紫の君
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或る雨の午後、帰路の途中にある紫陽花が綺麗な寺を
何の気なしに眺めていると、女の子が濡れて立っていた。
いや、傘はさしていたのだが、涙に濡れて紫陽花を眺めていたのだ。
その姿は昔のサイレントムービーのようで激しい雨にもかかわらず
ただ、彼女は声も出さずに静かに静かに涙を流していた。
僕は女性の知り合いが少ないのでよくわからないが、大学生くらいだろうか。
少なくともうちの大学で見かけたことはない、と思う。
あまりにも悲しそうな表情だったのでがらにもなく声をかけそうになったが
『こういうときはそっと、一人にさせてあげるほうがいい』
ような気がして、やはり遠巻きに素通りしようとしたとき
「陽一さん」と名前を呼ばれ、あわてて「あ、はい。。」と返事をした。
彼女からは僕は見えていなかったようで、涙を袖で拭ったあと
ちょっときょろきょろしてから僕をみつけたようだ。
「あれ、いま、僕の名前、呼ばれた気がしたんですけど、、、」
とちょっときょどり気味で声を出すと、
「あ、すみません、あなたも陽一さんって仰るんですね」
と、返事をくれた。
「はい、びっくりしましたけど人違いでしたか、すみません、お邪魔しました」
お茶を濁すように立ち去ろうとする僕に
「すみません、突然お名前呼んでびっくりさせてしまって、みっともないところもお見せしてしまったみたいで、、、」
と、丁寧にお辞儀してくれた。
「うん、風邪引かないようにね?」と適当に手を振って立ち去ったのだが
礼儀正しい良い娘っぽかったなぁ?、とか
何で泣いてたんだろう、気になっちゃうよね?、とか
よく考えたらなかなかかわいくなかったか?とか
千載一遇のチャンス、逃したんじゃないか?とか
あとからあとからグルグルしてその日を過ごすことになった。
事情通の友人とかもいないのでしかたなく妹に
「この近所に黒髪ロングで礼儀正しい俺と同世代の美人っているか?」
と聞いてはみたが、返ってきた返事は
「なにそれ、情報不足すぎ?。自分でぐぐれば?きゃはは
勿論?、知っててもただじゃ教えないけどね?」
身も蓋もない。普段からコミュニケーションを取ろうとしていない
妹に聞いたのが間違いというものか、仕方ない。
それからというもの、学校帰りの紫陽花寺を通るときは無駄に緊張したり
きょろきょろしたり若干傍目に不審者になっていたような気もする数日後
その日も雨、というより嵐に近い暴風雨だった。
電車が遅れたりする前にとか勝手な理屈で自主休講を決め込んだ僕は
ちょっと早めな家路についていた。
日課のようになってしまっていた、通り道の紫陽花の前に彼女はいた。
「先日はどうもすみませんでした」
彼女のほうが先に気づいたようで丁寧に挨拶をしてくれた。
「いえ、僕は何もしてもされてもいないので、気にしないでください」
「それより、こんな雨の日に大丈夫ですか?」
となんとなく返す。
この時は気づかなかったのだが、傘を差しているにしても彼女の服は
この暴風雨の中で立っていたにしてはあまりにも綺麗なままだった。
「ええ、陽一さんと同じ名前の方と巡り合ったのも何かの縁かと思って
何か、また会えるかな?って思っちゃってました」
今日は笑顔で返してくれる。やっぱり笑うと一段と可愛い。
つい勢いで
「雨の中での立ち話もなんなので、お茶でもご一緒しましょうか?」
と口をついて出た。自分でもびっくりだ。
「え、本当ですか?もし本当なら、近くに知ってるいいお店あるんです。
ご案内しましょうか?」
と二つ返事で返されてしまい、ついつい二の句にどもってしまう、僕。
「あ、すみません、社交辞令に素で返しちゃいましたでしょうか
ご迷惑なら、おっしゃってくださいね」
と悲しい顔をされてしまう。
「そんな、とんでもない、ちょっとびっくりしてしまって」
「えっと、社交辞令でなくお誘い頂いたんですよね?」
あぁ、今度は怪訝な顔をさせてしまっている、、、
「うん、僕なんかの誘いに乗ってくれるって、思ってなかったから、、、あはは」
「ふふ、陽一さんがこんな雨の中?って仰ったんですよ、早く行きましょう」
彼女が歩き始める。
「そ、そうだったね、濡れちゃうもんね」
ここはついていくしかない。
歩く途中は雨のせいで話しにくかったが、彼女の名前は「紫苑」
というらしい。メアド、携帯番号もゲットしたいが焦りは禁物?
そこそこ歩いた。彼女は近くの店と言っていたのだが、
10分くらい歩いたかな、雨のせい?でも、近所にこんな店あったかな?
