いい子だなあ、スネークにシャーク」
「…いつも思うけどリュンの愛馬達の名はとても強そうね」
「いいでしょ~!結構気に入ってんだぜ!」
「うん、とても」
「だろ!?ナルちゃんなら分かると思ったぜ!」
かなり馬の名にしては物騒のような気もしないでもないけど、別に自由だからね。いいと思う。スネークに、シャーク……。
◇◇◇
お兄様の格好をしているときは身長がいつもよりも大きくなるためか見えてる景色が私の時と少し違うように見えてすごく面白い。シュタにしろリュンにしろいつもなら見上げて見ていた二人が近付いて見えるのはなんだかいまは対等なんじゃないかとさえ思うわけだ。
セジブナル国に入ってぐるりと1周その場で回るだけでいろいろな風景が見えてくる。セジブナル国は、一言で表すのなら"海の国"。私達バストレール国は海より陸に生活水準をおいているため農作物が豊富ということは何度か説明したが、セジブナル国は私達の逆。陸より海に水準をおいているのだ。そのためセジブナル国のお城の奥はまだ開拓されてない未知の部分も多く自然が豊かで静かな森が広がっていると言われていた。ちなみに、バストレールは逆に海辺近くが静かで広大な場所になっていてそれはそれですごく魅力的な場所だと胸を張れる。…それはさておき、海辺よりに国を作ったセジブナル国の家々はレンガの用な造りが多い。それはきっとこの常に香る潮風の影響だろう。家々の距離があるのも私たちからすれば不思議なものである。それからセジブナル国の国民の家々の端に開かれた魚が干されているのがよく目にするのだ。それらの名前は公務で覚えたのだが、干物と言うらしい。こういった様子は私たちの国では見ないからやっぱり面白い。セジブナル国は私たちの国のように広い道にたくさんのお店が連なるバザーという形ではなく、各家々がお店という造りになっている、家の造りを十分に活かした方法なんだろう。
「いやあ、美味しそうだね!ナ……」
「リュン。」
「ニルギーシェ様。大変失礼致しました。」
「あぁ、いい。今度また3人でゆっくり見て回ろうな」
「有り難き…。」
そうだった。いろいろな情報に心踊っていたけれど私はいまナルーシェじゃなかったんだと思い出しお兄様のように声をかけ直した。リュンは1度私の名を呼ぼうとしていたが注意すればもう仕事モード。仕事モードになってしまえば二人はもう私の知ってる普通の顔をしていない。執事として、皇子付き騎士として私を守るため敵や危険に一番に対処できるように私の左右の1歩後ろに歩いているのださっきの馬車の中では観光!なんていったけれどやっぱり無理なようだ。…折角、私の心許せるこ2人とだから楽しく笑いながら見たいのにやっぱり重苦しくなってしまうよなあ。まあ、どこで命を狙われるかわからないとなるとシュタもリュンもそう簡単にできないし、私も事情ありきだし仕方ないか。はぁ…と少しため息をついて目線を落としていると遠くの方から図太い声が聞こえる。
「おーい、その子、君!君だよ君!」
「…俺かな?」
「ニルギーシェ様、」
「大丈夫だ。シュタ」
「………」
少し日焼けをしこんがりと焼けた男性は私やシュタ達に臆することなく笑いながらこちらにかけてくる。海の男。そんな言葉を体言するような風貌はまた珍しく感じた。
「やっぱりニルギーシェ様か!こりゃ幸運だ!」
「失礼ですが貴方は」
「シュタ、やめるんだ。失礼、」
「いやいやいや、いいんですよ!むしろすみません自己紹介もせずに…俺の名前は、ヤーメル!…海に生きて36年。生まれも育ちも海だ!ダアッハハハハ!」
「元気がいいな…。私の名前はニルギーシェだ、よろしく頼む。」
「よろしくよろしく!あぁっ!ニルギーシェ様、うちの店に良いものが入ったので見にきませんか?」
「良いもの?」
「セジブナルでは真珠と呼ばれている物です。ニルギーシェ様、見たことおありですか?」
