その66 苦しみと解放
まずはいつも通り敵の分析だな。
【月下の民(獣化形態)】
【月下の民が月の心に再び平穏を齎すため、災いを消し去るために獣に変化した姿】
【月の光を浴びている間は全能力値2倍】
【太陽の光を浴びると全能力値半減】
【その時の月の感情次第では、災いを消し去るため、強くなるために変化を遂げる】
まあ、もともとあの雨を浴びる予定はないし、室内に誘い込んで戦えばいいか。月光も防げて一石二鳥だ。でも、不思議だな。月光なんてものは所詮太陽光が月面に反射したものなのに。
・・・そんなこと言ってもしょうがないか。こっちの世界では月に何か特殊な意味があるんだろう。もしくは、今上空にある月は通常の月とは別の発光物体であるか。
しかしここで、ちょっとした問題が発生。
月下の民が建物に入って来ようとしない。月光の下から出たくないからだろうか。まあ、そうされたところで遠距離攻撃一択なんだが。てことでLet's goルナ!俺たちの創作の産物を見せてやろうぜ!
「了解よ。磔の魔女!」
俺とルナが一緒に考えた魔法、磔の魔女だ。名前から想像はつくと思うが、磔にされた魔女をイメージした、敵を磔にする魔法だ。
でも、それだけじゃない。まあ見ればわかる。
敵の背後から突然土でできた巨大な十字架が出現する。この十字架はちょっと特殊で、付近の土の中からかき集めたアルミニウムの粉末と他の金属酸化物の粉末を混ぜて固めたものだ。これが後々活きてくる。
敵が後ろの十字架に気を取られてる間に地面から土の杭が射出されて敵の手や腹に刺さってそのまま背後の十字架に打ち込まれる。これで立派な磔の完成だ。
てかあいつ、妙に動きが遅いな。ルナに地面を針地獄にしてもらうように頼むくらいの覚悟はできてたんだが。あいつが遅いのか、それとも何か別の要素があるのかは不明だな。
なんにせよ、磔は完成した。だが、このままではただの磔だ。磔の魔女なんて大層な名前をつけるようなものじゃない。
てことでこの魔法の第2段階だ。
魔女、磔、さあ次は何をするでしょう。そうです、魔女に火を放ちましょう。
さて問題。ここで何が起こるでしょう。まあ、勘のいいやつはわかってるはずだ。一言で言うとテルミット反応。
イオン化傾向の大きいアルミニウムは他の金属の酸化物から酸素を奪おうとするという性質を持つ。酸化銅然り。酸化鉄然り。
この時酸化銅や酸化鉄は比較的酸化されにくいことから、無理やりエネルギーを加えられて金属原子が酸素と結合している状態だと言える。言い換えると、比較的多くのエネルギーを蓄えてる。
逆にアルミニウムは比較的酸化されやすいから、余計なエネルギーをあまり蓄えることなく酸化アルミニウムになることができる。
このエネルギーはたしか結合エネルギーとかそんな感じの名前だったが、酸素とアルミニウム間、酸素と銅や鉄の間には結合エネルギーに差が生まれる。
この反応ではアルミニウムが酸化鉄や酸化銅から酸素を奪って自らが酸化される。その過程で上で言った差分のエネルギーは行き場を失ってしまう。
では、そのエネルギーはどこに行くのか。その答えは、エネルギーの終着点、熱である。
結果、きっかけを与えればこの十字架は数千度にまで達し、自分の熱で燃え続ける。
そしてルナはさっきあの十字架に火を放った。効果は劇的だ。
十字架は轟音をあげながら赤熱し始める。強烈な火花を周囲に撒き散らしながらだんだんと粘性を持ち始めて、溶ける。
「ゴギャァァァァァァァ!!ガァァ!ァ...ァァァァ...。」
死んだな。まあ、数千度の液状の金属を全身に浴びればそうなるだろう。
にしても、すごいな。当然と言えば当然だが、そこ周辺だけ地面が完全に乾燥するどころか、溶けてるな。
「................ァ....。」
生きてる!?なんて生命力だ。これも、謎の雨と月光故か。
でも、苦しそうだな。うーん、できればこれで死んで欲しかった。俺は生物を殺すことに抵抗はないし、自分に対して敵意を持った相手は遠慮なく傷つけるが、無抵抗な相手を意味もなく苦しめるのは嫌いだ。
魚介類を生きたまま焼いたりしてるところを見ると吐き気がする。別に食べることは否定しないが、そいつが焼かれ始めてから息絶えるまでに味わう壮絶な苦しみを考えたことはあるのだろうか。他の生物に対してシンパシーやエンパシーを感じることができないのか。文字通りの生き地獄を味わわせておいて何も感じないのか。金網の上で必死で跳ねているそいつを笑うやつが理解できない。
まあそういうことだ。
苦しんでいる者を見たら苦しみから解放しろ。例えそれが死を意味しても。死は怖くない。死ぬまでの苦しみを味わい続けることこそが怖いのだ。
俺の持論ね。じゃあ、月下の民を苦しみから解放しようか。きっとそれが優しさだろう。
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