どうも歩いた道も正確に思い出せない。ま、いっか
カランカラン
お店の戸をあけるとベルの音がする。
「いらっしゃいませ」
ついたお店は「Hortencia」という喫茶店で、紫基調のインテリアで
なかなかシックな感じだ。もしかしたらちょっと財布に響くかも、、、
お客が少ないのはやっぱり雨のせいかな?
とか余計なことを考える間にもう水もメニューもきていた。
「珈琲も美味しいですけど、フレーバーティーとかもオススメなんですよ?」
と、彼女がメニューを紹介してくれる。
「紫苑さんはなににするの?」
とまずは自分の決定を先延ばしする。
「ん?、いつも悩んじゃうけど、今日はフランボワーズのタルトとカモミールかな?ケーキセット。陽一さんはどうする?」
「それじゃ、(全然わからないけど)同じものも気になるけど、僕はこのパンプキンプディングとアッサムティーのセットにしようかな?」
「あ、いいね?、ここのパンプキンも美味しいんだよ?」
「そうなの?よかったら一口上げるよ?」
「ほんと??じゃぁ、わたしのと一口ずつ交換しよ?」
「ほんと?僕も気になってたから交換ね」
「うん、一口交換」
にこにこしてくれた。やばい、このまま時間止まってもいい。
そうしていろいろとりとめない話をしていたのだが、雨はまだ強いようだ。
彼女は僕と同じで20歳、近所に住んでいるという話だ。
時間は大丈夫というので、僕は気になってたことを聞いてしまう。
「言いたくなければいいんだけど、実は初めてあった日の涙が気になって
なんとなくまた会えないかな?って思ってたんだ」
彼女は一瞬沈黙したあと
「うん、あそこの紫陽花、思い出の花なんだ、、、」
とぽつぽつ話し始めてくれた。
陽一と言う名前の青年と知り合った場所で、あのお寺や近所で
デートを楽しんだこと。
この店もその彼氏とよくきていたらしいこと。
だけど、一昨年起こした交通事故で去年亡くなってしまったこと。
思い出の場所で紫陽花を見て彼を思い出し、泣いてしまっていたこと。
思いがこみ上げて名前を呼んでしまったこと。
泣きそうな顔で語る彼女を見て、僕はなんてことを聞いてしまったんだと
後悔した。
「ごめん、つらいこと思い出させちゃったね」
お決まりの言葉しか出せない自分がもどかしい
「いいの、陽一さんとの思い出は私の中から消えることはないけど、
私も前に向かって行かなきゃいけないし、今の陽一さん、ってなんか
変な言い方ね(軽く笑ってくれた)今目の前にいる陽一さんと
出会えて、またここに一緒にこれたのも何かの縁だもん、
こうやってお話を聞いてもらっただけでも、お礼を言うのはこっちよ」
なんとか笑顔になろうとする姿が胸にぎゅっと来た。
「あ、あの、僕で良ければお茶でもお話でもいくらでもつきあうから」
「うん、ありがとう、やっぱり優しい人でよかった
あの日も声かけようとしてくれてたのかな?って何か思ってた」
「え?あれ?そんなことまでわかっちゃってたのか、、、そ、そうだけど、、、
勇気出せなくて?邪魔しても悪いと思ったり、、、、」
「ふふ、気を遣ってくれてありがとう。陽一さんに話聞いてもらって
ちょっとすっきりした。さっき自分で言った『前に向いていかなきゃ』
ってずっと思ってたのに今日やっと自分で飲み込むことできたみたい」
「そ、そう?僕が役に立てたなら嬉しいけど、無理しないでね」
「うん、それと、『いつでも付き合う』って言ってくれたよね?
それって『付き合ってください』ってこと?」
あれ、顔がちょっと意地悪なにやにやになってないか?
