明かされる異能「存在消失」
「うだうだやってても始まらないか。」
俺はベッドを飛び降りた。
あれからまた数日が経っていた。俺はそれまで王宮の図書館に行ったり、王都をぶらついたりして時間をつぶしていたが、どうにも物足りないし、俺もこの【空気】という異能に向き合ってみようと思った。
実はそれだけじゃない。
俺は王宮を歩き回るうちに色々と嫌な話を聞いちゃったのだ。
俺たち勇者?を世話してくれるメイド達の立ち話。
「ねぇ、あの……名前何だっけ?」
「もしかして、和田という人のこと?」
「ああ、そうそう、その和田よぉ。いつも何してるのかしらね? 一人で図書館に行ったり王宮の食堂にいたり……で、少し目を離すともうそこにはいないの。なんだか気味悪くて……」
「ああ、わかるわかる。気味悪いよね。前なんて、急に声を掛けられて、振り向いたら目の前にるの。ホント心臓が止まるかと思ったわ。」
「他の勇者様が一生懸命頑張られているところなのに、あの人ときたら……ただ飯喰らいね。」
「ホントね~。あの人は召喚の失敗みたいな感じね。」
「……早く王宮からいなくなってくれないかしら……」
「まぁ、基本的にいないようなものだけどね。だって存在感薄いじゃない?」
「きゃはははは。ほんとそれね。もう幽霊なんじゃないかと思うようになったわよ。」
分かっちゃいたさ。確かにただ飯喰らいだったしね。
でも、きっとこれが王宮内における俺の評価なんだろうな。
別に王宮内の評価なんて知ったことじゃないけど、いると迷惑と言われるくらいなら出ていってやるさ。
というわけで、俺は王宮を出た。
服装は制服のまま。
魔物を倒しに行かない俺に王宮は冷たかった。
マリアに相談してみても……
「そう申されましても……私はただ皆様をこの世界に召喚しただけですわ。その後のことは王宮で面倒を見ることになっていますので……」
と埒が明かない。
◇◆◇
俺は王宮を出て、町を歩きながらずっと考え事をしていた。
まず異能のこと。
【空気】とはどういう物だろうか?
今まで異能とあまりちゃんと向き合ってこなかったが、マリアの話を振り返ってみる。
マリアの話が正しければ、この2文字から連想・想像することだ。
【空気】
よく「空気のような奴」と言われる俺だが、それはつまり存在感が無いということだ。
「存在感がないということは……もしかしたら?」
俺はイメージする。
存在感のない、空気みたいな俺を。
誰にも見えない、だれにも感じられない俺を。
姿も見えず、音も立てない俺を。
するとどうだ。
ドン
俺は通行人にぶつかられた。
しかも、真正面から。
ぶつかった通行人は、怪訝な顔をするが、俺には全く気付かずにそのまま歩いていく。
「?? もしかして??」
俺、今、誰にも気づかれずにいる?
◇◆◇
俺はそれから町の中で色々と試してみた。
まず最初にやったことは……
店の店員の目の前に立ち、大手を振ってみる。
「……」
店員は一切気づかない。
次にやったこととは……
ミニスカートをはいた可愛い女の子の近くで身をかがめ、下着を覗き込んだ。
「ピンクか」
声まで出した。
だが、気づかれない。周りの通行人も俺をとがめる奴はいない。
そして俺は確信した。
「俺の【空気】の異能。これは誰にも感知されない異能だ!」
これって結構有効な異能じゃないか?
つまり、今の俺は透明人間になったようなものだ。しかも、姿だけじゃない。音まで消してる。
ただ、あくまで透明人間というだけで、実態はある。だから人やモノとぶつかれば、当然ぶつかる。
俺はわくわくしてきた。
「よし! じゃあ、次は……」
◇◆◇
ということで、やってきたのは王都に何件かある武器屋だ。
他のクラスメイトは王宮からお金がおりて、それぞれ自分にフィットした武器を手に入れていたが、俺にはそんなものはない。
とはいえ、これから試そうとしていることを確認するためには丸腰というのはあまりにも危険。武器など扱ったことはないが、最低限自分でも扱えそうな武器の1本くらいは持っておく必要がある。
とうわけで武器屋に入ったのだが、やはり誰も俺の存在に気づかないようだ。
「凄く沢山いろんな武器があるもんだな。」
武器屋には壁に棚にと、様々な武器が置かれていた。
ロングソードにモーニングスター、あれはハルバートというやつか? 斧と槍が合体したような武器だ。勿論、普通の斧……というより、戦斧というのかな。そういうのもあるし、槍だって置かれている。
武器の値段もピンキリで、壁に飾られているようなやつは割と高い。100万デナリウスするような武器もある。
ちなみに、この世界の金は『デナリウス』という貨幣となっていて、有体に言えば1デナリウス=1円程度に思ってくれればいい。
1デナリウス硬貨
5デナリウス硬貨
10デナリウス硬貨
50デナリウス硬貨
100デナリウス硬貨
500デナリウス硬貨
という恰好で硬貨があり、上記の6種類は銅でできている。
次に
1,000デナリウス硬貨
5,000デナリウス硬貨
があり、これらは銀でできている。
その上は1万デナリウス硬貨と10万デナリウス硬貨で、これらは金でできている。
ちなみに、この国の一般的な年収は400万デナリウスということで、日本円にして約400万。
1か月の生活は20万デナリウスもあれば何とかやっていける。
うん、日本人にとって非常にわかりやすい。
さて、武器の話に戻す。
流石に壁に掛けてある高価な武器を失敬するのは気が引ける。初めから失敬することが前提なのは非常に武器屋に申し訳ないのだが、無い袖は振れない。
というわけで、棚に置かれている比較的安価な武器を見て回る。
