和装学校祭 ~『いじめられて自殺した私が闇医者によって悪役令嬢に転生され、過去の自分を客観的に見る』後日談~
カランコロン、カランコロン♪
チリーン、チリリーン♪
下駄や風鈴の音などが鳴り始めるともう夏なんだなとつくづく感じる。
みなさん、お久しぶりです。
木野 友梨奈です。
あれから2ヶ月が経ち、クラスの雰囲気は少しずつよくなってきており、私は毎日楽しい学校生活を送っているんだ。
いつも通い慣れている通学路には日曜日にもかかわらず、制服姿のたくさんの学生達が学校へ向かって歩いている。
今日、7月24日は私達が通う私立花咲大学付属中等学校、中等部と高等部の合同学校祭。
昨日は校内発表だけだった。
今日は一般公開日だから、校門や校舎は学校祭ムードに包まれている。
来年の春入学を希望する小学生や中学生、卒業生などがたくさんくる日だから校内は一段と賑やかになる。
*
私が教室に入るとすでに別室で浴衣や甚平に袖を通したクラスメイトが戻ってきていた。
「おはよう!」
「友梨奈、おはよう!」
「木野、おはよう!」
私が教室の代わりの理科室に柚葉と白と……いや、まひろやクラスメイトが私に声をかけてくる。
最近、まひろが「白鳥さんは止めて」と言われたので、下の名前で呼んでいるんだ。
「毎年思うけど、浴衣セットは重いよね……」
「今日だけ浴衣で登校してもいいくらいなのにね……」
先ほども書いたとおり、私達は浴衣セットを持っているため、結構大荷物になっている。
なぜかというと、私達が通っている私立花咲大学付属中等学校の学校祭は浴衣や甚平のように和装で行うことが伝統となっているからだ。
噂では在校生とお客様の区別がつきやすいという話をチラッと聞いたが、本当どうかは分からない。
「確かに。あたしの部に至っては、何回着たり脱いだりすればいいんやら……」
私や柚葉は1回着てしまえば学校祭が終わるまで浴衣のままでいられるけど、まひろはなぜ着たり脱いだりするんだろう?
「あれ? まひろって?」
「あっ、友梨奈に言ってなかったっけ? あたし、演劇部に入り直したんだ」
「知らなーい! 私、なんにも聞いてないもん!」
自己紹介の時は一旦部活を辞めたと言っていたので、彼女が部活に入り直したことは初耳だ。
「あははは……だよね。友梨奈は知らなかったと思うから、びっくりするよね?」
「うん、びっくりするよー。だから、着たり脱いだりと忙しいんだ」
「そう。演劇部員達はこの日のことを「地獄の日」って言うくらいだし……」
「演劇部は衣装の絡みもあるもんね」
確かに、1日2回くらい演劇部の上演が行われるため、その部員は浴衣を脱いだり着たりしなければならない。
私はまひろからその話を聞いて納得した。
「でも、衣装の絡みが出るのは舞台に立つ同級生や高等部の先輩達。あたしは裏方でナレーターだからね」
「そうなんだ。残念」
「せっかくだから、みんなで見にきなよ! 工藤さん達も誘ってさ!」
「その代わり、まひろはわたし達の演奏を聴きにきてよね?」
まひろがそう宣伝すると、柚葉も宣伝し返す。
「んー……分かった。委員長、おはよう! 柚葉達がみんなの演奏、聴きにきてだって!」
「おはよう。僕の名前は「委員長」って名前じゃない! 「松井 勇人」だ! 荒川さん達、今は着付けの部屋は空いてるから急いで着付けてもらいなよ」
まひろと松井くんが漫才を繰り広げられている中、彼は私達に声をかけた。
「そうだね」
「松井くん、ありがとう」
「いいえ」
私達は茶道部の部室に足を運び、着付けのプロ(呉服店の人達?)にそれぞれの浴衣を着付けてもらい、教室に戻った。
*
チャイムが校内に鳴り響く。
「みんな、席に着いてー」
それと同時に私達のクラスの担任である早川先生が理科室に入ってきた。
生徒達はいつもの制服ではなく、和装なので、慣れない足取りで自席に着く。
彼女もいつものかわいい刺繍が入った白衣ではなく、淡い桃色の浴衣に着替えていた。
「起立! 礼! おはようございます!」
「「おはようございます!」」
