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ザクの酒場

 最初の遠征が終わってからも、エーアガイツ団は月に一度ほどのペースでミザルの町を訪れていた。といっても、全部が全部、大々的な冒険ではない。攻略ギルドはGラインより上を専門として、魔導石を求め冒険に出る、というのは先に示したとおりだ。


 だが、それ以外にも、産業ギルドの護衛という役割を担う場合がある。というより、攻略ギルドが年に20回山に登るとすると、その半数はこの護衛任務の方だ。


 Gラインの下であっても、場所によってはモンスターが定期的に集まる箇所が存在する。特に、繁殖期になるとモンスターの動きが活発となり、Gライン以下とは言え危険度はあがるのだ。採掘能力はピカイチだが、戦闘能力はそう高くない産業ギルドが採掘に専念できるように、攻略ギルドが同行し安全を守る。エーアガイツ団も、そうした任務を請け負っていた。


 もっとも、数日間にわたって山にこもる冒険とは違い、護衛任務のほうは産業ギルドに同行するのだから、朝早く登って夜には下る。夜は町で過ごせるというのだから、その負担は桁違いに軽くなるらしい。その代わり、交代制である護衛任務の係になったギルドは、一度につき2週間は役目を担わなくてはならなくなるが。


 そうした護衛任務も含め、何度もお泊りいただいているうち(エーアガイツ団はすっかり、うちのお得意様として定着していた)、ハルさんの指に繊細な指輪が光るようになった。


 5歳ぐらいから、ちびっ子なりに恋に落ち、つい最近儚く散らしたばかりの私は、初めこそきらりと輝くそれに動揺したりもした。だが、人間慣れというものがあるもので、今となっては「あ、ふーん」ぐらいしか思わなくなった。


 そもそも今の私は、プロの看板娘をめざし仕事に燃えているのだ。いかに思春期の娘に初恋に敗れるというのが大事件とは言え、ショックのあまり職務放棄をして責任を投げ出すというのはいただけない。あの一件以来、私は自分の甘さを猛省し、一層身を粉にして宿屋に全力を注ぎこむことを誓ったのだ。


「とか言っちゃって、まだそのブレスレット付けてんのかよ?」


 呆れた顔で、フォークで私の手元を示すリゲル。モノで人を指すなというに。

指摘されたそれを素早く庇い、私は口を尖らせた。


「い、いいでしょ。モノに罪はないし、ハルさんと関係なく気に入っているの」

「お前がいーならいーけど……。失恋した相手にもらったもん、後生大事に身に着けてるって、相当未練がましく見えるけど」

「未練なんかないの!綺麗なものは綺麗、それでいいの!」


 失敬な。細見のチェーンに青いストーンが光るそれは、腕に付けるとぐんと女性度を引き上げてくれる。さすがとしか言いようのないセンスの良いそれを、どうして捨てることなどできるだろう。好きな人にもらったから、などという理由では断じてない。


 それでも、リゲルは納得がいかないのか「だけどなー」とか「せっかくなら新しいやつをー」と言うが、私は無視してデザートを口に運んだ。


夕食時間を外したとはいえ、ザクの酒場は今夜も大賑わいだった。むしろそれぞれの宿屋で食事を済ませた冒険者が、町に繰り出してくるこれからこそ混む時間帯のかもしれない。


大ジョッキを片手に、時折歌ったり踊ったりしながら楽しむ冒険者たちの姿は、宿屋でみる姿とはまた違って、活気があっておもしろい。

そんな風に店内を観察していると、ぽんと誰かに肩を叩かれた。


「やっほー。楽しんでるかい?」


大きな青い瞳にふわふわの金髪、極めつけに巨乳。この紛うことなき美少女がわたしの友人、アンナである。


メイド服を盛り上げ主張する胸の塊は、今日もものすごい存在感だ。一瞬、リゲルの目がアンナの首から下を注視したのを、わたしは見逃さなかった。すかさず、連れがケダモノと化さないよう、その額に一発お見舞いを入れる。


