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こりずに新作。

さっさと完結させます。

 果たして、これは転生といっていいものなのでしょうか。

 飛んで行って地面に転がっていた自分の頭をよっこいしょと持ち上げながら、私はしみじみとそんなことを思いました。

 おはようございます、新世界。前世で死んでから、久しぶりに目が覚めました。目が覚めたくせに目がついておりません。口もなければ鼻もなく、耳もありません。ていうか、そもそも首が私から離れています。


 首を切り落とされて胴体だけになった私は、誰がどこからどう見ても死んでいます。


 だというのに、胴体な私は意思を持って動いています。

 処刑台には私の首をちょんぱしたくせに恐怖で震えているチキンな処刑人の方がおり、周りには私の処刑風景をそれはもう楽しそうに眺めていたくせにその結果に絶句した衆愚――もとい、民衆の方々が居並んでいます。

 そう。今さっきここでは、私の処刑ショーが開催されて、無事に終了したのです。

 今世、貴族の令嬢として生まれ育った私は、身分を笠にきた悪事の数々を告発され、婚約者の王子様から婚約破棄を叩きつけられた挙句に裁判にかけられてギロチンで首を飛ばされました。

 そうしたら、殺されたショックで私の意識が蘇ったのです。

 殺されたショックって何さと言われたら困るのですが、そうとしか言いようがないのが現状です。そっとつつましやかな自分の胸に触れてみましたが、心臓は明らかに止まってました。どう考えても、この体は死んでいます。そして何となく落ちていた自分の頭を拾いましたが、首から上の感覚はまるでありません。聴覚と視覚はこの離れた生首によるものではなく、何かよくわからない原理が働いている模様です。

 なんというか、手遅れにもほどがありますよね。首のなくなったこの状態で、何をしろというのでしょうか? 自分の頭でサッカーでもしろと? すごく楽しそうですね。この世界でもチームメイトができたら、やってみようと思います。

 そんな楽しそうな遊びを思い付きつつも、私は拾った生首の汚れをぱんぱんと手で払い落していきます。

 血は、思ったよりも出ていません。もう止まっているようです。こうして自分の生首を手に持っているシュールな状態は、まるでデュラハンみたいです。別に私、騎士でもなんでもなかったから、ただのゾンビだとは思うんですけどね。

 今世の私は、死ぬ寸前までぎゃーぎゃー泣きわめいていたので、この世に未練はたらたらだったとは思いますけど、死んだ後に私が目を覚ましたのはそれも関係あるのでしょうか。前世では善良な一生を送り心安らかに病死した私をたたき起こすなんて、はた迷惑なことこの上ないんですが。

 しかし、まあ自分のことながら不甲斐ない事この上ないです。

 前世では、大手新聞会社の記者として五年活動してからフリーに転向し、それからは企業や政治家の弱みを握ってはご厚意による寄付をもらって生活していた私の魂とは思えないくらい、お粗末な性格をしていましたからね、この生首は。

 まったく悲しくなります。人間関係は、人の弱みに付け込んでから。まずは自分に逆らえないようにウィークポイントを握り、そこからお金なり情報なり人脈なりを引き出し、なおかつ恨みを買わない程度にとどめておく。そんなコミュニケーションの基本すら知らなかった、無知なお嬢さんだったんです。嘆かわしい。


 だから浮気をされた挙句、浮気相手と婚約者に共謀されて陥れられたりするんですよ。


 私は持ち上げた自分の頭をしげじげと観察します。

 美人な子です。告発されてから処刑に至るまでの心労で少しばかりやつれていますが、それまでは何の苦労もなくわがまま放題に育ったお嬢様です。せいぜい近世のちょっと手前程度の文明のこの国では、とても幸運な生まれと育ちをした子でした。

 ご覧通り、もう死んじゃいましたけど。

 同情はありません。この世界の私は自分勝手で自覚もなくあくどい事もしていましたし、殺されたのは自分の不手際でしょう。死ぬほどの罪は犯していなくても、頭の悪さをつけこまれて殺されるくらいには残念な子だったいうだけのことで、この子、おバカさんだったなと思う次第です。