松井くんが「着席!」と言った時、私達はゆっくり椅子に腰かける。
「おはようございます。今日は中等部最後の学校祭だね。部活動の発表や委員会などの仕事がある人は大変だと思うけど、思いっきり楽しみましょう!」
「「ハイ!」」
「では、学校祭のパンフレットを配ります」
先生がそのパンフレットを私達に配り始めた。
「パンフレットはそこら辺に落としたりしないでねー。あと、貴重品は各自でしっかりと管理してね」
「ハーイ」
「分かりましたー」
彼女は私達に忠告するが、私達はほとんどの確率で話を聞いていない。
私はその校舎内の地図をざっと見る。
今年は私達がいる中等部の教室は展示ブース及び休憩エリアとなっており、高等部の教室は模擬店及び休憩エリアとなっている。
ちなみに、私達の教室である3年6組は高等部にある文芸部のブースとなっていた。
「じゃあ、みんな、忙しくなるけど、最後まで頑張っていこうね!」
「「ハイ!」」
先生はそう言うと理科室から出て行く。
これから、私達の中等部最後の学校祭が始まる――。
*
理科室から出ると、そこには見慣れない顔で和装姿の学生がわいわいと話しながら通り過ぎている。
「なんか高等部の教室って、年に1回しか入れないから凄くレアだよね?」
「そうだね」
「私、委員会のイベント担当の時間だから行かなくちゃ」
「ん。あとで顔出すね」
中等部の生徒達は各々の持ち場に向かい始める。
一方の高等部の生徒達は移動教室の時に通りかかるくらいで実際にそこに入る機会が中等部を卒業するともう全くない。
そのため、久しぶりに入るその教室はとても懐かしく感じたと私は思った。
*
「柚葉、友梨奈、まひろ。おはよう!」
「「おはよう!」」
凪が理科室から出てきた私達に声をかけてきた。
「凪、早紀は見てないの?」
柚葉が凪に問いかける。
彼女は「はて?」と言いそうな表情を浮かべながら、「うん。あたしは今日は早紀に会ってないよ」と答えた。
「そうなんだ」
「そうだ! 発表の時間になるまでみんなで回らない? まひろの発表の時間も絡むけど……」
「いいね」
「賛成!」
その時、「みんな、いたいた!」という声が聞こえてきた。
その声は早紀の声。
彼女と聡が一緒に私達のところに駆けつけた。
先ほど、言い忘れたけど、あれから私が聡に謝って、私達は見事に復縁を果たしました!
あっ、見事に浮かれていましたね。
すみません、話を戻します。
「早紀、聡!」
「「おはよう」」
「早紀達はどこの教室だったの?」
「ボクは図書館」
「僕のクラスはパソコン室だったなぁ」
「そうだったんだ」
やはり、クラスによってバラバラなんだ。
だから、凪が早紀達に会わなかったと言ったことには納得。
「今から、みんなで回ろうって話していたところだよ」
「そうなの? ボクは賛成!」
「僕も」
「なら、決定だね」
「ところで、松井は?」
「松井くんは委員会の担当があるんだって」
「そうなんだ」
聡が意外そうな表情をしている。
みんなそれぞれ担当している仕事や部活とかで忙しくなるのは仕方がないことだ。
「まぁ、ゆっくりと見て回ろうか」
私がそう言うと、みんなは「そうだね」と答えた。
*
私達は中等部の展示ブースを回っている。
中等部の夏休みの宿題で提出した書道や歴史新聞などが展示されており、高等部の展示ブースは中等部とは異なり、凄いなぁとつくづく感じてしまった。
私は自分の教室の近くで足を止める。
まひろが「どうしたの?」と声をかけてきた。
「ちょっと、文芸部のところを見ていいかなぁ?」
「友梨奈、いいよっ」
「ありがとう」
私達がその教室に入ると、「いらっしゃい」と2人の浴衣を着た女子生徒が出迎えた。
「「こんにちは」」
私達が挨拶すると、無駄にテンションが高そうな先輩が「ゆかりー、お客さんだよー!」と声をかける。
「まさりが出迎えたんだから、責任を持ってしっかり対応する! ごめんね、あんな先輩で」
先ほどの彼女とは異なり、ゆかりと呼ばれた先輩が呆れながら対応してくれた。
もしかして、この人が大野 ゆかり先輩なのかな?