「いや…ないが。」
「じゃあ是非、1度見にこられませんか!?もちろん護衛の方も含めて!」
その言葉を待ってたヤーメルさん!私だけじゃないって分かればきっとシュタも許してくれはず。歯をむき出しに大きく笑ったヤーメルさんに悪意は感じない。ちらっとシュタをみると急かさず目線を反らされたがしかし私は負けない。本音を言えば私はセジブナル国の真珠に興味があるのだ。シュタの黒い洋服の裾を少し引っ張ってまたシュタをみた。リュンはやれやれ顔をしているが気にしない。
「ッチ!!」
聞きましたか!?シュタさん、ニルギーシェ皇子(偽者)に舌打ちいたしましたよ仮にも私は皇子なのに!まあ恐らくこの反応は許してくれているってことだろう。そう勝手に判断して私に声をかけたヤーメルさんに真珠をみにいく事を快諾するのだった。
ヤーメルさんの話を聞きつつその案内に着いていくと、ヤーメルさんの営むお店だろうか?そこにはたくさんのキラキラしたものが飾られていた。これは装飾品の数々だろうか、そうなるとヤーメルさんは宝石の商人だろうか。やはり私も女ということだ。キラキラと輝く物を見ているのはとても楽しかった。
「私は海で採れる宝石を主に売る店を営んでおりますが、ニルギーシェ様もこういった物がお好きですか?」
「まあ、な。」
いや、まあ、なってものじゃない。好きだ。だって可愛いもん…。これだって雫みたいな形してて可愛いし、これはすこしボコボコしているけど真っ白で素敵。近くに飾られている白い珠が続く首飾りを手にとってすこし微笑んでしまう。
「…素敵」
「おっ、お目が高い!それがセジブナル国の真珠ですよ」
「そうか…これが真珠か。」
「真珠は縁起がいいんですよ!セジブナル国では近年、女性はこれを首にして婚礼の儀にのぞむ者も多くなっているくらい。」
「ほぉ。」
「ニルギーシェ様もいかがですか、意中のお相手にプレゼントとか……?」
「ははは、考えておくさ。が、まだ生憎浮わついた話をできないものでな」
「はははっ、こりゃ参った!」
「おーい!ニルギーシェ様今度はこっちもどうだーい!」
「ちょっと待て待て、バストレール国のものと近い薬草もあるんだきっとニルギーシェ様も気に入るだろうからウチだうち!」
私たちがお店を見ている間、私の気がつかぬ所でわらわらとたくさんの人が集まっていたようだった。
「やばいな、人が多すぎる」
「だから言っただろう!…まあ、嫌な気はしないからいいものの…」
「そうだね~"悪意"は感じねーな。まあ、抜けられなくなるからここらで抜けた方が俺はいいと思うぜーニルギーシェ様」
「そうだな。……皆のもの!親切のところ悪いがセジブナル国王様にご挨拶に行かなくてはいけないゆえ、またの機会にしてもらえるだろうか」
「国王様に……ならしかたねぇ。いいぜ!いつでもおいで!歓迎してやるさ!」
「そうか、それは頼もしいな。ありがとう、ヤーメル。」
「困ったときは何でも言ってくれ!俺が出来ることは助けになるぜ」
「ありがとう。世話になった!」
そう言って手をあげるとその場にいた全員が手をふった。セジブナル国はいい国だ、余所者を余所者としての対応をしない。まあ、私達はパッと見でいうなら位の高い人達に見えているだろうから余所者として扱わないのかもしれないけれどそれでもやっぱり優しさが身に染みる良いものだな。うんうん、と首を縦に振って噛み締めていたところシュタの顔が耳元に近寄ってきてそっと呟いた。シュタの薄い唇が耳に触れる。息の音さえ近くに感じて背中がぞわりとくすぐったいような…何を言われるのだろうかとすこし心がドキドキと揺れる。
「ナル、そろそろ行くぞ」
「…………分かってるわよ」
催促か。そうだよね、この後はパーティだし。…別に、何か期待した訳じゃないけど…わざわざ耳元で言わなくてもいいのに…。