その11 ぎゅ~っ
『それで、謝りたいことというのは何なのでしょうか?』
『ああ、俺が持ってたスキルの中に女運ってのがあってな、今は効果が出ないようにしてるんだが前にクイーンに会いに来たときはその効果が出て、クイーンの俺に対する感情を歪めてしまったかもしれない。すまない。』
『・・・ちょっと待ってくださいね。・・・・・・・・・ありました。女運。男性のみが手に入れることができるスキルで、女性の自分に対する印象を良くするスキル。色欲系統の大罪系スキルを手に入れるために必要なスキルでもあります。あなたは、このスキルが私に対して発動していたこと謝りに来たんですか?』
『・・・ああ。』
『ああ、そういうことですね。これで納得がいきました。確かにあなたがこの前に来た時には何らかの精神への干渉を受けているような感じはしましたからね。でも、これは・・・・・・ぷ、ぷぷっ・・・。』
クイーンはいきなり言葉を途切れさせると、その場にしゃがみ込んで小刻みに震え始めた。
『ん?おい、どうしたんだクイーン?』
『ぷ・・・ぷきゅっ、くっ、くくくっ・・・これは、予想外ですね、ふふっ。』
『おーい、帰ってこーい!そして笑うな俺が恥ずかしいいったい何がおかしかったっていうんだ。』
『いえいえ。そんな大したことではないのですが、おそらくあなたは私のことを鑑定したでしょう。ですから私に戦闘能力がほとんどないという事はわかっているはずですね?でも、そのかわりと言ってはなんですが、精神攻撃に対する耐性がとても高いのです。』
『つまり一体何が言いたいんだ?』
『あの程度の精神干渉では私に影響を与えることはほとんどできません。多少の影響はあるかもしれませんが、微々たるものですよ。なので、あなたが私の精神に影響を与えただなんて、気にする必要はありません。それにしても、あなたは本当に律儀ですね。流石にこれは予想していませんでした。』
『あー、うん、まあ俺ってめっちゃいい奴だからな。って、そんなことはどうでもいいんだ。今日はもう一つ話したいことがあったんだよ。』
『あ、そうだったんですか。もちろん問題ないですよ。でも、もう少し後にしませんか?あっちでちょっと怒ってる子がいますよ。ほら。』
そう言われて、クイーンが指差した方を見てみると、そこにはさっきまでずっと自分で自分の舌をぺろぺろしようとしていた吸血鬼型の女の子がいかにも怒ってますよという感じの顔をしながら、こっちを見ていた。ぷんすか。
ぶっちゃけかわいい。
「傷を舐めたら早く良くなるとか言ってたけど、全然舐めれないわ。」
「自分の舌が舐めれないと?」
「そうよ。」
「ふむ、その可能性は完全に失念していたな。すまない。」
嘘だ。普通自分の舌が自分じゃ舐めれない事なんて誰だって2秒以下で気づく。
「そうだな、かわりと言ってはなんだが、俺が傷口を舐めてやろう。そうすればお前の傷口も早く治るだろう。」
「ん、わかったわ、はい。」
そう言って、自分の舌をこっちに向けて出してきた。
うん、この光景において迸っているエロスのことはさておき、この警戒心の薄さ、俺に何かされるんじゃないかという心配はしてないのか?聞いてみた。
「え?だってクイーンがカイはいい人だ。カイはいい人だ。って何回も言ってたから大丈夫かと思って。まさか、何かする気なの!?」
「いや、しないけどさ。」
「なら良いのよ。ほら、さっさと私の舌を舐めなさい。」
そう言ってまた舌を差し出す。
『クイーン、ちなみに聞くけどさ、これって誘ってんの?それともただただ警戒心が薄くて自分の言ってる意味が分かってないの?』
『間違いなく後者ですね。それにしても・・・生まれて数日とはいえまさかここまでアホだったとは、私も予想外です。キメラは肉体的にも精神的にもある程度成長した状態で生まれてくるはずなんですが。ちょっと心配になってきました。私が倫理的な教育を施してきますのでちょっとだけその辺で待っててもらえますか?すぐに終わりますので。』
『ああ・・・頼んだよ。』
この先大丈夫か、非常に不安である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数分程度してから、クイーンが俺の方に歩いてきた。
『はい、終わりましたよ。』
『お、思った以上に早かったな。って、あの子が見当たらないんだが、どこに行ったんだ?』
