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いつから本音を言うことが出来なくなったのだろう。

嫌なものは嫌、と言うことが罪のようになってしまったのだろう。

ユキカは薄暗い部屋でただそんなことを考えていた。

おもむろに手首を少し上げるとジャラリと鎖が音を鳴らした。

この重たい手錠はユキカをずっとベッドに繋ぎとめている。

「起きたんだね、おはよう。」

「お、はよう。」

イズルが朝食を持って部屋に入ってくるとユキカはチラリとそちらを見て会釈をした。

「ほら口をあけて?」

あーん、とイズルがリンゴの一欠けらをフォークにさしユキカに差し出した。

ソシャリ、とユキカはゆっくり咀嚼した。

甘酸っぱいリンゴがユキカの口の中で細かくなり喉へ流れていく。

その果汁が少しだけユキカの唇から漏れ出すとイズルは躊躇うこともなく自身の舌でちろりと舐めた。

「甘いね。」

ふふふ、と満足げに笑うイズルにユキカは嫌悪感を抱いた。

気持ち悪い。

いつまでこんなこと続けるのだろう。

そんなユキカの心情が見えてしまったのだろうか。

イズルは声を低くしてユキカの赤くなった手首を掴んだ。

「ねえユキカ、まだあの男のことが好きかい?」

「そんなわけない。嫌いよ。あんな男。

私が好きなのは、愛しているのは貴方だけよイズル。」

嘘だ。

今でも好きなのは、愛しているのは彼だけだ。

愛しているのは、ハルキ。

貴方だけ。

貴方だけが私を私として見てくれた。

誰でもない、私を。



ユキカはかつてガレという小国の姫であった。

小国ながら周囲に海路や大国の通り道があり貿易に優れ栄えていた。

争いも飢餓にも程遠い国。

だがそのガレはもう存在しない。

全てはもう遠い昔のように感じる。

イズルに滅ぼされるまで、ガレの国の姫であった。


私がまだあの国の姫であったなら、私はまだハルキの傍にいられたのだろうか。


ユキカはガレと同盟国であったモナノの国の第三王子ハルキの許嫁であった。


たった一度の偶然の出会いで二人は簡単に恋におちてしまった。

運命という恋があるならば、きっとこれがそうだ。


ある晩のこと、ハルキはユキカを庭園で見初めた。


「きっと この声があの人に届く

流れ星に もう一度願いましょう

月へ想いを 託しましょう

きっと いつか この声が 」


同盟国であるガレ国に視察にきていたハルキは中々寝付けず庭園を散歩していると、微かな歌声が聞こえてきた。

その歌声は甘く切なく、気が付くと胸がぎゅうっと締め付けられ涙が流れていた。

ハルキは無意識にその歌声が聞こえるほうへ足を速めた。


月の明かりがその歌手を淡く照らし出していた。

小さな体で必死に祈りを捧げるように歌うその姿にハルキは心を奪われた。

「だ、誰?!」

ハルキに気付いたユキカは急いで傍に置いておいた布を引っ張り頭から被った。

だがハルキはもう既にその姿を目に焼き付けていた。

美しい、ユキカを。

「え、ええと・・・ハルキ。

モナノ国から視察に来たんだ。君は?」


「わ、たしは、ユキカ。」

ボソボソと布の間から聞こえるか細い声。

その布には王族しか着てはいけない紋章がついている。

まさか勝手に身に着けているわけはないだろう。


だが、王から紹介された子供達にあんな子はいただろうか。


ハルキが根気よくユキカから話を聞きだせば、ゆっくりと拙いながらも話してくれた。

母が寵妃として存命している頃は良かった。

だがその母が死んでからはユキカを守ってくれる者は皆無となってしまった。

ユキカはその奇異な容姿から皆から疎まれているという。

それは年々酷くなる一方で最近ではまるで存在を否定される始末。


ハルキはユキカの奇異な容姿を綺麗だと言ってくれた。

「ねえ、あなたはこの私が怖い?

みなのように不気味だと言って私を罵る?」

「そんな、まさか。

そんなこと僕は思っていないよ。」

「みんなは私を鬼とか悪魔の子だって言うの。

普通じゃないって。おかしいって。そんなわけないのに。」

「僕は綺麗だと思うよ。

その透き通るような白い美しい肌も、夕焼けのような瞳も、全て。

それに普通って何だろう。

全てがみな同じ顔で同じ体を持っていることが普通かい?

