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第2章――1

 文化祭を終えてからというものの、俊と桜庭の間には、気まずい雰囲気の空気が流れていた。お互いを敬遠しあったり、無視したりということはないのだが、今まで通り普通に接しているときも、遠慮というかどこかぎこちなさを感じていた。話をするときも二人が顔を合わせることはあまりない。時折目が合ってしまえば、必ずと言っていいほどどちらかが目を逸らす。そんなぎこちない日々が続いていた。

 桜庭だけでなく、春樹とも微妙な関係だった。俊が桜庭の告白を断って、二人が何日か口を利かない日が続いた。しかし、そんな硬直状態も長くは続かなかった。

「俊が決めたことで、俺がむきになるのも変なことだよな」

 と春樹は笑いながら言った。二人の会話に、桜庭が話題に挙がったときのことだった。

 俊は適当にうそを並べて、断った理由を話した。告白できない本当の理由は、天使の掟についてだが、それは伏せておいた。それなりのうそを並べて言ったおかげか、春樹は疑った様子は全く見せず渋々ながらも納得した。

 その後、俊と春樹の間に気まずい空気が流れることはなかった。そこはさすが親友といったところか。

 それから数日後、春樹から、藤崎と付き合っているということを聞かされた。格別驚いたことではなかった。文化祭の頃から、そんな感じがしていたからだ。俊と桜庭のように、二人もよく休み時間や放課後を共にしていた。楽しそうに話で盛り上がっていたり、一緒に昼食を食べていたりと、そんな光景を目にするたびに、俊はどこか孤独感を覚えてしまうときがあった。ただ友達として一緒にいることが多いのだろうか、と思ったときもあったが、それが違うと確信したのは、文化祭の準備をしているときだった。

 春樹と藤崎が揃って顔を出したとき、二人は冗談を交えながら楽しそうに話をしていた。そんな様子を、桜庭はことも楽しげに眺めていた。おそらく桜庭は二人が付き合っていることを知っていたのだろう。そのとき、俊は思ったのだ。二人は友達以上の関係がある、と。

 二人が交際をスタートさせたのは、夏休みが明けてすぐのことだったようだ。俊が確信を得たときには、二人は既に付き合っていたことになる。春樹から告白したようだ。今まで俊に付き合っているということを明かさなかったのは、俊へ対しての気遣いだった。そのときから、春樹は俊が桜庭に想いを寄せていることを察していたらしく、自分たちが付き合っていることを明かしたら、俊にプレッシャーを感じさせるかもしれないということだった。

 だが、俊が桜庭をふって隠す必要性もなくなった。春樹は包み隠さず全て俊に話したのだった。彼は親友への隠し事はできるだけ避けたいらしかった。

 文化祭実行委員の仕事は、文化祭を終えた時期から特に目立った仕事はなくなった。クラスで出た意見や感想などをまとめ、生徒会に提出するくらいだった。それが文化祭実行委員として最後の仕事だった。

 十一月になってすぐのときだった。俊が廊下を歩いていると、教室の中から春樹が声をかけてきた。俊は立ち止まり、春樹は足早に俊のところへとやって来た。

「どうした?」

「俊にはもう関係ないことなんだろうけど、一応言っておこうと思って」

「一応……俺には関係ないってどうして?」

「俊は桜庭をふった人間だからさ」

「なるほど。というと、桜庭に関わることなのか?」

「まあ、そうだな」

 春樹は一旦口を閉じ、辺りを気にし首を左右に捻ると、改めて俊のほうに顔を向けた。そして声のトーンを落として言った。

「瓜生がとうとうやった」

 俊は以前春樹から聞いた話を思い出した。瓜生が桜庭に告白するかもしれないという話だ。

「それで、結果は?」

「さっき瓜生から聞いたんだけど、上手くいったってさ」

「そう……」

 俊は何事もないような顔を装った。だが、心は締め付けられるように苦しかった。まだ桜場への想いを拭い去れずにいる証拠だ。

 それは不安となって胸に広がりつつあった。桜庭が誰かと付き合えば、それをきっかけに彼女のことを諦められるかもしれないと思っていたが、果たして本当に諦めることができるのだろうか。

「あのとき、桜庭の告白を断った罰だな」

 俊は苦笑するしかなかった。胸が苦しいのも、自分が招いた結果だ。

「そうだな。俺は陰ながら桜庭を応援するよ。桜庭が笑顔でいられるなら……それが俺の罪滅ぼしのような気がするし」

「なんで俊はいつもそうなんだ。なにかと自分のことは後回しにする。桜庭のことがまだ気になるなら、本当の想いを伝えればいいじゃないか。どうして素直にならないんだ」

 春樹の声には少し苛立ちが含まれていた。素直になってはいけないんだ、と俊は心の中で反論した。それはもはや、自らの気持ちを束縛するための呪文となっている。

「それが一番いいんだ。結局、失うものなんだから」

「どういうことだ」

 春樹は眉間に皺を寄せ、少し不安な顔色を浮かべた。俊が沈んだ顔で言ったからかもしれない。

「まあ、いつか話すよ。それより、二人は上手くいってるのか?」

「俺と千春のこと?」

 俊はこくりと頷いた。

「ああ、上手くいってる。今度の日曜も二人で出かける予定だし」

 春樹は満面の笑みを浮かべた。

「なあ、やっぱり、さっきのこと話してくれよ。気になるからさ」

「また……」

 今度な、と言おうとしたが、ふと藤崎の姿が飛び込んできて俊は口を噤んだ。彼女は左右で結った髪を揺らしながら、昼食のパンを三つとペットボトルを二つ抱え、二人のほうに歩み寄ってくるところだった。

「ほら、彼女のお見えだぞ」

 俊は笑いながら、顎で春樹の後方を示した。春樹は振り返り藤崎の姿を確認すると、俊のほうに向き直った。

「二人だけのときに話すよ」

 そうは言ったが、春樹に話すつもりはない。

「甲斐谷くんも一緒に昼食どう?」

「いや、俺はいいよ。これを職員室に届けないといけないし」

 俊はどっさりと抱えた国語のノートに目を落とした。授業が終わってから、職員室まで持ってくるように国語の教師に頼まれていたのだ。

「お二人でごゆっくり」

 俊は二人に背を向けると、歩き出した。

 俊は歩きながら考えた。後一年余りで、楽園に帰らなければいけないということは、桜庭だけでなく春樹や藤崎とも別れなければならないということだ。それもまた覚悟しておかなければならない。

 三年間で築き上げた友達との関係もそこで終わるのだ。楽園に戻ってしまえば、もう下界に来ることはないだろう。たとえ来ることになったとしても、何年先になるかわからない。

あまり期待してはいけない。深く下界の世界に踏み込んではいけない、と俊は自分に言い聞かせた。最後に後悔するのは自分だ。迷いが生じて、楽園に戻るのを躊躇ってしまうかもしれない。

 それならば、いっそ天使などやめて時子のように人間として暮らそうかと思った。それはそれでなかなか面白そうだ。

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