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氷の皇帝

 お互いの満足がいくまで絶品スイーツを堪能し(もちろん、私は一皿だけだ。それ以上は明日以降の減量計画に支障が出てしまう。)、そろそろ帰ろうかという頃合い、私たちはやっかいな珍客に捕まってしまった。


 まず、私の向かいに座るのは、「山の麓ホテル」のオーナーであるハンスさんだ。山の麓ホテルはミザル・ブルクと同じくらい古くからある宿屋で、ちょっとしたライバルのような関係だ。とはいえ、ハンスさんと父さんとは幼馴染であり、父さんが死んで母さんが宿を切盛りするようになってからも何かと気にかけてくれていた。


 問題は、リゲルの向かいに座る冒険者の方だ。漆黒の髪に、冷たい切れ長の瞳。全身にまとう研ぎ澄まされた刃物のような鋭さから、「氷の皇帝」との異名を持つその人は、王国第三王子ゼノ様だ。


 ゼノ様は非常に武術に秀でた方で、異例の若さで王国軍司令へ就任された若き天才軍師だ。辺境のモンスターの討伐や賊による混乱の平定など、上げた武勲は数知れず、政治を担っている上の二人の王子からの信頼も相当厚いときく。


 その天才軍師がなぜミザルの町にいるのかというと、実はゼノ様も冒険者なのだ。とはいっても、ミザルに来られるのは頻繁なことではない。魔物が活発になる季節の変わり目やモンスターの繁殖期のみ、気の置けない仲間や側近と共に遠征に出られるくらいである。


 それにしても、間近でゼノ様を見るのは初めてだ。さすがの王子様とあって、遠征の時以外に町に来られることはないし、いたとしてもいつも四方を側近に囲まれている。だから、まさか近所の飲み屋にふらっと、それも宿の主人と二人で現れるなど思わなかった。


 その、宿の主人はというと。


「あーぁ、いいよな、ちくしょう。ミザル・ブルクは今日も大繁盛、王国屈指の選抜ギルドにごひいきいただいて、これで未来永劫安泰だ」


 絶賛酔いつぶれていた。


 席に座った時は素面だったくせに、いつの間にそんなに飲んだというのか。顔を真っ赤にしてくだを巻くハンスさんに、私は溜息をついた。


「何言っているのよ、ハンスさん。山の麓ホテルだって、いつもお客さんがいっぱいじゃない。うちとそっちは一番のライバル、そうでしょ?」

「ああ!そうじゃない!! うちもミアちゃんみたいな可愛い娘が欲しい!! くそぅ、 アルノルトのやつ、うらやましんだよこんちくしょう!! 」


 だめだ、こりゃ。父さんの名前を呼びながら、机をばんばんと叩くハンスさんを、私たちは丁重に無視することにした。


「で、わざわざ同席までして、何か用すか? 用がないなら、帰りたいんだけど」

「ちょ、ちょっとリゲル……」


 ゼノ様に向かって暴言を吐いたリゲルの袖を、慌てて私は引っ張った。案の定、もともと冷たかった氷の皇帝の目線がさらに冷え切ってしまったではないか。


 ゼノ様は何かを見極めようとするように目を細めると、リゲルをじっと見据えた。


「用というほどのものはない。ただ、“王に選ばれしギルド”の冒険者が、どんな顔をした男なのか興味があっただけだ」

「へぇ、それで満足できました? 見世物としては、“一国の王子”の方がよほど希少価値が高い気がしますけど?」


 アウト。すかさず、リゲルの後頭部に強烈なチョップをお見舞いする。


「いって! 何すんだよ、暴力女!」

「おだまりなさい馬鹿猿。エーアガイツ団は王立ギルド、つまりあんたの究極の上司は王様なの。その上司の息子に何言っちゃってんのよ」

「しらねーよ! こいつがじろじろ値踏みしてくんだよ! 」

「だから、ゆ・び・を・さ・す・な」


 私たちがぎゃあぎゃあ言い争っていると、くすりと笑う声がした。驚いて声のした方をみると、ゼノ様が薄く笑っていた。リゲルがじろりと睨む。


「何か言いたいなら、口で言えよ」

「失礼……。駆け出しとは聞いていたが、まるで子供だと思ってな」


 なんだと、と気色ばんだリゲルをなんとか抑える。周りの客も私たちの様子がおかしいと気づいたのか、店内がざわつき始めた。私は深呼吸をしてから、ゼノ様に向き合った。


「ご無礼ながら、申し上げますわ。確かに、リゲルは子供っぽいところもあるけれど、冒険者としては立派な人です。ゼノ様を見ていると、彼を測ろうとしている、いえ、あえて挑発しているように思えます。冒険者は、互いに敬意を払うべきではありませんか? 」


 私から言い返されたことで、ゼノ様は少し虚を突かれた様子ではあったが、すぐに確固たる口調で切り返した。


「俺は、敬意を払うべき相手には敬意を払う」

「彼には、その価値がないとお考えですか? 」

「少なくとも、今、それを見出すことはできないということだ」


 さらりとした黒髪の間で、ゼノ様の目が鋭く光った。驚くほど、冷たい光だ。


「肩書、生まれ、評判、噂。全てとるに足らない。ご大葬な看板をぶら下げて、その実、くだらない人間なぞいくらでもいる。俺はこの目でみた物しか信じない。――閃光の剣士、だったか。お前がその呼び名にふさわしいか、その腕で証明してみせろ」


 わらわらと私たちの周囲を取り囲んでいたお客たちが、僅かに湧き上がった。王国一の軍師と、期待の新人冒険者。切られたカードは、これ以上なく豪華だ。

 隣のリゲルをそっと窺うと、その口角がにやりと持ち上がった。


「上等だ、王子サマ」


 一瞬、まさかここで乱闘おっぱじめるつもりか、と青くなったが、さすがのリゲルもそこまで猿ボーイではなかった。人差し指をまっすぐゼノ様に突き付けながら、ただし、とリゲルは続けた。


「決着をつけるのは、3大なんチャラのお祭りだ!」

「3大祭りの山神祭? それって、まさか……」

「――ギルド対抗トーナメント、か」


 山神祭の日中に開催される、ギルド対抗腕自慢大会。王国全土から腕自慢の冒険者が集うミザルの町で、どのギルドが、そして、誰が一番強いかを決める毎年恒例の行事だ。祭とは言え、大会で勝利を収めた者は、冒険者の中でも一目置かれる存在となる。


「いいだろう。エーアガイツ団と我がアークティカ団が当たる試合では、俺が出ると約束しよう。必ずそれまで残れ。もっとも、それ以前に脱落するようでは、それまでのギルドであったということだ」

「なんとでも言え。王子サマこそ、これだけ煽っておいて初戦負けとかしたら、おもっきし笑ってやるから覚悟しとけよ」


 二人の冒険者の間に、熱い火花が散る。周囲が興奮気味にささやきあう中、私はにらみ合う二人と潰れた酔っ払いを前に頭を抱えた。


 ただ、美味しいスイーツが食べれればそれで満足だったのに。

 一体、何がどうしてこうなった。


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