それでは個人、というものはどこへいってしまうんだろうね。」


ハルキはユキカという人間を認めてくれた。

それがユキカはたまらなく嬉しかった。

「いつかユキカのことを全て好きになってくれる人がいるわ。

もしその人を見つけることが出来たなら、絶対手放しちゃ駄目よ。」

母の言葉がユキカの胸の中で甦った瞬間だった。


ハルキはぜひユキカ姫を、と申し入れしたのだが最初は両国の高官に反対されたのだ。

ガレ国側はこう言った。

「ユキカ姫?ああ、あの不愛想で奇異な。

そんな問題の多く市民出の側妃の子ではなく、もっと血の良い子がいますよ。

モナノ国の王子様のお相手ならば、皇后様の血縁にあたる姫なんていかがでしょう?

他にも芸に秀でた姫も、ユキカ姫よりも美しい姫もおります。」

それに対しモナノ国も頷いた。

「モナノ国は大国です。

貴国の姫と第三王子であられるハルキ様との婚姻はもはや同盟以上に大切なこと。

何せハルキ様は王子の中でも優秀な方ですからな。

どうせならハルキ様のお力になれる家柄が良いでしょう。」


ユキカは自分の今を嘆いた。

母は大好きだが、この時ばかりは悲しくてしょうがなかった。

どうして父は同じ王なのに、母の身分や家柄がこんなに影響するの?

私は何でこんなに普通じゃないの。

好きなのに。

ハルキ様のことがこんなにも私は好きなのに。

腹違いの姉や妹の名が上がるたびユキカは落ち込んだ。

苦しくてしょうがない。

ハルキ様の傍に私じゃない誰かが、ハルキ様が私じゃない誰かに愛を囁くのかと想像するたびに唇をかんだ。


「いえ、私が伴侶に望むのはただ一人。

ユキカ姫だけです。

申し訳ないが、他の姫を伴侶に迎える気はないんだ。」


ハルキがそうきっぱりと言うと高官達は両国の王と王妃に相談した。

王と王妃なら何とか宥めてくれるだろう、と思ったのだ。


だがハルキの意思は揺るごとなく、

「お願い致します。

ユキカ姫も私も望んでいるのです。

それでも無理だというならば私はきっと独身のままでしょう。

ユキカ姫を悲しませてまで私は他の方と婚姻を結ぶことは出来ません。」


そんなハルキ王子に皆はしぶしぶ諦め最後には祝福した。

あと二年、二年後にユキカはハルキ王子に嫁ぐ予定だった。


だがそれももう叶わぬ遠い夢物語。


急に隣国であるイルサ国がガレ国を攻め入り、ガレ国は滅亡してしまった。

あっという間のことだった。

モナノ国の援軍が来る前に決着がついてしまっていた。


イルサ国はガレ国を眷属にし国名をイルと改めさせた。

国王は斬首は免れたが権威はほとんど奪われイルサ国の小さな小さな城へ王子や姫達と共に移動した。


ただ一人の姫だけを例外にして。



時間を少し遡ろう。

ユキカがガレ国の姫だった、最後の日。


悲鳴が聞こえる城内でユキカは震えていた。

すると黒髪の騎士が悠々とユキカの前に現れた。

「ああ、間に合って本当に良かった。

危なくハルキにユキカを奪われるところだった。」

イズルが恍惚とした顔をユキカへ向けた。

「君は僕が最初に見つけたのにね。

僕が王になって一年か。

ここまでイルサ国を強大にするの頑張ったんだよ?ユキカの為に。」

「ど、いうこと。」

「僕はイルサ国王のイズル。」

「私、あなたのこと知らない。」

「・・・ああ、そっか。

もしかして覚えていないのかな?

前に会った時は黒鴉と皆には呼ばれていた、だけど君だけは僕をイズル様と名前を呼んでくれた。」

「い、ずる」

「そして君は僕の申し出を受けただろう?」

隅にあった記憶の欠片が蘇る。


それはずっと昔、イズルがイルサ国の留学という名の捕虜として一時ガレ国に身を寄せていた時のこと。

イズルは周りを威嚇するように生きていた。

自分がこんなちんけな国に滞在することに納得していなかったのだ。

黒髪にイルサ国の伝統ある黒い着物で全身黒一色。

そして誰も寄せ付けようとしない鋭い金色の睨み。


そんな彼に付けられたあだなは《黒鴉》。


いつものようにイズルが一人で読書をしていると、ふと小さな手がサラリと髪を触るのが見えた。

「あなたの髪、とってもきれい!

お母様の髪にそっくり!」

「・・・なんだよ、お前。」

興奮して「きれい!きれい!」と繰り返す女の子の手をイズルはパンっと振り払った。

「うるさいな、黙れよ。」

「いいなあ、私もこんな黒い綺麗な髪だったら、みんな褒めてくれるのに。」

あんなに煩いほどだった声が急に泣きそうになるのを感じ、おもわずイズルは本から顔を上げた。

「わたしも、黒い髪と、おめめだったら。

お父様も私を可愛いって言ってくれたかなあ。」

そこにいたのは今にも泣きそうな天使のような愛らしい少女だった。








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