聖女様と執事と私
全体的に白で統一された聖拝堂。その窓にはにこり微笑む女性を象ったガラスが太陽に照らされてキラキラと輝いていた。他の場所とは違う異質な雰囲気を放つこの場所は私の憩いの場所。
「失礼します。」
そう声をかけて、中に入ろうと木製の手触りの良い扉を更に際立たせるような重厚な取手に手をかける。
…ギギギッ
「おやっ…?ナルーシェ様?」
「えっ、シュタ?朝から姿が見えないと思ったら…ここにいたのね」
扉を開けて中に入ろうとすると入れ違うかのように逆側の扉が開いて左右の扉があべこべに開いた。内側、即ち聖拝堂から出てきたのは今朝以降、姿を見ていなかった執事のシュタで、まさかシュタと鉢合わせすると思ってもいなかったせいか少し大袈裟に驚いてしまった。
「ビックリした!シュタ…!何か用事?」
「ええ、まあ。ナルーシェ様はどうして聖拝堂に?」
「わ、私は…そのぉ…」
「まあどうせ、公務が不安になったとかそんな所だろうな」
「なっ…!…そ、そういうシュタはどうなのよ!」
「私ですか?…聞きます?ああ、教えてあげましょうかねぇ。私はどこぞのお嬢様が、足音をバタバタたてるわ、扉を猛獣のように押し開けるわ、お召し物が汚れるというのにベットに飛び込まれたり…いろいろ苦労してるもので聖女様に聞いていただこうかと思いましてね。……あれ、どうしました?ナルーシェ様?」
「……んぐぐぐぐ!シュタ!!あんたこの前のこと根にもっているわね!!」
「そんなー。滅相もないぞ?ナルちゃん。」
「くぅぅ!バカにして!悪かったわよ悪かった!」
「ハハッ…いいんですよ。それが私のお仕事ですから」
「い、いやあ本当にシュタってば私と二人のときと全然違いますねぇ……うん、違う。あっぱれ…!」
「おや、嫌ですか?」
「ううん全然!むしろ、執事の時より二人の時の方が私は好きよ。その方が私の知っているシュタだもん」
「…ッ!…ナル…お前は…。はぁ!…ナルーシェ様、私仕事がありますのでこれで。」
「ええ?いっちゃうの?」
「はい。聖女様とごゆっくり」
「わかったわ。じゃあ、」
少し足早に城の方へ戻るシュタに手を振って見送る。そんな急がなくてもいいのに。シュタがこの聖拝堂に来たのは恐らく私のせいだ。ああは言っていたけどやっぱり昨日のは不味かったのか…確かに怒りに身を任せて当たり散らしていたかもしれない…次はちゃんと迷惑かけないようにしないと…。といってもきっとこれで私が汐らしくしたとしてもシュタからは「気持ち悪い」とか言われるのは目に見えてるけど。
…いつからだっけ、シュタが執事の顔をするようになったのは。もう何十年と一緒に過ごしているといるのが当たり前になっているから気にはしていなかったけれど、確か…私が16になった頃、初めて淑女用のドレスを着たときかもしれない。あの時のシュタの顔!忘れもしない。…今じゃどんなに綺麗にしても執事の顔をしているときくらいしか褒めてくれないけれど。どうしたもんか、と腰に手を当てふっとため息をついた。
シュタとまさか会うとは思わぬ道草でだった。今度こそ、扉を押し聖拝堂の中へと入る。聖拝堂の中は誰もいなくて静かな空間が広がっていた。聖拝堂は婚儀の時も使うこともあってか、左右に均等に並べてある椅子とその調度間を赤い絨毯が通っている。 私は昔からその上を歩くのが好きで、何度も何度も絨毯の上を歩いて聖女様に会いに行っていたのだ。真っ赤な絨毯をまっすぐ進んで台をすぐ左。そこが聖女様のいる場所。
「失礼します。聖女様…お時間よろしいですか?」
「…………その声は……ナルーシェ様かい?」
「はい、少しお話があって…」
「フフッ、どうぞ中にお入んなさい。」
扉を開けて出迎えてくれた聖女様に頭を下げて部屋に入る。
「今日は訪問者が多いねぇ。シュタにそれからナルーシェ様も来るなんてねぇ」
「はは…。シュタに何て言われました!」
「ナルーシェ様をお守りしますってだけだよ」
「えっ……!?…絶対嘘です!」
「フフフッ、どうだろうねぇ。」
「…?…あっ、聖女様!今日は私が紅茶を入れますね!」
「おや、本当かい?それは嬉しいね。ナルちゃんの紅茶は世界一だから嬉しいよ」
「聖女様…ッ!その呼び方!」
「ナルちゃんはいつまでたってもナルちゃんでしょう?」
「…もう、どうして聖女様には全てお見通しなのかしら…」