彼女は私より背が高く、黒髪で隻眼に近い髪型をしており、紺色の花柄が散りばめられた浴衣が似合っている。
「いえいえ、いいんです。ところで、あなたは大野 ゆかり先輩ですか?」
「そうだよ。浴衣だから中等部か高等部の学生かな?」
「ハイ。この本って……」
私はその本を手に取り、パラパラ捲る。
テーブルには「1冊500円」と表示がされており、本の隣にクリアファイルが置いてあった。
作品が載っているページは手書きではなく、パソコンで打ったものがそのまま印字されている。
そして、可愛いイラストもたくさん散りばめられていた。
「私達が作ったんだよ。お金を取っちゃうけど、1冊どうぞ」
「私、気に入りました!」
「本当? ありがとう」
私は文芸部に入りたかったけど、その部活は高等部に上がらないと入れないと部活動紹介で知ってしまい、吹奏楽部に入ったんだ。
半分はこの先輩に憧れていたということもあるけど……。
「あの、先輩は今年、卒業ですか?」
「ん? うん、高等部の3年生だからね」
「実は私、先輩が憧れていたんです!」
私が顔を赤くしながらそう言うと、その先輩はクスッと笑い、「褒めてもなんにも出てこないよ」と答えた。
その様子に早紀達は大爆笑している。
「友梨奈ちゃん……」
「早紀、変な意味じゃないんだからね!」
「分かってるよー」
あー……彼女らに変な誤解を招いちゃったかな……。
これは本当のことなのに……。
「友梨奈、あたしはそろそろ部活の方に行くね。場所は講堂だから」
まひろは右手首につけている腕時計を見ている。
そうか。もう、彼女の部活の発表の時間になるんだ。
私達は「分かった」と返事をするとまひろは教室から出て行った。
彼女と入れ違いに男子生徒と女子生徒が入ってきた。
「上原さん」
「ゆかり先輩、交代の時間ですよ?」
「留美ちゃん、栗原くん」
「お客さんがきてたんだね。こんにちは」
「「こんにちは!」」
文芸部の部員ってなんかほんわかしてていいなと思う。
ううん、ダメダメ。
私はパパとママに高等部を卒業するまで吹奏楽部は辞めないと言ったのだから、浮気はしないようにしなきゃ!
毎年販売して、いつも買っているこの本だけで我慢しよう。
「すみません。この本は500円ですよね?」
私が大野先輩に問いかける。
「そうだよ。他のみんなは?」
「買いますー」
「僕も」
私が財布からお金を出そうとした時に早紀と聡まで財布を取りだそうとしていた。
「ありがとう。この本はくしゃくしゃになりやすいから、クリアファイルもどうぞ」
「「ありがとうございます」」
「みんな、お友達のところに急いで行った方がいいんじゃないんかな?」
大野先輩が何かを思い出したかのように私達に言った。
「あっ!」
「ヤバっ!」
「本当だ!」
「始まっちゃう!」
「白鳥に怒られちゃう!」
私達は教室にかけられた壁時計を見てそれぞれのリアクションを取る。
「私達のところはまだやってるから、またいつでもきてね」
「ハイ」
「先輩方もお時間がとれればでいいので、私達の演奏を聴きにきてください!」
柚葉が先輩達にそう言うと、栗原先輩が「みんな、吹奏楽部なの?」と訊いてきた。
「僕はバドミントン部で、さっきまでここにいた女子は演劇部です」
「そうなんですね!」
聡が答えると、大野先輩が「留美ちゃん」って言っていたから、留美先輩で。
彼女が驚いたように答えた。
留美先輩はなぜ驚いたのかは私には分からないが……。
「長居してしまってすみませんでした。失礼します」
「「失礼しました!」」
私達が慌ただしく教室から出ると、文芸部部員が「またきてねー」と優しく見送ってくれた。
*
私達が講堂に着くと客席がほぼ埋まりかけていたが、運よく私達が固まって座れる分はある。
「まだ始まってなくてよかった……」
「そうだね」
「まひろ達が終わったら、わたし達の番なんだからね」
「まだ、まひろちゃんの番が始まってないのに柚葉ちゃんったら……」
「ねぇ」
そう話しているうちに上演を告げるブザー音が鳴り響くと同時に、辺りが薄暗くなる。
「みなさま、ご来場いただき誠にありがとうございます。花咲大学付属中等学校、中等部及び高等部の演劇の公開時間となりました。みなさま、ゆっくりとお楽しみくださいませ」
まひろの声が講堂内に聞こえてくる。
