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異能の進化「空気化」

 「まさか俺が……ねぇ……」


 ついついぼやいてしまった。

 つい先日まで……といっても、すでに2週間近くは経過しているだろうか。


 俺は森で魔物を殺しては王都に戻るという生活をしていた。

 ただ、王都に戻っても王宮に戻る気はなかった。


 あまり良く思われていない俺が王宮に戻ってもいい顔はされないし、俺もそんな場所に積極的に居たいとは思えなかったからだ。


 この【空気】の異能による「存在消失」の能力を伝え、これまでに魔物をそこそこ倒してきたと教えれば、もしかしたら待遇は変わるかもしれないが、俺はそういうことに積極的になれない性格だからあきらめた。


 というわけで、宿暮らししかないのだが、当然お金がいる。

 そのお金は魔物を倒すことで得た報酬で賄っている。


 所謂、冒険者ギルドに登録し、クエストを受注。そして達成報酬を冒険者からもらう、である。

 冒険者というのにはランクがあり、S~Fランクまでの7段階だ。

 勿論、俺は最下位のFランクなのだが、まぁ、気にしない。ランクを上げるために冒険者をやっているわけではないし、名声やお金が欲しいというわけでもない。


 しかし、まさか、自分が冒険者とかいう存在になるなんて日本の高校生をしていた時には夢にも思わなかった。


 だからこそ「まさか俺が……ねぇ……」なのである。



 ◇◆◇


 今日も俺はいつもの森に来て魔物を倒す。


 「随分と魔物を殺すのにも慣れたものだ……慣れって本当に恐ろしいな。」


 剣……もとい、ダガーというナイフの一種だが、そんなものの振り方なんて知らない。

 だけど、体のどこを傷つければ相手が死ぬかはもう理解した。


 そして、肉を切り裂く感触にももう慣れた……


 すると、随分と遠くから戦いの音がする。武器と武器がぶつかり合う音。それに掛け声やうめき声などだ。


 「まさか、人が戦っている?」


 森の中で魔物以外と遭遇する機会は今までなかったので、この世界ではどのような戦いが行われているのかも知らない。だから興味がわいた。


 俺はその音がする方に歩いて行った。



 ◇◆◇


 5分ほど歩いたが、まだ戦闘の現場にはたどり着けなかった。


 「最近おかしい、俺ってそんなに耳がよかったかな?」


 歩くといっても、1分もあれば100メートルくらいは歩けるスピードだと思う。だから、ざっと計算しても500メートルは歩いたはずだ。それも音がする法に比較的まっすぐに。


 それでもまだつかないとなると、俺の耳は一体どの程度まで音を拾えるようになったのかと……



 そんなことを考えながら歩くことさらに5分。ようやくその戦闘現場に着いた。

 俺は気配を消して(といっても、元々存在が空気だが)様子を伺う。


 どうやら、人間3人と魔物が交戦中のようだ。


 「あれは……オークってやつなのかな?」


 人間が戦っていた相手。それは巨大な豚だった。色は黒くて豚なのに2足歩行で歩いているうえに手には巨大なこん棒を持っていた。1.5メートルはあると思われる長さに、ちょっとした大きい木の幹ほどの太さはある棍棒。それを軽々と手にするオークの筋力は侮れない。


 対する人間はというと、男一人に女二人。男は金髪のイケメンでフルプレート的な金属製の鎧み身を包んでいてオークと対峙していた。


 女二人はというと、ネコ耳を持つ少女と魔法使いのようなローブを身に纏っている少女。ネコ耳の少女がぐったりと倒れ、魔法使いの少女がそれを抱きかかえてるような状況だ。


 「まずいな……」


 彼らを囲んでいるオークの数は3体。

 オークの強さはよくわからないが、イケメンの彼一人では分が悪そうだ。



 ◇◆◇


 <金髪イケメン:ロダン視点>


 そのオークに襲われていた3人のうちの一人。金髪イケメンのロダンは焦っていた。


 (くっ、ナタリーは瀕死の重傷で、エリーゼはその介抱……まずい状況だ……)


 ナタリーとはネコ耳を持つ獣人の女の子で、エリーゼが魔法使い少女だ。


 3人は王都近くの村で冒険者として活動していて、今日は森の深いところまで冒険しようということでここに来たのだが、まさかオークの集団に出くわすとは夢にも思わなかった。


 (オークは単体でCランクのモンスター……俺もランクは同じだが、流石に3人相手は厳しい……)


 だが、逃げるわけにはいかない。逃げれば二人は取り残されるし、オークに女性が捕まったりしたら最悪だ。オークは人間の女とみると凌辱し子を孕ませる。二人が凌辱される光景など絶対に見たくはない。