『あっちまで走って行って隠れちゃいました。流石に恥ずかしかったみたいですね。』
まあ、無理もないか。逆にあの後に平気で出て来れる方が特殊だろう。
『まあいいか。そのうち落ち着くだろう。それで、話を戻そうか。今日俺が話したかったもう一つのことだ。』
『あ、そうでしたね。話したいことというのは何なのでしょうか?』
『一応報告しとこうと思ってな、無事、進化ができた。』
『おぉ!それはおめでとうございます。ちなみに、どのような種族になったんですか?』
『ああ、リトルクソザコキメラ、だ。』
『・・・それって、本当に進化したんですか?名前だけ聞くとすごく弱そうなんですが。逆にどこが強くなったんですか?』
『ナメクジじゃなくなった。』
『ナメクジ!?・・・・・・進化できてよかったですね。』
『本当に。まあ、それでもまだクソザコなんだが。』
『それはこの先進化していくことで良くなっていくでしょう。期待していますよ?』
『ああ、また進化したらここに顔を出すよ。じゃあ、今日はとりあえずこれくらいにして、もうそろそろ俺は帰ろうかな。』
『そうですか、では、帰る前に一つだけ。あの吸血鬼型の子に名前を付けてもらえませんか?』
『俺は別にいいけど、俺がつけていいのか?』
『はい。名前をつけるという事は特別な意味を持つんです。つけた人とつけられた人の間に、魂レベルで絆が生まれます。あなたとあの子はこれから先行動を共にすることが多くなるでしょう。魂の絆を持っておけばきっとこの先役に立つことでしょう。』
『そうか、なら俺が考えるとしよう。今から考えるからちょっと待っててくれ。』
さて、どうしたものか。俺は自分のネーミングセンスにはあまり自信はないんだが。なんにせよ、まずは何かベースとなるものを考えなきゃだな。
火、水、風、地、天体、星、月、太陽・・・。考えていけばほぼ無限に出てくるが、あいつに似合いそうなものか。吸血鬼型ってことだし、何か夜に関係があるものがいいだろうな。暗闇、星、月、吸血鬼でいえば血とか・・・。
そうだな・・・・・・よし、決めた。
『クイーン、決まったぞ。あいつを連れてきてくれ。』
『わかりました。今すぐ連れてきましょう。』
クイーンが呼びかけると、すぐに来てくれた。やっぱりすごくクイーンには懐いてるよな。羨ましいぞ。
「そ、それで、私の名前は何に決まったの?」
気のせいだろうか、心なしかわくわくしてるようにも見える。そんなに名前を付けてもらうのがうれしいのだろうか?
『名前を付けてもらうのは魔物社会において大変名誉なことなのです。ガズラがここで最強の戦士なのはセルゼイという名前の魔族に名づけをされたからだと言いましたよね?このように、魔物にとって、名前の有無は強さに直接繋がります。誰であれ、よほど嫌いな相手などではない限り、名前を付けてもらうのはうれしいことなのです。』
なるほどな。じゃあさっそく、名前を付けようか。
「今日からお前の名前は・・・ルナだ!!意味は月。お前が吸血鬼型だということで、夜に関係のあるものを選んで、その中でも肌の色と髪の色のイメージが月ぴったりだったからこれを選んだ。・・・という事で、改めてこれからよろしくな、ルナ。」
そう言って右手を差し出す。さて、俺が考えた名前はお気に召したかな?
「し、仕方ないわね・・・。あなたがどうしてもって言うのならその名前で許してあげるわ。そんなに・・・悪くないと、思うし。」
うん。口ではそう言ってるがかなり嬉しそうだ。口元が綻んでるのを隠しきれてない。でも、綻んだ口元をいきなりきゅっと引き締めたかと思うと、こう言う。
「でも、でも!気に食わないことが一つだけあるわ。」
「えーっと、それは何かな?」
「その手は、握手をしようとして差し出してるのよね?それが気に食わないわ。」
「つまり・・・俺と握手がしたくないと?」
「ち、違うわよ!そういう事じゃないわ!!ただ・・・その・・・言葉で説明するのは面倒だから一回目を瞑りなさい!」
「あ、ああわかった。」
言われたとおりにして、目を瞑る。直後、
ぎゅ~っ
っっ!!?このダイレクトに伝わって来るプニプニさらさらの感覚は何だ!?まさか・・・ハグ?
あ・・・ああ・・・俺は、俺はなんて幸せ者なんだ!!こんなにかわいい女の子にハグをしてもらえるなんて!!
そう思ったらなんか意識が遠く・・・いや、ハグで意識が遠くなるのはおかし・・・い・・・・・・。