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 高く高く蹴り上げてのリフティングが三十回を超えるあたりになって、生首令嬢の心はぽっきり折れてくれました。


「ご、ごめんにゃひゃい……ぐすっ、もう。高い高いはやめて、ひっく、いい子に、するからぁ、もうひゃめてくらひゃい……!」


 生首ちゃんが何故か涙を流しながらあやまっていましたけれども、死んで生首だけになった彼女が顔面を何十度か切り上げられたくらいで簡単に心を折るわけがありませんから、心のこもってない謝罪なんて受け入れる気はありません。

 そしてそんな些細なことより、私は達成感に満ちていました。

 なにせ、こんな連続してリフティングができたのは初めてです。これはきっと、ボールと心を通じ合わせた成果ですね。素晴らしいです。


「……な、なによ。あなた、友達を足蹴にするなんて――」


 なにか文句でも? もう一回、ドリブルの練習から始めましょうか。私、生首ちゃんとならレギュラーを取れる気がします。


「ひっ。ご、ごめんなさいっ、その通りです……! わたしが全部悪いんです。だ、だか、低い低いも、ひゃめてくだひゃいぃ……!」


 うん。なかなかいい仕上がり具合です。リフティングとドリブルの成果がありましたね。やっぱり友達と心を通わせるのにサッカーは最適なようです。

 さて、お遊びもこれくらいにして、そろそろ行動を開始しましょうか。


「さっきの拷問がお遊びって……や、やっぱりなんでもないわ。それで、行動って、なに……?」


 逃げるんですよ。

 自分の生首を抱えた不審者が、いつまでもお天道様の下でうろうろしているわけにもいきませんからね。


「そ、そうね。わかったわ。でも、逃げるってどこに?」


 意外と立ち直りの早い生首ちゃんの質問を聞き流して、私は石畳の地面に目を走らせます。

 この国、下水の設備がちゃんとしているので、たぶん、ここらへんに……あ、ありました。それで、ここをこうすれば……お。やっぱり開きましたね。さすがに現代日本より、ずっとセキュリティが甘いです。それに、この身体、随分と力が強いですね。ゾンビだからでしょうか。これ、女の子が開けるには重いものだと思うんですけど、意外と簡単に開けました。リミッターとかが外れてるのかもしれませんね。


「え? こ、ここに入るの……?」


 ごそごそと準備をしている私の行動に生首ちゃんが疑問の声を上げました。いま私がパカッと開いたのは、日本でいうマンホールです。

 つまり逃亡先として私が選んだの、街の地下に張り巡らされている下水通路なのです。

 とりあえず隠れるのには、いいところだと思うんですよ。現代でも、国によってはホームレスな方々の巣窟と化している場所ですし、日の差さないあそこなら、いまのゾンビな私たちにはぴったりです。

 だから、嫌そうに顔をしかめる生首ちゃんとは対照的に、私は嬉々として下水道に降りていきます。大丈夫です。私は素手でゴキブリを掴んで投げても特に何も感じません。私が苦手なのは、幽霊全般のホラー関係だけです。ん? いまの私ですか。ゾンビはスプラッタに分類されるので平気です。スプラッタは大好物ですよ。


「うっ……! ひ、ひどい臭い……本当にこんなところに入るの?」


 大丈夫です、大丈夫です。

 首だけになっても律儀に呼吸はしているらしい生首ちゃんに、にこやかに保証します。

 だって私、嗅覚ありませんもん。


「ちょ!? あんた自分がいいからって、人の嫌がることをしようだなんて最低よ!」


 あなたがいいますか、それを。

 自覚のない生首ちゃんの発言にげんなりしてしまいます。残念な子だとは知っていましたが、こうして残念な子と会話をするのは疲れますね。


「な、なによその言い草は!」


 言っておきますけど、あなたの人生は他人に嫌がらせばかりしていた、最低なものでしたよ。とても多くの人間に迷惑をかけていました。確かに殺されていいほどの罪ではありませんでしたが、多くの恨みを買っていたんです。


「そ、そんなことは、ないわよっ。私、悪いことなんてしてないわ!」


 していました。たくさんしていました。

 善良に生きていた私とは正反対の生き方をした報いを受けたんですよ、生首ちゃんは。

 私の心のこもったお説教が効いたのか、不意に生首ちゃんは真顔になり、言います。


「ねえ。なんであなた、悪魔のくせに自分のことが善良だと思っているの?」


 誰ですか悪魔って。


「分かってるわよ、私。私がこうして首だけになっても意識があるのって、あなたが悪魔だからなんでしょう? なに? 一体何を狙っているのよ。私の魂? 確かに私の気高い魂がおいしそうなのは分かるけど、そう簡単に受け渡しはしないわよ!」