もちろん彼女が元気になれるなら嬉しいって思う、思うようになってしまって
いる僕だけど、基本ヘタレなんです。
「は、話し相手やお茶のみ友達から始めませんか?」
到底告白なんてできやしない。
----2----
あれから紫苑さんとは何度か会って、少しずつ笑ってくれるように
なった気がしてた数日。
今日は久しぶりに天気がいいなって思いながら例のお寺の前を過ぎる。
紫苑さんはいないみたいだ。
不思議というか、彼女はスマホとか携帯を持っていないらしくて
メールやラインでの連絡はできないとのこと。
最初は教えたくないのかな?と思っていたんだけど、どうやら
本当に持っていないらしい。
家の事情とかいろいろあるだろうし、そうなんだー、で流してたけど
彼女が僕の帰りの時間に紫陽花の前にいるときだけしか会えない、
連絡もできないってのは何気に胸にぎゅっと小さな痛みを生むみたい。
これが恋かな、とか柄でもないこと考えたりしても全然収まらないから
一人でもあのカフェに行ってちょっと落ち着こうとふと考えた。
地元ってこともあるから、あれから何度か彼女と行った道を
間違えるわけないと思っていたのに、ここだよねって思った道を
たどっても結局たどり着けず、すっごいあたりをうろうろしてしまった結果
足だけ疲れて帰ることになった。
僕ってそんな方向音痴だったかな?とか凹みながら風呂上がりに窓を
みていたら、また雨がしとしと降ってきたみたい。
あー今日せっかく晴れたのに、紫苑さんと遊びたかったなぁ、
結局また雨かぁ、、、とか思いながらその日は眠った。
次の日も朝から雨で大学のつまらない授業を聞くでもなく適当に
要点だけノートしてすごし、帰る道
いた。
彼女だ。
僕が気づくのとほぼ同時に彼女も気づいてくれたみたいで
傘の中、小さく手を降ってくれる。
「陽一さん、おかえりなさい」
「あはは、ここでただいまっていうのは変なきもするけど、ただいま、紫苑さん」
ちょっと疲れてるような感じがするのは気のせいかな、
声は元気そうだったので、聞かないことにした。
「カフェ行きたい」
って言うから当然一緒に行くことにした。
カランカラン
カフェのべルがなるといつもの通り
「いらっしゃいませ」
とマスターと思われる声が聞こえる。ただ
僕は実はマスターを見たことがない。
割といつも座る席についたあとそう言うと彼女は
「マスターも人見知りみたい」
って笑いながら話してくれた
あ、思ったより元気そうだなって思いながら
うちの大学の写真部があのお寺の紫陽花で写真コンクールの受賞
した話とか、これから試験で大変だとか、梅雨早く開けるといいねって
話をした。
「そっかー、私大学行ってないから、試験とかよくわからないけど
難しそう?」
「あれ?雨、嫌い?」
と返してくれたので
「紫苑さんと会ったのが雨の日だったから、前より好きになったかも」
「えー、それって前は嫌いだったって聞こえる?」
ちょっと不機嫌にさせてしまったみたいだ。
ただ、それよりもっと気になるのは
今日はショートケーキで頼んだティーセットが
あまり進んでいなくて生クリームが溶け始めているのを
紫苑さんにしては珍しいなって思っていた。
雨も上がり帰る途中、紫苑さんに写真部が賞を取った写真のシーンを紹介
しながら帰ろうとしたのだが、
「ごめん、今日はちょっとここでもうちょっと用事があって」
と、断られてしまった。がっかり。
たまにバイトのようなこともしているって言っていたので多分
そういうことなんだなって、またねって言って別れることになった。
カランカラン
「ありがとうございましたー」
店の扉を開け、外に出る。
雨がやんで夏の兆しが満開の日差しに目をしばたたかせながら数歩歩く。
ふと振り返るとHortenciaはもうみつからなかった。
----3----
それから数日、梅雨は開けようとしているらしく
蒸し蒸しした空気がどんどん暑くなり、不快指数が増す。
紫苑さんとは何度か会っているが、少しずつ調子が悪くなっているようで
心配してしまう。でも、なんと声をかけていいかもわからないので
こんな自分がもどかしい。
久しぶりに本降りになって、例によって早めに帰ろうとした日
紫陽花の前に座っている彼女がいた。
僕が近づいたのがわかったみたいで
「紫陽花ももうおわりだね」
と寂しげに囁いたのだが、僕からみたらそう言っている彼女のほうが
大丈夫なのかと思うほど、やつれて見えた。
さすがに
「体調悪いなら、雨の中無理に出ないほうがいいんじゃない?