「ん? これなら扱いやすそうだな。あまり力がない俺でも振れそうだ。」
俺が手にした武器はダガーと呼ばれるナイフ。
手にしてみると、結構ズシンと思い。
「まぁ、これでいいかな? とりあえず初期装備としては十分だろう。」
そうして俺は武器屋を後にした。
いずれお金が得られたらこのダガー代に見合う便宜は図りたいと考えていた。
だがまずは……
「自分の異能を確認しないとな。」
ということで、俺は王都を出て魔物が出るといわれている森に向かった。
◇◆◇
俺が次にやってきたのは森の中。
手には町の武器屋で失敬してきたダガーというナイフを握っている。刃渡り20センチほどもあり、もはやナイフとは呼べない。
「こうしてみると、カッターナイフが可愛く見えるな……ナイフというより包丁に近いか。」
実は俺は料理が結構好きで、自分で簡単なものは作ることができるから、包丁はそれなりに扱える。
「重い……」
重くて持ち歩きずらい。だけど、これがないと丸腰同然なのでしょうがない。
俺は森の中を探し回った。
森の中はうっそうと木が生い茂り、日光があまり届かない。だから昼間だというのに随分と暗く感じられる。ただ、日光が届かないせいか背丈の低い草などはあまり生えていない。
だから俺が歩いても草が揺れて相手に気づかれるという心配は不要かもしれない。
そして、俺が探し回っているのは……
「いた……」
俺の視界50メートル先にはこの世界の魔物であるゴブリンがいた。
しかもおあつらえ向きに1体だ。
「それにしても、ちょっと顔が怖いが、それ以外は人間の子供といってもいいかも?」
身長は150センチくらい。醜悪? とまではいかないが、初見だと驚く程度には異形の顔立ちをしている。
俺は魔物を探していた。その理由は一つ。「この【空気】という異能を使って、俺はこの世界で戦うことができるのか?」ということを確かめたいのだ。
その確認のためだけに生あるものを殺すというのは些かひどい話のように思えるが、仕方ない。まだ体感したわけではないけど、この世界は随分と命の軽い世界だ。この手に持っているダガー一つとってもわかるだろう? 人殺しの道具が何の手続きも必要なく金さえあれば買えてしまう世界。もっとも、俺は店から失敬してきたからお金はかかっていないのだが……
そんな命の軽いであろう世界で生き残るためには、自分の身を守れるだけの力が必要だ。
別にシナトラ教のマリアが言っていた魔王を倒すためではない。正直言って魔王とやらから実害を受けたわけでもないし、この世界に義理も人情もない俺にとって今の魔王はどうでもいい存在。
それよりも、魔物にせよ、もしかしたら人間にせよ、自分を襲ってくる者から身を守る術を会得することが俺の目標だ。
というわけで、話をゴブリンに戻すとしよう。
俺はまず、近くにあった石を手に取り、ゴブリンめがけて投げつけた。
ゴツン
ゴブリンの肩に投げた石がぶつかる。
ゴブリンは痛がり、だが同時に必死になって周りを見回すが、俺を発見できずにいた。
ゴブリンの驚き様は相当なもののようだ。確実に自分を狙って投げられたであろう石。だが、その石を投げた相手は目視できない。その者の活動を示す音も何も聞こえない。
「よし、これなら!」
いける! と思い、今度は俺自身がゴブリンに近づいた。
相手に音は聞こえないはずだが、ゆっくり確実に距離を詰めていく。ゴブリンは木を背にして臨戦態勢に入っているようで、俺を捕捉しようと周りを警戒してキョロキョロしていた。
もう、俺とゴブリンの距離は1メートルもあるかないか?という距離だ。
だが、流石に俺も震えてきた。俺がこれからやろうとしているのは魔物とはいえ生命ある生き物の殺害……今まで経験したことがない未知の領域だ。
ゴクリッ
喉がからからだ。
緊張しているのが分かる。
恐れているのが分かる。
頭の中で「引き返せ」という声と「殺せ」という声が戦っているのが分かる。
本当はすぐにでも町に戻りたい。
でも、覚悟を決めなければならない。
こんな魔物がいる世界だ。これからきっと自分に害をなす敵と遭遇することもあるだろう。
そんな相手に出くわしたとき、お前はどこに逃げるのか?
逃げ切れなかったらどうする?のたれ死ぬのか?何もせずに?
そうして決心を固める。
もはや平和な日本という世界で平和にのほほんと生きていた自分ではいられないのだ。
覚悟を決めろ! 四郎!
俺は目の前で未だ俺に気づけないでいるゴブリンに対し、ダガーを振り下ろした。
狙いはゴブリンの首筋。頸動脈というものがあるであろう場所だ。
「ギャァァ?」
見事首筋に深い傷をつけることに成功した。
ゴブリンは力なくその場に膝をつき、そして仰向けになり、ぴくぴくと痙攣したかと思えば次第にそれも収まり、死んだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
俺の呼吸は荒くなっていた。心臓がバクンバクンと大きく脈打っている。
これが生き物を殺すということなのか。あの刃物で肉を切る感触……気持ち悪い。
そして、血に濡れたゴブリンの死体が目の前にある。血がついている以外はただ寝ているようにしか見えないゴブリンの死体。だが、少し時間がたてば腐敗して悪臭を放つようになるだろう。そしてその肉を狙って他の魔物たちが群がってくるに違いない。
そう思うと急激に気分が悪くなってきた。
「? うっ……うぉえぇぇぇぇ……」
嘔吐した。それも豪快に……
「これに慣れないといけないのか……難儀な世界にやってきてしまったな……」
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