 それにしてもひどい顔になっていますね。涙と鼻水が垂れ流しで、唯一の美点である美人さんが台無し――


「……うるさいわよ」


 しみじみ自分の生首を見ていたら、生首がなんかしゃべりだしました。

 目の前で動いた口に絶句してしまいます。私は何にもしゃべってないです。ていうか私、口がないのでしゃべれません。生首が勝手にしゃべりました。この生首、自律してます。なにこれホラーですか? 私、スプラッタは平気でもお化け系統の怪談は苦手なんですけど、この生首、なんで生首だけのくせに話せるんですか。いや、胴体だけの私の存在もだいぶ不思議だとは思うんですけど、首だけで音声を発せられる存在はもっと不思議だと思うんです。


「うるさいって言ってるのよっ。なによなによ何なのよ。誰も彼も、私のことをバカにして……!」


 口を利き始めた生首に、おそるおそる遠巻きにしていた周囲の人たちは、明確に怯え始めます。

 私は私で眼前で口を動かす生首ちゃんに慄いていますと、彼女は声高らかに宣言します。


「よくもよくもよくもやってくれたわね。今から全員を呪ってやるわっ。私を嵌めたやつらも、私を殺したあんたも、それを笑って眺めていたあんたらも! 全員呪い殺してやるわっ。あははは覚悟しなさもがぁ!?」


 生首の口をふさいで、その場から逃げだしました。







 意外と簡単に逃げきれました。

 まあ、自分の生首を抱えた首なしゾンビが走ってきたら、大概の人は道を開けてくれますからね。怖いですもんね。わかります。

 そうして海を割ったモーゼのごとく悠々と人だかりから脱出した私は、人気のない路地裏を歩いていました。

 うーん、これからどうしましょう。

 私も冷静でいるようで、転生したなんていう事実に混乱しているのでしょう。これから生きる指針がなかなか定まりません。前世では生き方に悩んだことなんてほとんどなかったのですが、奇想天外なことが続けざまに起こりすぎて、さすがの私でも処理しきれていなかったようです。現状確認すらままならない状態です。

 悲しいことに、この世界はファンタジーではありません。私の、というか今世の私の知識と私の見識を合わせた結果、この世界でも魔法は科学の前段階か迷信の総称です。

 つまり、首のない人間を受け入れてくれる先は思い付きません。実家も無理でしょう。残念ながら首と胴体が分離した娘を受け入れてくれるほど家族愛にあふれている家ではありませんでした。

 それになによりも大きな問題が一つあります。


「戻りなさいっ、あの場所に戻りなさいよ! あんた、私の身体でしょう!」


 この生首ちゃんが、超うるさいです。


「なによ生首ちゃんって! 私の胴体のくせに生意気よっ。いいからさっきの場所に戻りなさいよっ。あの場にいて、私のことを笑った愚図共は、一人残らず呪い殺してるのよぉ!」


 やめてくださいよ。ただでさえ見るからに不審者になってしまったのに、そんなわかりやすい現行犯で罪を重ねたくなんてありません。

 ……ちなみに、呪いの方法とか知ってるのでしょうか。そうしたら、体のない生首ちゃんもなにかの役に立てると思うんですよ。


「知らないわよっ、そんなの!」


 あっという間に生首ちゃんが行き当たりばったりで何も考えてないことが判明しました。


「でもこんなことになったんだから、きっとできるでしょう! ふ、ふふふふっ、あたしは、未練と恨みで化けて出たのよ! 死さえも退けたこの恨み言をぶつければ相手は死ぬわよ!」


 はいはい、小学生みたいなこといわないでくださいね、十六歳。聞いていて悲しくなります。頭しかないのにその中身が空っぽだったら、何も残らないじゃないですか。

 とりあえず、生首ちゃんはただのわめくだけが能な生首ちゃんだということが判明しました。にぎやかしにぴったりな人材だと思います。人間、誰しもいいところがありますね。


「なによ、その言い草はっ。だいたいあんたはなんなのよっ。私の身体だっていうのになんで私の言うことを聞かないのよ!」


 心が広くて気の長い私でも、わめきちらす生首ちゃんには、ちょっと辟易してしまいます。今は私の身体なので、生首ちゃんの言うことなんて聞く気はありませんよ。


「なんですってぇええええ! 生意気よっ、生意気よ! 胴体のくせに生意気よぉ!」


 ふむ。

 どうやら生首ちゃんには口の利けない私の思念が伝わってくれているようです。私には生首ちゃんの考えていることは伝わってこないので、やや不公平にも感じますが、しゃべれなくなった今の私にとってはありがたい機能です。


