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「またか。お前はいつも僕のところへ来るが他に行くところはないのか?」
「・・・一緒にいちゃ、ダメ?」
イズルがいつものように読書をしていると、少女が隣にぺたんと座った。
「邪魔は、しないよ。
静かにしてるから、ね?」
今にも泣きそうな目で縋り付くと、イズルは呆れたように溜息を吐いた。
「駄目だと言ってもどうせ居る気なんだろう?」
こくん、と頷くのを見てイズルはまた一つ溜息を吐いた。
「なあ、お前は僕がどう言われているか知っているのか?」
「イズル様。」
「名前のことじゃない。鈍い奴だな。
・・・黒鴉、という言葉を聞いたことはないか?」
言い得て妙なあだ名だと思う。
黒鴉か。ああ、その通り。
僕は人の幸をかっさらってこの地位にいるのだから。
イズルの父は兄である王を殺して王座を得た。
勝てば官軍、負ければ賊。
まさにその通りだった。
王座とは縁がなかった父が急に王にとあがめられる立場になるのをイズルはただ遠くから眺めていた。
他の兄弟が父を応援しているのを横目で見ながらイズルはそれに恐怖を覚えていた。
「腹違いとはいえ兄弟なのに、父は躊躇わず殺そうとしている。
それを誰もが正義のためだと言っている。
いつか僕たちも同じことをする日が来るのだろうか。」
二度あることは三度ある。
いや、何度だってあるのだろう。
父が王になった日、イズルはただの王族の子から王子になった。
そして王子と呼ばれていた幼馴染は身分剥奪の上、流刑になった。
そして不自然な急の病死。
薄々だが皆感付いている。
王が殺した、と。
あの健康優良児だった子が急な病死なんてありえない。
なによりその時の付き添いだった使用人が全員付き添死となっているのが証拠だろう。
死人に口なし、そしてその事は些細な出来事として時と共に忘れ去られた。
イズルを除いては。
イズルはその後も他の兄弟達と違い王と距離を置き続けた。
出来の悪いふりをして、全身黒づくめにして、なりを潜めることに徹した。
王は王でそんなイズルに期待することもなく出来の悪い王子だと放置した。
出来の良い子達はたくさんいる。
兄弟たちはライバルが減ったと裏で嘲笑った。
そしてイズルは留学という名で国から追い出された。
「鴉さん?あの、かっこいい?」
「かっこいい?何を呆けたことを言っている。
あれのどこがかっこいいというんだ。」
「ユキカね、鴉さんの友達がいるの。
ごはん分けてあげたら、友達になってくれたの。
それでね、ユキカが怒られてたらね、鴉さんがひゅーってきてその頭にうんちしたの!
そしたらキャーって!」
キャッキャッとその時のことを思い出して馬鹿笑い。
「鴉さんにありがとーって言ったら、かあかあってお返事してくれたの!」
パタパタと羽ばたく真似をするとその少女は腕が痛んだのか顔をしかめた。
「・・・痛むのか?」
「ぜ、全然、痛くないよ。」
隠すように両腕を抑え無理矢理笑顔を作る少女。
イズルはこの少女のことを少しだけ知っている。
自分と同じように居場所がない、むしろこの少女のほうが過酷なのかもしれない。
王の寵妃から生まれた奇異な少女、ユキカ。
髪の色も目の色も、どちらの色ではない。
本当に王の子だろうか、誰かとの不義の子ではないだろうか?
そう誰もが疑う中、王と寵妃だけは二人の子だと言った。
王は一切の疑いがないとは言えなかったが、もし自分が疑えば寵妃を失うことになる。
失うことは耐えれなかった。
だが、やはり自分とも寵妃とも似ていない娘を愛することは出来なかった。
母だけはユキカを守ろうとした。
「ユキカは間違うことなく王と私の子です。」
「よくもまあそんな虚言をいけしゃあしゃあと。
王は金髪、貴方は黒髪。
その子の髪は何色?それに瞳は何色?
誰か別の方との子ではないの?」
そう何度も言われても母はユキカを手放すことはしなかった。
その母も今は心労がたたってしまったのか体調が芳しくないらしい。
余命もあと僅かという医者の言葉が周りの者の少女への不敬な態度に拍車をかけている。
些細なことで怒鳴られ目に見えないところへ傷をつけられる。
イズルは思う。
もし母がいなくなればこの少女はどうなるのだろうか。
やはり殺されるか誰かの玩具になり生きるのか。
「なあ、辛くはないのか。」
「・・・大丈夫。だって、お母様、と約束したから。」
「約束?」
「そう、約束。
お母様みたいなお母様にユキカいつかなるの。
大恋愛をして、素敵な優しいお母様になるの。」
お母様にそう言ったら凄く嬉しそうにしてくれたの、とユキカは笑った。
お日様のような笑顔。
イズルはこの少女となら自分も幸せになれるきがした。
イズルは少女の願いを叶えてやりたい、と思った。
ひたむきな思いが痛いほど伝わってきた。
自分は何を恐れているのだろう。
このまま自分の立場を恐れて死を待つだけの人生に意味があるのだろうか。
どうせいつか死ぬのなら足掻いてこの少女の願いを叶えて終えるのも一興だろう。
「・・・僕がお前の夢を叶えてやってもいい。」
「本当?!」
「ああ。僕が迎えにくるまでおとなしく待っていろ。
必ず迎えにきてやるよ。」
そうしてイズルは自国へと帰国した。
王への道を歩みだした瞬間だった。
それから数日後、ユキカの母は息を引きとり世から去ってしまった。
母の最期の願い。
「ユキカをどうか成年するまでは私の宮に置かせてください。」
王はこの願いを聞き入れた。
王はユキカを追い出すことはしなかったが、やはり傍に置くことは許さなかった。
最低限の生活が出来るほどの僅かな服や食事のみが送られるのみ。
王家主催の行事には一切呼ばれることなく、無き者として扱われる日々。
ユキカは布を被り、その身を隠すように、潜むように生活を始めた。
笑うことも泣くこともしなくなった。
ユキカは少しずつイズルのことを忘れていった。
あの日の約束さえ、忘れてしまった。
「僕がおまえを
この世界で一番幸福な妃にしてやる。」