注意事項のアナウンスが流れ、公開が始まった。
上演されたのは「ロミオとジュリエット」。
確か、校内発表の時も似たような……今日は少しコメディ要素が入っていて結構面白い。
そのシナリオを書いた人はどんな人か気になるところではあるが、客席は笑いの渦に巻き込まれているようだった。
「演劇部は凄いよな……」
聡がしみじみとした口調でそう言う。
「秋桜寺、なんかおじいちゃんみたいなことを言うね」
凪が爆笑しながら答えた。
「それはそうだよ。僕の勝手な想像だけど、いろいろと大変そうな気がする。基礎練習しないと声は客席までに届かないし、脚本も書かなきゃならないし、キャスティングは熾烈なオーディションだと思うよ?」
「そうだよね……」
「それだったら、ボク達も同じところがあるよね」
「例えば?」
「んー……コンクールメンバーのオーディションと基礎練習が同じかもしれない」
確かに、その通りだ。
吹奏楽も実力勝負の面がある。
1年生の時は経験の有無問わずに校庭を走らされたり、筋トレさせられたり……。
なんとか楽器を持たせてくれたとしても、あとは練習量かなと。
例え、経験があったとしても練習しなければ落とされるし、未経験者が頑張ってコンクールメンバーに入ったこともある人がいたから、演劇部と同じことが言えるのかなと思った。
「ところで、一通り落ち着いたらさ、みんなで茶道部に行かない?」
「せっかく浴衣や甚平を着てるんだしね」
「さすが、柚葉ちゃん!」
柚葉が話題を変えると、凪が食いついてきた。
「あれ? 白鳥達に言った?」
「ううん、まだ言ってない。あと少しで私たちは演奏の準備に入っちゃうから、秋桜寺くんから伝えてくれないかな?」
「分かった。伝えておく」
その時だった。
「あっ、みんな、きてくれたんだ!」
「「まひろ(ちゃん)!」」
「白鳥!」
まひろが私達のところに戻ってきた。
「やっと1回目が終わったよ……」
「「お疲れ様!」」
「まだ早いよ。あと、もう1回あるんだもん」
「そうだよね……。でも、面白かったよ!」
「本当?」
「本当だよ」
「今度は友梨奈達の番だねー。頑張ってね!」
「僕からも頑張れ!」
「「うん!」」
私達は聡達から離れ、演奏の準備のため、講堂から音楽室に向かった。
*
「「こんにちはー!」」
私達が音楽室に着くと、ティンパニとドラムセットがすでになくなっていた。
「大きい楽器はサブメンバーが準備してくれたから、あとは私達が移動だけだよー」
「みんなー、講堂内は音出しできないから、ここでしっかりウォーミングアップしてねー!」
「「ハイ!」」
私達はウォーミングアップと最終確認を行う。
その時、打楽器は手叩きで最終確認を行った。
「うん! 調子がよさそうでよかった。この調子で頑張ろう!」
「「ハイ!」」
*
私達はパートごとに並んで行動に向かっている。
それと同時に私は凄く緊張している。
最初は中等部の発表で、次に高等部の発表となる。
客席にはさっき、会った大野先輩達とまひろ達が揃って座っている。
松井くんは委員会の仕事が終わって駆けつけたのだろう。
和装姿の在校生に紛れて、進学希望の小学生や中学生が大勢集まっていた。
吹奏楽部の時間は中等部、高等部合わせて1時間。
よって、持ち時間は30分ずつとなる。
演奏はあっという間に終わってしまった。
客席から拍手が沸き起こり、壇上から降りている時に引き継ぐように高等部の吹奏楽部員が入ってくる。
*
あれから、まひろの2回目の発表が終わり、いろいろなところを見て回ったり、高等部の模擬店で食べ歩いたりして過ごしていた。
「茶道部、茶道部ー」
柚葉が今までの緊張した表情から一変して、上機嫌にスキップしながら校内を歩く。
「待ってー」
「柚葉ー、早いよー」
私達はあとから追いかける。
柚葉はすでに茶道部の部室の入口に着いていた。
立てかけられていた看板は「茶道部 和菓子と抹茶でまったりと! 1回300円」。
「あっ、荒川さん達だ! いらっしゃい!」
クラスメイトの青木さんが受付の担当をしていた。
「あゆみー、きちゃったよ!」
「同じクラスの人があまりこなかったから、誰も会えないんかなと不安になっちゃった」
「青木さん。あたし達、茶道やったことがないんだけど……」
凪が不安そうに言う。