 「ロダン……どうしよう? ナタリーの状況がどんどん悪くなっていくのっ」


 ナタリーは内臓にオークの棍棒の一発をもらってから、一撃で戦闘離脱してしまった。

 本来なら格闘家の彼女と自分で前衛を務めるのが戦闘スタイルなのに、一瞬にしてそのスタイルが崩されたのだ。


 「エリーゼ、落ち着いてくれ。今何とかするからナタリーを頼む。」


 とは言ったものの、状況は最悪だ。

 今のロダンにはオークの攻撃を避けつつも、オークを二人に向かわせないことで手一杯だった。


 だが、オークもバカではない。

 ロダンが二人をかばうように振舞っていることを理解し、攻撃目標を二人の少女に変える。


 よく見ればきれいな女じゃないか、とニタァとオークが笑う。


 ナタリーもエリーゼもどちらも可愛い少女だった。

 ナタリーは茶色い髪にネコ耳を持ち、体操選手のようなしなやかでいて肉付きのよい体をしていたし、エリーゼは水色の髪に華憐な素顔を持つ少女で、ナタリーほどの肉好きではないものの、十分堪能できるほどには成長した体を持っていた。


 (まずいっ!)


 と、ロダンが思った時には3体のオークはナタリーとエリーゼめがけて駆けだしていた。

 ロダンもそれを阻止しようと、3体とナタリー、エリーゼの間に割って入ろうとしたが……


 『邪魔だ』


 ドカァン


 と、オークの腕の一振りがロダンの体にあたり、ロダンは吹っ飛んでしまった。

 そして、そのまま木の幹にたたきつけられ、ガハッと血を吐く。


 目の前には今にもオークがナタリーとエリーゼに襲い掛かろうとしている光景が広がっていた。


 「ナタリー……エリーゼ……」


 弱弱しく二人の名前を呼ぶものの、そこでロダンの意識は飛んでしまった。



 ◇◆◇


 <魔法少女:エリーゼ視点>


 ロダンがオークに吹き飛ばされ意識を失ってから、オークたちはこちらに向かってきた。


 色欲に満ち、ギラギラする目をこちらに向けてくる。

 2メートルはあるという巨体の豚の魔物……オーク。


 オークに襲われた女性はほぼ確実に凌辱され、オークの子供を身ごもらせられる。

 そして、体力が続くまでその繰り返しだ。それはもはや生きていても人間とは呼べない。


 「いやっ……こないでぇ……」


 私は恐怖と絶望のあまり泣いていた。鼻水も垂れ流して泣いていた。

 今の私にはそれしかできない。


 もしかしたらナタリーを置いて逃げれば少しは時間が稼げるかもしれない。

 だけど、魔力も底をついている自分など、すぐにオークは追ってきて私をとらえるだろう。


 万事休す……だった。


 ついにオークは私の両腕を片手で抑え込み、私を押し倒して服をはぎ取ろうとしてきた。

 私の横ではナタリーが同様に服をはぎ取られようとしていた。

 ナタリーは内臓をやられており、気絶していたし、その顔色はとても悪そうに見えた。


 「いやぁぁぁ! ダメッ! 許してぇぇぇ! ひゃっ、変なところ触らないでっ!」


 私は必死に抵抗したが、オークの逞しい腕力には抗えない。

 そしてもうダメだと心が折れそうになった時だった。


 『グギョアァァァ?』


 私を抑えつけていたオークの首から大量の血が噴き出した。



 ◇◆◇


 <四郎視点>


 俺は3人を助けようと考えた。まぁ、ぶっちゃけ女の子が可愛かったから……なんだが、これが男3人のパーティーだったら助けなかっただろう。

 だって、いくら相手から俺が認識できないとはいえ、実体はあるので、あんな棍棒を振り回されて俺に直撃した日には俺もあの世行きだ。


 そんなリスクを何の見返りもなく犯すなんて間違っている。


 もっとも、3人を助けたからといって、あの二人の美少女をどうのこうのできるとは考えていない。あわよくばお知り合いになりたい……程度の淡い期待というやつだ。


 「空気のあんたごときが何エロいこと考えてるのよ?」とクラスメイトから言われそうだ……

 ここに彼らがいなかったのは幸いかもしれない。


 「とはいえ、どうやってオークを倒すか?……」


 そもそも、オークはゴブリンたちと違って背丈が高い。2メートル近くある。

 だから、俺のダガーだってオークたちが直立していた場合、その刃は奴らの首には届かない。


 そうこうしているうちに、金髪イケメンがオークに吹き飛ばされて意識を失った。

 オークはそのまま美処女たちに襲い掛かる。


 「恐らくだが……オークはあの女の子たちを襲おうとしている? だったらチャンスもあるんだけど……」