「ふんっ。頭と胴体。どっちが偉いかなんて、考えればすぐわかるでしょうに。それを思い知ったなら、私の言うことを聞きなさい!」


 まあ、生首ちゃんはこんな感じで思ったことがそのまま口にでる子なので、必要ないといったら必要なさそうですけど。

 しかし生首ちゃんたら、私の頭とも思えないくらい残念な頭をしていますけれども、どうしてくれましょうか。これからこの子と一緒にいなければいけないと考えると、途方に暮れそうになるのですが。

 いや、捨ててもいいんですけど、そしたら私、ずっと頭のない状態になっちゃうんですよね。頭のない人生はちょっと不便すぎます。首の断面を改造すれば、ちゃんと嵌められるようにできると思うんですよね。だから、ここで手放すのは時期尚早です。

 だから生首ちゃん。今は大人しくして私の行動に付き合ってくれませんか?


「うるさいわねっ、みんな呪われればいいのよ! 死んじゃえ、死んじゃえ、私を殺したやつも、私が死ぬのを笑って眺めたやつも、私を嵌めたあいつらも、みんなみぃーんな死んじゃぇええええ!」


 涙を目に溜めて、歯を食いしばって、生首だけになった彼女は激情を吐き出します。殺された慟哭。裏切られた悲哀。渦巻く感情を詰め込んで吐き出された声は路地裏に響きます。そんな悲痛な声を聴いて、私は思いました。

 生首ちゃん、マジでうるさいですね。衛兵さんが来たらどう責任とってくれるんでしょうか。


「なによっ。あんたなんかには、私の気持ちなんてわからないよっ。周り全部に裏切られたことがあるの!? 好きだった人に嘲笑されたことがあるの!? 両親に見捨てられたことがあるの!? 理不尽に殺されたことがあるっていうの!? ないなら黙ってなさいよっ!」


 はいはい、おーけーです、生首令嬢。

 まだまだ十六歳ごときで、一回死んだことがある経験を振りかざして人生の苦難を知った気になっている生首ちゃんに、ひとつ提案があります。


「なによ、胴体」


 ぎろりとにらんできますが、生首ちゃんの頭の中並に重みがないので、まったく迫力が足りませんよ。

 今からサッカーしましょう。

 もちろん、私の友達はあなたです。


「は? なによ、胴体のくせに友達面とか気持ち悪いわね。そもそもさっかーってきゃああああああああ!?」


 たーまやー。

 ぽーんと高く蹴りあがった生首令嬢を見上げましたが、残念なことにきれいにぱあんと弾けたりはしませんでした。汚ねえ花火だな、って一回言ってみたかったんですけどね。

 高く上がって落下してきた生首を、胸元で受け止めます。

 で、ご感想はどうです?


「あああああ、あんたいきなり何を」


 まだまだ元気ですねー。じゃー、もう一回ですねー。


「ぎゃあああああああああ!?」


 いい感じに蹴りあがりますねー。どうせなら、このままリフティングでもしましょうかー。私、これでも学生の時は女子サッカーやってたんですよー。……万年補欠でしたけど。

 いーち、にーい、さーん。

 おお、重さのバランスがおかしい割に、意外と続きますね。


「ひいいいいいいいいいいいいい! や、やめてぇえええええ! 謝る、あやまるからぁあああああ!」


 いえいえー。とっても楽しくなってきたので、落とすまで続けますよー。はい、ごー、ろーく、しーち。


・生首ちゃん

 特に自覚なく悪徳を重ねていた子。悪いことを悪いとも思えない無知さだったけど、処刑されるほどのことはしでかしてなかった。

 死んでからのほうがかわいそうな子。


・胴体

 天然の邪悪。

 ごく自然に悪徳を重ねる思考は生首ちゃんに受け継がれているものの、その手腕が桁違い。

 前世の前世は、たぶん悪魔か邪神のたぐい。

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[良い点] 〉天然の邪悪 素晴らしい!! 〉コミュニケーションの基本すら知らなかった コミュニケーションのプロは違う(訳・俺の知ってるコミュニケーションと違うw)
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