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その65 月下の漁村

 入口から気配の主を覗いてみる。座り込んでるから推測しかできないが、おそらく身長は2メートル半はあるだろう。しかし、その身長からは想像もつかないくらい、袖から出た腕や、ところどころ破けたみすぼらしい服から覗く体は、異様なほどやせ細っている。そして、こっちに気づいた様子はない。


 今度は耳を傾けてみる。


「日が沈み月が出る。月が沈み日が出る。日が沈み月が出る。・・・月が、沈まない。月は沈まずそこに漂い続ける。月は太陽に見捨てられてしまったのだ。太陽は天を廻り続け、月はただ地上を幽かに照らし続ける。光たる太陽は、闇たる月を疎ましく思い、見捨て、1か所に封じ込めたのだ。月はその時、空の上で何を感じたのか。悲しみか。あるいは諦めか。やがて月の心は暗雲に覆われていく。月が陰る。陰ってゆく。陰った月は悲しんだ。自分はもう地上を照らせぬ。月は涙を流す。死と・・・狂気の涙を。地上には死が蔓延し、あらゆる生物は狂気にその身を堕とす。生物は殺し合い、さらなる死を呼び込む。だが月は、それでよかった。太陽に見捨てられた月は、それでよかった。月の心は晴れた。太陽を必要としない世界が地上に生まれたから。心が晴れた月は再び地上を照らす。やさしい光。浄化の光。地上はさらに静かになった。地上には、太陽を必要としない、月のみを必要とする生物のみが生きる。月下の民だ。そのことが月はうれしかった。地上にはもう、自分を見捨てた太陽を思い出させる存在は、1人もいないのだ・・・。・・・日が沈み・・・」


 また同じことを最初から言い始めてしまった。その後もしばらくは観察していたが、同じことを壊れたように繰り返す。


 それにしてもこいつの話し方、まるで太陽と月に意思があるかのように言う。いや、自分の常識で物事を考えるのはよくないか。だが、こいつの説明をそのまま信じるなら今のこの漁村の状況にも説明がつく。そして、「地上には、太陽を必要としない、月のみを必要とする生物のみが生きる。」と言っていたが、こいつがその1人で、他にもいるってことになるのか?でも、そんな様子はない。居たとして、全員こいつみたいな感じなんだろうか。


「・・・ぁ・・・ぁあ!ああああ!」


 !?なんだこいついきなり?


「だが!!海の方から災いが訪れる!訪れた災いは月が望んだ地上を荒らし、太陽を求め、秩序を破壊し尽くす!・・・封じ込められた月は悲しむ。自らの理想を打ち破られたから。自らの理想が幻想だと、気付かされたから。悲しんだ月は涙を流す。嗚呼、また雨が降る。悲しみの涙が。あの時と同じ・・・死と狂気の涙が!」


 ・・・こいつの言葉を聞いてると薄気味悪いものを覚える。怖いわけじゃないが、ただただ気味が悪い。


 ぽつ・・・ぽつ・・・ぽつ・・・ざぁぁぁぁ・・・・・・


 雨が降ってきたな。まさか、今こいつが言ってるのは過去の出来事じゃなくて現在の出来事なのか?だとすると、俺たちが災いか。そして、今降ってる雨は浴びちゃまずいことになる。まあこいつの言うことを鵜呑みにするわけではないが、一応、気にしてはおくか。念のためだ。


「月下の民は月が悲しんでいる姿を見たくない。その涙を流させたくない。ならば月を悲しませているものを消さなくてはならない。災いを消さなくてはならない。その夜、月下の民は獣へと変貌を遂げる。災いを消すために。狩りの夜が始まろうとする。災いたる狩人が獣を狩るのではない。獣が狩人を狩るのだ。まずは、狩人にその牙を突き立てんとする獣1人。彼が狩りの夜の幕開けの合図となろう。獣が狩人を狩り、月の心を乱したことを死をもって償うか。狩人が獣を狩り、月下に真の静寂を齎すかは、今はこの語り部にもわからぬ。」


 そして語り部は徐に立ち上がってこっちを指差しながら言った。


「狩りの幕開けは、すぐそこに迫っている。ああ、獣臭・・・匂い立つなぁ・・・。」


 ああ、俺もそう思ってたところだ。さっきから六感強化にビンビン引っかかってる。てか、こいつは話し方からして中立の立場かな?立ち上がってこっちを視界に入れた後も敵意は全く見せなかったし。警戒は続けるが、保留でいいだろう。


 あ、「狩りの幕開けは、すぐそこに迫っている。」っていうのの意味は簡単だな。ていうか正確には「狩りの幕開けは、すぐそこに迫っている(物理)。」だろ。文字通りすぐそこに迫ってる。最初の獣が。残る距離は10メートルといったところか。ほら、聞こえてきた。


「グオォォォォォォ!!・・・グルルルルル。」


 うん。じゃあさっさとやっちゃいましょう。俺たちの島を出てから初戦闘だ。この大陸の敵がどれほど強いのかの指標になっていただこう。

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