表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

遊郭の亡霊

作者: うつつ

色々な幽霊を見てきた私の体験談のうち、初めて「皆と一緒に幽霊をみた」話を書き語りたいと思う。良かったら付き合って下さい。


この話は私が小学校2年生の夏休みに入る前の事だったと思う。


朝。いつものように学校に来てみると

教室の中が騒がしかった。


目の前の友達をつかまえて「どうしたの?」と聞くと「幽霊が出たのだ」という。

それも学校のすぐ側。


その幽霊は真っ白な着物で長い髪を垂らしている、のだという。

「なぁんだ。ドラえもんで読むような、三角頭巾で「うらめしや~、べー」ってやる奴だろ」と言ったら、見たという友達は真顔で「お前、ぶん殴るぞ!」と怒り出した。

もう一つの騒ぎを作ってしまったところへ「まぁまぁ」と出木杉くんみたいなデキる優等生が仲裁に入ってきて「本当なら皆で見に行けばいいよ。嘘か本当か分かるから」


そこで朝の朝礼のチャイムが鳴ったのでこの話は一旦終わった。


そして昼。

給食の後、幽霊に興味持った友達たちが集まって、いつの間にか“その幽霊を見に行こう”という話になっていた。


「見にいくのは良いけど、襲ってきたらどうしよう?」「怖くないかな」と、見に行った時の作戦に私も加わった。


なかでも「幽霊に襲われたらどうしよう」というところに話集まった。

「襲われる」というのは、当時の子供たちにとっては「野犬に追いかけられる。時には襲われる」というのが身近だったので“何かに襲われる”恐ろしさへの想像力は今の子供の比ではないと思う。

皆の顔は切実なものであった。が何分“誰も実際に幽霊に襲われたことがない”ので、子供たちの気分のままいつの間にかその話はまとまらないまま流れていった。


“幽霊を見る事ができる”私からも「かくかくじかじか」アドバイスをいくつか出した。

「幽霊をみても指さしたりしたらダメだよ」「怖いと思ったら逃げるんだ」とか、今思えば可愛いものである。

それでも、友達たちは「うんうん」素直に話聞いてくれてた。


幽霊を見にいく“決行”は、次の日の下校後と決まった。


待ちにじれた、翌日の下校後。

皆が集まって・・・あれ?何人かが来てない。

「行くぞ!」って話には十人以上はいたはずだけど。実際ここに来てるのはたった4人だけ。


「あいつら、恐いからってやめちゃった」と。

「そんな弱虫は明日ぶんなぐってやることにしよう」ということにして、残ったメンバーで「幽霊をやっつけるぞ!」と鼻息荒くして出発した。とは言っても、学校の裏門からたったの1分(!)


一階がラーメン屋で。その二階に当時としても古いアパートがあり、そこの部屋に幽霊が出るという話である。


私が皆に「昨日話ししたもの持ってきた?」と聞いたら、もちろんだ!とばかりに皆が差し出した手には「お守り袋」「塩」が握られていた。


「じゃ、大丈夫だ!」

だけど・・・もし襲ってきたら最後はこれだ!と、家の仏壇から黙って拝借してきた「振り仮名付のお経」を皆に見せたら、すごく盛り上がった。


幽霊アパートの入り口の前でこんな騒ぎをしばらく続けていた。


威勢だけはいいがなんということはない。

結局、皆も恐いのである。


そうしているうち。


「幽霊が出るんだ、本当だぞ!」と

言い出した友達から先にアパートに入る事となった。


ラーメン屋の裏側にそのアパートへの入り口がある。

軋む木製のドアを開けたら、旧い建物のツーンとカビのすえたような臭いが鼻穴中に入ってきた・・・外は立っているだけで汗がにじむような暑さだというのに、そこの中は冷え切っていて心なしがブルッと身震いしてしまった。


ドアの先は一枚板の階段でこれもかなり古く、板の縁が長年の昇り降りですり減っていた。

それを尚も昇る私たち子供の体重にも“板木がミリミリ”呻いた。


「いったい、どれくらい前から建っているんだろう」

そんなことを考えながら階段を上がりきったそこには、薄暗い廊下が向こうまで伸びていて両側に住居人部屋のドアが立ち並んでる風景が細くみえた。

浸みだらけの天井には裸電球が何個かぶら下がっていて、それは寂れた弱々しい明かりを点しているばかりだった。


「で、幽霊の出る部屋ってどこ?」

「ばか、シッ!そこだよ」


幽霊の出る部屋というのは、何と

階段を上がりきった所の右側だというではないか。


「どうやってみる。ドアを開けるの」

「この穴から見えるんだよ」


その穴、というのは。今ではほとんど見られなくなった真鍮のドアノブの下に黒く空けられている鍵穴がついているタイプだった。


その鍵穴から部屋の中を見てみろ、というのだ。

「本当?」と怪しんだものの、他の方法は見つからない。


先ほどの「幽霊が出る!」といった友達が最初にカギ穴を覗きこみ始めた。と、直ぐに「あ!」と小声を漏らしたきり、固まった顔つきのまま次の人にカギ穴を譲った。

次のそいつも穴を覗いた途端、ビグっとなって次の人に譲った。

その次の人というのが私だった。鍵穴の中をみてみ・・・そこで私も声を出してしまいそうになった。


いた!幽霊が。


覗き込んだ鍵穴の位置からみて。それは真正面に背中を向け。曇りガラスの窓と鏡台に向かって座っていたのである。


何故、即座に幽霊だと分かったのかというと。

幽霊と人とでは、それの見える感じが違うのである。


幽霊をみる、ということは「二通りの見方」があって。

一つは“感覚の眼”でみる。これは説明がとても難しい。が、強いて言うなら「気体の固まり」がみえる、という奴である。これは思い込みでそう見える場合もあるので“ふるい分け”が必要。