「ひさしぶり、アンナ。相変らず、メイド服がサマになってるわね」

「そーお? 動きづらいし、ちょっとキツイし、へーんな目で見る奴いるし、いいとこない服だよ」


その「ちょっとキツい」というは聞き捨てならない。私が着たところで、全くキツくないことだろう。オマケに、それ以外のところはスレンダーという同性泣かせのプロポーションだ。


学生時代からどうやったらそんな体型になれるのだと質問責めにあっていた彼女だが、アンナ曰く、「気づいてたらこうなっていた」そうだ。つい今しがた、甘いモノの誘惑に負けダイエットを先送りにした私は、アンナの圧倒的スタイルの前に、血の涙を流すしかない。


そんな私の胸中を知ってか知らずか、大きく柔らかそうなそれをずいと寄せ、アンナは私に耳打ちをしてきた。店内の男性陣から恨みの篭った羨望の眼差しが向けられるが、私にどうしろというのだ。


「ねね?その、一緒に来てる子って、もしかしてエーアガイツ団の?」

「ああ、そう。ギルド最年少のリゲルだよ」

「やっぱり! へぇ、二人でね? ふーん? 」


 私たちを交互に見ながら、なにやら不穏な邪推を始めた友人に不安を覚える。経験上、彼女がこういう表情をした時、続く言葉はろくなものじゃない。案の定、アンナが続けて放った爆弾発言は、見逃せるものではなかった。


「やっだー! ミアったら『私、仕事に生きるワ』とか言ってたくせに、こーんな素敵な彼氏隠しておくなんて、冗談きついんだからー」

「はい?!」

「ふぁ?!」


 タイミングよく、私とリゲルの声がはもった。リゲルめ、驚いたのは私も同じだが、余りにオーバーリアクションすぎるのも失礼ではなかろうか。だが、今はそっちにかまっている場合ではない。


「ちょっと待ってよ。私とこい……この人はそういう関係じゃないわよ」

「今、ナチュラルにこいつ呼ばわりしかけたな、お前」

「そもそも、私は色恋沙汰はしばらく結構っていうか、ストイックに生きると決めたというか……!」

「そんなの、つまらないじゃない? 仕事は仕事、プライベートはプライベート。人間、杓子定規には生きられないわけだし、もっと器用にやればいんじゃないー?」


 そういって、ぱちりとウィンクをする様がやたらと決まっているのが、また腹立たしい。それにさー、と酒場の看板娘は続ける。


「初恋の呪縛から解き放たれた町が誇る美少女と、閃光の如く現れ少女を救い出した、顔よし腕よしの冒険者。これ以上ないお似合いカップルだと思うけどー?」

「ちょっと落ち着きなさい。リゲルも、いつまで面白い顔しているつもり?」


 完全にヒートアップしたアンナを止める術などない。わかってはいるが、この乙女モードは相変わらず厄介である。リゲルなど、さっきから呆気にとられたようにぽかんと口をあけっぱなしだ。


 だが、もっと暴走するかと思われた友人は、ふうと息をつくと、苦笑を浮かべた。


「ま、それは冗談にしてもさ。あんたが少しでも元気になったなら、良かったなって思うわけ。実際、ミアが失恋したって聞いて、町の男の子が色めきたっているのはほんとなんだし、寂しいこと言わずに色々目を向けてみようよ」

「はいはい、ありがとー」


 アンナの暴走恋愛モードは、彼女なりに私を心配してのことだったようだ。ちょっぴり照れ臭くなってわざと素っ気なく言うと、それすらもお見通しというようににこりと笑ってから、アンナは仕事に戻っていった。


 残されたリゲルはしばし呆然とした後、ポツリといった。


「嵐みたいな友達だな……」

「せいぜいふきとばされないように、しがみつくことね」


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