 ……なんですか、もう。

 自分のことを棚に上げて、ジト目でいわれのない憶測ぶつけて来た生首ちゃんの言葉には、温厚な私でもちょっぴり腹が立ちます。

 善良な人間を悪魔呼ばわりなんて、ひどいです。生首の川流れ事件を起こしちゃいますよ? 他人発見されたら大事件ですね。


「ひっ。な、なんでもするから下水に放り込むのはやめてぇ! 魂ぐらいちょっとぐらいかじらせてあげるからぁ!」


 あっさりと掌をくるりと裏返します。

 この街の汚れをかき集めたかのような汚水に放り込まれるのは嫌でしょう。やると言ったらやる私の性格を、生首ちゃんをちゃんと理解し始めてくれましたね。

 だから、やりますよ。


「あ、謝ったのになんでごぼgぼぼgぶgg」


 生首ちゃんがうるさかったので、一回沈めておきました。






「ごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生きていてごめんなさい死んだくせに死にきれなくてごめんなさい私なんてあのまま死ねばよかったんだごめんなさいごめんなさいごめんなさいこの世の中に立てない私でごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 生首令嬢がぶつぶつと念仏のように懺悔を繰り返しています。

 どうしたのでしょうか。こんなにも簡単に謝るなんて、プライドの高い生首ちゃんらしくもありません。

 首を落とされてもなお喚き散らすだけの元気にあふれていた生首ちゃんが、首だけになってリフティングをされてもまだまだ心を折らなかった生首ちゃんが、ここまで虚ろな目になった理由は私には皆目見当が付きません。

 なにか、よっぽどひどい目にあったのでしょうか。髪もずぶ濡れで、顔面にはよくわからないどろどろした物体がへばりついています。生首ちゃんは生首ちゃんであり生首ちゃんでしかないので、自分の顔をぬぐえるような胴体はありません。名状しがたい汚れは全て顔面にへばりついたままです。

 かわいそうに。


「はい。そうです。かわいそうです。かわいそうなのは私と関わりあいになってしまった人々です。お父様お母様ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


 この反応はつまんないです。もうちょっと反骨心が欲しいですね。

 さて、しかしこれからどうしましょうかね。とりあえず、まずは見た目を人間らしく取り繕わないことには話になりません。首の断面を加工して、取り外しができるようにするために、口の堅い職人さんと伝手を作らなければいけませんね。

 あと、防腐処理がいるかどうか……まあ、骨だけになったスケルトンとしてやっていけるかどうか試すのもいいんですけどね。人間らしい生活ができるように努力はしたいんですよ。心は人間なつもりなので。


「……」


 おや。どうしたんですか、生首ちゃん。

 とつぜん黙り込んだ生首ちゃんが壊れていないかどうか不安になって、ぽんぽんと抱えた頭を二回たたきます。

 やっと正気を取り戻しましたか? まさか、こんあ早く壊れてないですよね?


「……いえね、いまさら悪魔のようなあなたが何をしようが文句はつけないけどね」


 私から、すっと目をそらした生首ちゃんが、遠い目をして呟きます。


「これから目を付けられる、どこぞの職人に同情してるのよ」


 へー。

 私は口も喉もないからいらないですけど、しばらくの食事がそこら辺の虫とネズミで、飲み水を下水ですませようなんて、エコですね、生首ちゃん!


「ごめんなさいごめんなさい申し訳ありませんでしたぁ!」


 決定事項に対してなぜか謝罪を口にした生首ちゃんの心は意外に頑丈みたいで、私は胸の中でくすりとほほ笑みます。

 生首ちゃんが相棒なら、これからの人生はなかなか楽しめそうです。少なくとも、にぎやかしにぴったりな生首ちゃんが傍にいる限り、退屈はしませんね。


「もうやだぁ……なんでこんなのが胴体なのよ……成仏したいよぉ……」


 私の喜びの思念が伝わったのか、生首ちゃんも泣いて喜んでくれました。

・職人さん

罪のない人。

生首ちゃんの次ぐらいにかわいそうな人。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前話で「ガタガタうるせぇな。髪引っ掴んで壁に叩きつけちゃえ」とか思っていた俺氏。 朗らかにサッカーの業前を披露する胴氏に感服する。
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