もう一つのこれは“直接”見える。裸視で普通の風景や人と同じように形が視て捉えられる。これはかなり強力な霊体で、いわゆる「幽霊を見た事もない」という人でも見えてしまうほど強いものである。


今まで。その幽霊を見るまでは「私一人だけがみえる」ものであった。が

この幽霊が生まれて初めて「皆と一緒にみた幽霊」となった。


話を戻そう。

恐い中。必死になって幽霊を観察した。


あわてて、何でも本物の幽霊だとするのはよくない。

幽霊じゃないとしたらの場合を考えてみる。

「映画のポスター」が部屋に貼られている可能性。

もしくは「マネキン」が置かれていた可能性。

眺めている限り、少なくともこの二つではないと思った。


今でも鮮やかに、その情景は蘇える。

記憶のままに、その風景を振り返ってみよう。


鍵穴から眺めた限りでは4.5畳ほどの広さの殺風景な和室で、部屋の中には着物が吊るしてあって真っ白な艶めかしい裸体の後ろ姿を出した女の人が鏡台に向かって正座していたのである。

どんな顔表情か、までは後ろ姿に阻まれて全く見えなかった。

部屋はそれ以外のものは全く見当たらず、わずかに“電傘”という、ガラスのお椀に電球をぶら下げた、粗末な電灯だけが天井からぶら下がるばかり。


旧いアパート部屋に不相応な吊るし着物。

そして不自然な光景にも気づいた。ただでさえ薄暗い部屋の曇りガラスを通して入ってくる、少ない明かりからも逆の位置にある背中後ろの髪の毛がきれいに切り揃えられているのが不自然なまでに克明に浮かび上がって見える。

幽霊をみるとき。光の加減は関係ない。そのもの全体が見えるのだ。


最初から“幽霊だ”と意識ししながら目撃し観察したのも

これが産まれて初めての事だった。


もっと観察を続けたかったが。

「おい、いつまで見てるんだよ」と次の友達に腕を引っ張られて、私の観察はそこで終わった。


どうだった?と聞く友達たちに「本物だよ。こんなのは初めてだ」と、今まで「沢山の幽霊を見てきた経験」から、静かな声で「本物」とうなづいた。

と、その時。友達が「ギャアア!」と大声出したので、それまでギリギリ恐いのを踏ん張っていた私たちも「逃げろ!」と階段をドドドと降りて、その幽霊アパートから一目散に逃げた。


もう無我夢中!

皆で学校の校庭まで走って逃げ戻った。


校庭のそこには放課後の校庭遊びしている他の子たちの姿が見えたので、心なしか「ほっ」と安心感がでてきた。

ひと息ついた頃。

皆で、声を出した友達に「何で声出すんだよ!」と聞き出した。


「本当に怖かったんだ!」と、重ねていう友達が言うには。私から変わったあと。その幽霊がドアを振り向いて立ち上がり、向かってきたって。

その顔はぐちゃぐちゃで怖かった!とも言っていた。


そこでまた、皆で「ぎゃあああ!」と騒いでしまった。

それでこの話は終わりである。


だけど、何故?

この出来事を思い出す度に

「着物と白い肌、きれいに切り揃えられた髪の毛」というのが不思議でならなかった。

そして、ぐちゃぐちゃの顔。


年月は遥かに流れ。

あれから30年は経った頃。何気に、その育った場所の歴史を調べてみた。

・・・そうしたら、驚くべきことが分かった。

その一帯は江戸時代から昭和33年まで“遊郭”があった場所であったのだ。

病気になったりした遊女を投げ込んだお寺も、近隣に今尚存在している事が分かった。

道理で!その一帯、いつも通るたびに何となく陰湿な気配がして背筋がゾクゾクしていた訳だ。


更にこの数日前。

この幽霊話を書くため妻に話していて新しく思い出した事があった。

その付近に住んでいる近所のおばさんから「この悪ガキ!悪い事すると“鼻もげ”がやってくるよ!」と脅かされた話。

「その話も思い出したよ」と妻に話した。


看護師をしている妻はその話にピン、と閃いて次のように話してくれた。

「その“鼻もげ”は遊郭の辺りに出てくる、と言っていたの?そしたら、それは「性病で梅毒にかかった人」の死ぬ間際の様子だよ、と。


いやあ、こんな事もあるんですねえ。小さい時はただ「見た!」という、もの恐さと興奮だけでしたが。年月経った後に“その意味”を知るだなんて、夢想だにしませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