 はたして、俺の想定は当たった。


 オークは彼女たちに覆いかぶさり、首の位置が俺にでも届く高さにまで落ちてきている。


 「ここしかないっ!」


 俺は一気に駆けた。心なしか体が随分と軽く感じられるし、走るスピードも随分と速くなったなと思った。そう、まるで「空気」のような軽さ…… まさかな。


 一気にオークに近づいた俺は間を置かずにオークの首筋にダガーを突き刺した。

 俺は既に結構な数のゴブリンで首を狙う訓練を行ってきたので、もはや動じることもなければ狙いを外すこともなかった。


 『グギョアァァァ?』


 オークはダガーの一撃を受けて絶叫する。

 俺はそんなオークを捨て置き、すぐにダガーをオークの首から引っこ抜き、次のオークめがけてダガーを突き立てる。


 『ぐるるるぁ?』


 二人目のオークにも首にダガーを突き刺してやった。

 二人目のオークも痛みに絶叫を上げ、暴れだす。


 さて、確か3体いたはず。と思い、周りを見渡せば、ちょっと外れたところに3体目はいた。

 切り株に座り込んでいるところを考えると、おそらく2体のオークがお楽しみを終えた後に自分は楽しもうと考えていたのかもしれない。


 下衆な奴だら。


 3体目のオークは、目の前で一瞬にして2体のオークの首から血が噴き出しているのを見て、さすがに異変に気づき、警戒して武器である棍棒を構えた。


 勿論、3体目のオークには俺の姿は認識できない。【空気】の異能による「存在消失」はそれだけ強力だ。だが、こちらも厄介なことになった。


 「あれじゃあダガーで狙えない……」


 丁度俺の身長の高さほどの位置に首がある。勿論、ダガーの刃が届かない……ということはない。だが、確実に1撃で仕留められるかというと、自信がなかった。


 方や、俺が首にダガーを突き立てた2体のオークはどうしているかというと、ぴくぴくと痙攣しながら身動きができない状況だった。あれならあと数刻で死ぬだろう。


 そして、どうやら美少女二人も無事のようだ。ただ、ネコ耳の少女はやはり気絶したまま。

 一刻も早く回復させる必要があるが……どうしたものか。

 道具屋で買ったポーションとかならあるが、これで治ることを期待しよう。


 さて、俺は改めて3体目のオークに視線を移した。


 「仕方ない。やったことはないが、奴の体に傷を刻んでいくか……」


 俺はオークにゆっくりと近づくと、奴の腕を、足を、胴体を切りつけては距離を置き、切りつけては距離を置く、という、ヒット・アンド・アウェイ戦術を行った。


 『ぐぎっ?』

 『ぎゃっ』

 『ぎょっ』


 切られる都度、短いうめき声をあげるオーク。

 だが、切られる都度奴はその棍棒を振り回す。


 ブオン


 今も俺の頭のすぐ上を棍棒が通り過ぎる。凄まじい風圧とスイング速度だ。奴が日本にいたらプロ球団の4番バッターは奴のものだっただろうし、恐らく歴史に名を刻むほどの名選手になっていただろう。スイングだけは。動体視力とか、目の良さは知らん。


 「これはこっちも命がけだな……」


 なおもお互いの攻防は続く。だが……


 「ッ? しまっ――――」


 奴の棍棒のスイングの回避に失敗した俺。奴の棍棒は俺の胴体めがけて迫ってきた。

 ここまでくると回避不能。あ……やっちまった……と思った時には後の祭りである。


 だが……


 奴の棍棒は俺の体を通過した。


 「え?」


 いや、俺が言った言葉である。


 「……もしかして?」


 俺はある仮説を立てた。ただ、その仮説を証明する上でいきなり本命で確認するのはまずいから、無害だと思われるものを使って試すことにした。


 俺の後ろには木が立っている。幹の太さが直径50センチはあるという、割と立派な木だ。

 俺はその気に向かってすたすたと歩き始める。そして木にぶつかりそうというところで、気にせず気に向かって歩き続ける。


ス――――


 「……通過した……」


 解説すると、俺は木にぶつかったはずだった。しかし、体は木に触れることなく木を通過した。

 いや、透過したといったほうが適切かもしれない。そして、これが【空気】の異能によるものは言うまでもないだろう。


 「これはもしや……実体まで「空気」になっちゃった??」


 「空気のようなやつ」が正真正銘の「空気」になった瞬間である。

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