その54 肉其至高食也(肉は至高の食べ物である)
家から出て、生活領域の真ん中あたりの広場まで来た。中心には巨大な焚火と、その上に大きな鉄板が置いてある。どう見てもバーベキューだ。
洞窟内でこんなことやって酸素とかは大丈夫なんだろうかという疑問は残るが、クイーンのことだからその辺はなんかうまい具合にやってくれてると信じよう。
それにしても、いろんな種類のキメラがたくさんいて、活気に満ちてるな。
ほとんどの人(と呼ぶことにする)が心の底から楽しんでいるように見える。どこからともなく陽気な音楽が聞こえ、美味しそうな匂いがそこら中から漂ってくる。
だが、その中には浮かない顔をしてる人もいるみたいだ。表面では楽しそうな表情をしていても、その奥に燻ってる不安を隠しきれていない。
この様子だとクイーンが皆に今日起きたことや星龍の対応の予定についても話したんだろう。そのことを聞いて、不安になってしまったんだろうか。
まあ、それも仕方ないか。星龍はキメラの種族全体をこの洞窟の中に追いやったんだ、今更そいつのことを思い出さされておいて、平常心を保ったまま不安を表に一切出さないのは少々難しいだろう。
まあ、その不安を吹き飛ばすために、いや正確に言うとその不安の原因を殺すために、俺とルナがいるんだ。しっかりと仕事をしないとな。
さあ、ここで最初に言った鉄板まで歩いて行って、向かい合う。
ここでは主に鎧熊とかの俺とルナが狩ってきた奴らと、メインディッシュの復讐ノ天使を調理する予定だ。ここは地下だし調味料が少ないと思われるかも知れないが・・・まさにその通りだ。岩塩しかない。もう一度言おう、岩塩しかない。俺は岩塩結構好きだからいいんだけどな。
それでもちょっとしたハーブなんかは欲しかったところだ。もちろん洞窟とはいってもちょっとした苔とかは生えてたりするが、よく知ってない植物に手を出す勇気は俺にはない。クイーンに聞いてみたんだが、こっちの世界には香草という概念が無いようだ。少なくともキメラたちの間では。
さてと、そろそろ肉焼きに入っていきますか。今日は俺が皆のために肉をウルトラスーパーデリシャスに仕上げてやる予定だ。野菜は、無い!やったね!
では、始めようか。まずは鎧熊だ。こいつは殺した時点でかなり重かったから軽量化するために内臓は抜いておいた。抜いた内臓はもちろんその場でルナと仲良く食べた。まあだから、今の段階で必要なのは皮むきと切り分けだけだ。実はこの皮むきは俺が前世で海外の親戚の家に行ったときに体験したことがあって、その時はおじいちゃんがアカシカを撃ってきたからその皮むきを手伝ったんだ。
じゃあささっといこうか。まずは、少々対応に困った部分ではあるが、最終的には鎧熊特有の鎧は強引にナイフを差し込んで切り取って、次は鎧ぐまの手足の、手首足首の部分に手首足首をそれぞれ一周するように切れ込みを入れる。そしてそれぞれの切れ込みから腹の部分に受かって長めの切れ込みを途切れの無いように入れる。
これで下準備は完了だ。
ここからが本番、切れ込みを入れた部分をぐいっと引っ張って、皮膚と筋肉の境界部分を覗き込むと白い繊維状の物質が見える。これは英語でコネクティブティッシュというらしい。日本語名は知らん。まあ仮にこれを日本語で白滝と呼ぶとしよう。なんか語感的に。
白滝はざっくり言うと皮膚とその下の組織の接着剤の役割を果たす組織だ。
皮むきのイメージはこの白い繊維状の白滝を包丁かなんかで切っていって、それを体全体にやって皮膚を丸ごと脱がす感じだ。皮膚を引っ張って白滝を切ると切れた分だけ皮膚が剥がれてその奥の白滝までナイフが届くようになる。そしてそれを切っていく。この繰り返しだ。
そして・・・完成。
後は肉を骨から引っぺがして焼くだけ。実に楽しみだ。
前世ではさせてもらえなかったからな・・・厚さ3センチのステーキ。
さて、まずは肉を厚さ3センチくらいに切って、適当な大きさをそこから切り取る。ステーキ一切れで優に800グラムはあるんじゃなかろうか?感動したよ。
さあ、軽く岩塩を揉みこんだら、後は熱々の鉄板で焼くだけ。遂に、運命の時!!
ジュワ〜〜。パチッ!パチパチ!ジュ〜〜〜〜。
圧倒的な芳香が肉肉とした衝撃を伴って俺の鼻腔にダイレクトアタックを仕掛けてくる。くっ、唾液が止まらん!ここまで来るといくら岩塩好きとは言えど調味料やハーブ類がないことが悔やまれるな・・・トリュフなんかあれば完璧だったんだが。
ここは、素材本来の味を楽しむ。それでも問題ないさ。それで十分なほど素材が素晴らしい。匂いだけでそれが理解できる。
さて、焼き色がついてきたのを見計らって、ひっくり返す!
ジュ〜〜〜〜。
いい感じだ。そして、この面を終わらせたら側面も焼いていく。
最後に火が弱いところに移して、軽く内部まで火を通したら・・・・完成だ。
お、気付いたらみんなが集まってきてるな。やっぱりうまい肉には誰も抗えないのだよ。ー肉を受け入れよ。受け入れれば楽になる・・・-有名な哲学者の言葉だ。
じゃ、ご馳走タイムだ。肉ならいくらでもある。好きなだけ食わせてやろう。