僕で良かったら、家までくらい送るし」
と言ってみたのだが
「うん、ありがとう、陽一さんの優しいところ大好き、でもね
私、実は雨の日のほうがいいの」
と不思議な答えを返されてしまった。
答えにまよってしまっていると彼女はちょっとだる気に立ち上がり
「聞いてくれる?」
といつものカフェに行くことになった。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
相変わらず声のいいマスターだなと思いながら空いている
いつもの席に二人で座る。
注文以外、沈黙に近い空気のあと、
ケーキセット(今日は紫苑さんがレアチーズとダージリン、
僕はノーマルショコラとアメリカン)
がきてようやく紫苑さんが話し出す。
「こんな話、どう話しても信じてもらえないと思うから
ストレートに話しちゃうから、びっくりすると思うけど
できれば信じて、欲しい」
いきなりだけど、聞かないと始まらないよね、紫苑さんの真面目な目を
みながら
「紫苑さんのこと、信じてるから僕の頭のキャパの範囲でお願いできる?」
「くす(ちょっと笑ってくれた)陽一さんの脳のキャパなんてわからないけど
できるだけゆっくり、質問ありで話そうと思うの、長くてもいい?」
「紫苑さんが真面目に話してくれる話を、聞かないなんてありえないよ。
僕の理解が遅かったらごめんだけど、ゆっくり目でお願い」
「うん、ありがと。じゃぁいきなりぶっちゃけで言うけど、私人間じゃないの」
どう反応しようか多分数秒固まってしまったと思う
「あ、え?、そ、そうなんだ、、、、人間じゃないって
どういうこととか聞いてもいいのかな?」
「ふふ(やっぱり笑われた)いきなりびっくりさせてごめんね、妖精の
存在とか信じるって聞いても難しかったりしちゃうと思うけど」
「うん、えっと、妖精さんとか見える人が世の中にはいるとか
ネットでたまにネタになってるのは見るけど、、ごめん、僕は
見たことないし、信じるかと言われちゃうと、、、ごめん」
ちょっとしょんぼりさせてしまったらしい、でも紫苑さんは
「うん、それで普通だと思う。だから信じられないついでに
このまま聞いてくれると嬉しいかな。
私、紫陽花の精の見習いなんだ」
しまった、また反応に困ってしまう。ちょっと耐性をつけよう
「えっ、えっと紫陽花ってあのお寺で綺麗に咲いてる花だよね?
その紫陽花の精見習いはなんで人間の世界にくるの?」
「精見習いは、番いを探して紫陽花の花になるの、でも
たまに番探し中に人間界に来ちゃう子もいるみたいで
私もそういうちょっと変わった子だったみたい。
ただ、当たり前だけどこっちで番を見つけるのは難しくて
人間の男の子と結ばれる子もいるの。
私も偶然一昨年出会った男の子と知り合って、このまま結ばれて
って思ってたんだけど、、、」
「そっか、事故で亡くなっちゃったんだよね、そういう精のこは
そのあとどうなるの?」
「ハズレ扱いで自然に消えてしまう子も、というより、そっちのほうが
多いんだけどね。でも私は候補の念が強かったおかげで何年か
再チャレンジができたみたい。おかげで陽一さんと出会えたわ」
にっこりしてくれているみたいだが、疲れからか体調のせいか
ちょっと無理しているようにも見えてしまい、反応に困る。
「手っ取り早くきいちゃうけど、僕にできることは何?」
「え、いいの?こんな話信じて、その上手助けまでしてくれるの?」
「だって、みるからにやつれてて、僕が助けになるなら助けたいって
思っちゃだめかな?」
「あはは、そっかやっぱやつれて見えちゃうか
紫陽花の精はこの時期しか活動できないから
梅雨が開けて、紫陽花が本当の花をさかせて、散ってしまう頃には
眠りに入っちゃうの。
多分、陽一さんと今年会えるのも今日で最後かな、
無理してないとか言っても無駄だろうからちょっと
無理してるけど、今日は雨だからちょっとなんとかなってるって
感じ。でも死ぬわけじゃないし、心配しないでほしいけど、
陽一さんは、心配しちゃうかな」
正直、いきなりすごい量の情報が入ってきて処理しきれていなのだが
これだけは頭に浮かんだ
「僕が番になって紫苑さんが花になれるなら
できることはするから、言って!」
「嬉しい、そう言ってもらえて、でも、陽一さんも
花になるんだよ?大丈夫?」
そんな弱弱しい顔でいわれたら、何でもokしたくなっちゃうじゃないか
「紫苑さんのこと、初めてあったときから好きだった、
日本のことわざでは『死んで花実が咲くものか』ともいうし
花を咲かせることはいいことなんだよ」
そういうと、やつれた顔で精一杯の笑顔を見せてくれた
「ありがとう、やっぱり陽一さんと出会えてよかった」
涙目で目を閉じて顔を近づけてきたので、僕もそうした。
唇から彼女の幸せ感が伝わって来た気もするが、体全体の
感覚が無くなっていくような気がした。
「あぁ、君も陽一くんなんだね、こっち側にようこそ」
と聞こえた気がしたが、気のせいだ。
なにしろ僕は紫陽花だ耳なんてない。。。。。
みなさま、読んでくださってありがとうございます。
随分前に登録したのですが、なかなかうまく進まなくて
長らくほっときっぱなしになってしまっていました。
季節柄、梅雨をテーマに短編でも一つ仕上げることを目標に
書いてみました。
いろいろご教示いただければ幸いですが、
まずはお手にとっていただけただけでも嬉しいです。
長くはない、と思いますのでお気軽に読んでいただければ幸いです。