銀色の注ぎ口の長いやかんにお水を入れて火にかける。その間も聖女様の視線を背中に感じるけれどそれに嫌な感じはしない。ずっと見守ってくれているそんな感じだ。私が聖女様に会いに行く時は限られているからかもしれないけど、聖女様は私の欲しい言葉をかけてくれる。それから私が言うまでは無理に聞かないでいてくれる。どれも私にとってはありがたいことばかりなのだ。"ナル"呼びもそう。…小さい頃は出来ていたことも社交界に出るようになってからは制限されて、自由と言うものは少なくなってきているように感じる。恐らく私に恋愛結婚というものは出来ないし国の戦略のパーツのひとつになるんだろう、それは私の定めだから否定しないけれどたまに思ってしまうのだ"私が普通の女の子なら"って。
ピューッとヤカンが笛を吹きはじめて予め紅茶の茶葉をいれセットしておいたポットにお湯を注ぐ、甘いアプリコットの香りが部屋に漂った。
「いい香りだ、ナルちゃん」
「ありがとう。」
「…………、」
「…また、お兄様の代わりに公務にいくの」
「……そうかい。」
「今回もね、シュタとリュン……えっとリュンは、バストレールの騎士でね!」
「うんうん。」
「3人で行けることになったんだけど…………」
「不安?」
「…うん。正直不安なの。公務自体も不安だけどね、この国を離れるのがどうしても不安なの」
「ナルちゃんは優しい子だね。でも心配しなくても大丈夫だよ。ニルギーシェ皇子もいるし王様達も。何にも不安なことはないさ。……公務も嫌かもしれないけど、きっと良いこともあるだろうしね?」
「聖女様もいてくれる?」
「そりゃあもちろん」
「……そうだよね!」
しわくちゃな顔をもっとしわくちゃにして微笑む聖女様。どうして、私は不安になっていたんだろうな。聖女様とお互い目があって声をあげて笑ってしまった。それからと言うものお兄様の愚痴から、シュタのこと、リュンのことを話しているともう窓から指す光はオレンジ色に変わっている。だいぶ長く話し込んでしまったみたいだ。でもきっと、これで城にもどったら当分は聖拝堂にくることはできなくなる、正直言えば戻りたくはない……けれど私が戻らなければシュタは心配するだろうし、迷惑かけないようにしないと。と決めた手前早速の迷惑は私もない胸が痛む。
「私、そろそろ帰りますね。シュタも心配しちゃうし」
「そうだね。もうこんな時間だ今度はあの子が不安で泣いちゃうかもしれないから帰ってあげるといい」
「不安で泣いちゃうってシュタが?ないない!」
「おや、そうかな?私には分かるけどね?」
「んー……じゃあ帰ったら抱きしめてあげようかしら」
「ハハッそれもいいかもしれない」
食器を片付けて扉の前に立って聖女様をみる。
「…じゃあ戻ろうかな………わたし頑張ります……」
「頑張りなさい」
「あの聖女様、抱きしめてもらってもいいですか」
「はい、おいで」
私よりも一回りくらい小さい身体に抱きつくと背中に細い腕が回るどちらかといったら私が抱きしめているような体勢だけれど柔らかい聖女様の髪の毛が顔に当たるのは嫌じゃない。心地よくぎゅっと抱きしめられながら目を閉じた。
「ナルちゃん。いい呪文を教えてあげる。もしね、もし、もうナルちゃんが嫌でどうしようもなくなったらこう言うといいよ『天を導け、私を護れ』ってね。」
「天を導け…私を護れ……?」
「そう。だけどね、本当に辛いときだけだよ。辛いとききっと助けになるから」
「うん……わかった。……ありがとう、聖女様!」
聖女様に別れを告げて、城に戻る。城ではもう食事の用意が始まっているんだろう。食材の焼けるいい香りがしていた。きっともう大丈夫だ。不安なんてない、公務だって上手くいくはず。聖女様に会う前の憂鬱な気分はどこかに消えていた。少し小走りで部屋まで戻ってそのまま扉を開ける。
「ただいま!シュタ!」
「はぁぁぁ。また乱暴に扉を開けて!」
「ああっ……忘れてた!」
「ナルーシェ様………ァ………」
「ご、ごめんって!……で、でも頑張るよ私!」
「フッ、そうですか。頼もしいですね」
「聖女様から呪文も教えて貰ったし」
「呪文……ですか。」
「うん!辛いときに言ったらいいって」
「そうですか。……でもそんなものがなくても、ナルは俺が絶対守るけどな」
「……っ……う、うん。ありがとう」
「なんだ?顔赤いけど」
「いやっ、何でもないの。うん、そう!何でも!」
「そう。……それじゃあ、ナルーシェ様、お食事の時間まで私とお勉強としましょうか。」
「え"げぇ……」
……ビックリした。シュタが"俺が絶対守る"なんて言うなんて。見慣れていたいつもの顔と違うシュタにそう言われたとき心臓が縮んで、なんだか知らない感情が広がるそんな気がしていた。奥深くが暖かくてくすぐったいような。
話を書くのは難しいです。会話文の間を開けるべきか否か。どなたか助言を……。今日も有難うございます。