「周りの人を見てれば大丈夫だよ。本格的なお茶会じゃないし、とにかく日本の「和」を知ってもらうことが目的だからね。みんなバラバラより、一緒がいいよね?」
「できれば一緒で……」
「ちょっと見てくるから待っててね」
青木さんは席を立ち、部屋の奥を覗く。
奥から「今度は何名?」と訊かれており、「7人」と答えている。
「厳しそうかな……」
「みんなで飲みたいのになぁ……」
数分経って、彼女が戻ってきた。
「席が空いてるから大丈夫だよ。裏でも何人かで準備してるから7人だったらOK」
「あゆみ、ありがとう!」
「どういたしまして。では、靴を脱いでどうぞ」
*
「「失礼します」」
その部屋に入ると、茶筅がシャカシャカと点てている音以外は無音の世界だ。
我が校の茶道部はまるで、本当にお茶会にきていると感じさせられるくらい本格的な茶道セット。
私達は数秒くらい、彼女らの動作に見とれてしまった。
私達が空いている席に適当に座ると、その部員がお盆を持って、「お菓子をどうぞ」と小さなお饅頭みたいなものが1人ずつ渡される。
「美味しそう」
早紀が小声で言うと、柚葉が人差し指を鼻の前に立て、まるで「静かに!」と言われているようだった。
彼女はそれを察し、頭を軽く下げる。
「「いただきます」」と静かに手を合わせて、爪楊枝を使って少しずつお饅頭を食べる。
全員、お饅頭を食べ終わったタイミングを見計らったように、点てたての抹茶が私達に振る舞われた。
えーっと……。
私は茶道についてはよく分からないから、柚葉の様子を見ながら、やってみよう。
右手でお茶碗を取って、左の手のひらのに置いて、右手で時計回りに廻す。
1口飲んで……まだお茶、残ってるよね!?
あっ、彼女は再びゆっくりと飲み始めると、私もつられてゆっくり飲む。
美味しい!
最初は抹茶が苦く感じたが、少しずつその味に慣れてきたのかもしれない。
凪達も柚葉の動きを真似しながらお茶を飲んでいる。
彼女はずずーと音を出し、それを飲み終えたらしく、親指で飲み口を軽く拭いた。
そして、先ほどとは反対に反時計回しで右手でお茶碗を廻し、最初の位置に戻した。
「お粗末様でした!」
「「ごちそうさまでした」」
私達が挨拶すると、受付から青木さんが顔を出していた。
「荒川さん、凄く上手! どこかで習ってたの?」
「うん。実は小さい頃、習わされてたんだ。茶道や華道とか」
「もうやらないの?」
「やりたいんだけどね。今は吹奏楽部の方で忙しくなってるから、なかなかできないんだよね。もうお点前の腕は落ちてると思うけど」
「そうなんだ。ごめんね、変なこと訊いちゃって」
「大丈夫だよ」
「きてくれてありがとう。また教室でね」
「うん」
私達は茶道部の部室から出る。
道理で柚葉はお茶を飲む時の動作はかなりスムーズだなぁと思っていた。
彼女は茶道の経験者だったんだ。
「木野さん、難しい顔をしてどうしたの?」
松井くんが私に問いかけられ、私は「いや」と答えるしかなかった。
「なんか、みんな、ごめんね」
柚葉が謝ってきた。
「ううん。いいんだよ」
「荒川のおかげでいい体験ができたよ」
「柚葉はさすがだよ」
早紀、聡、まひろが口々にこう話すと、彼女は少し照れくさそうに頭を掻いていた。
そして、数時間後……。
私達の中等部最後の学校祭が幕を下ろした。
また、高等部に上がっても、みんなで回りたいな……。
*
私が家に着いた時のことである。
どこかで見覚えがあるような、ないような……記憶が曖昧な男性が私の学習机の椅子に腰かけていた。
「友梨奈さん、お久しぶりですね?」
あれ?
私は彼によって記憶を消されたはずだったけど、少しずつ蘇ってきた。
「ジャスパー先生?」
私は彼の名前を呼ぶ。
「えぇ。今日まで、友梨奈さんのことを心配していましたが、もう大丈夫そうですね。笑顔が可愛いですよ?」
「そんなことを言わないでくださいよー」
「友梨奈さん、目を閉じてください」
「ハイ」
私はジャスパー先生に言われたとおり、目を閉じると……。
「チュッ」とキスをされたのであった。
私達は顔を真っ赤にして、お互いの視線を逸らす。
「すみません。これから友梨奈さんの人生が幸せであることを願っています」
「ジャスパー先生、ありがとうございました」
彼はふと笑みを浮かべ、私の記憶及び姿を消したのであった。