ミザルの山神祭
エーアガイツ団が華々しいデビューを飾ってから早数か月が経ち、ミザルの町に夏がやってきた。ミザル・ブルクの看板娘こと、わたくし、ミア・ノームは夏が一番好きだ。なぜなら私は夏生まれであるし、夏はミザルの町で大きなお祭りがあるのだ。
「その祭りってのは、そんなすげえの?」
でれんとソファに体を投げ出し、気だるげに尋ねるのは駆け出し冒険者のリゲルだ。リゲルは暑いのが苦手らしい。お気に入りのソファで寛いだまま一向に動かない姿には呆れるが、ここは町を代表する宿屋の娘として教授してやろう。
「すごいも何も、聞いたことぐらいあるでしょ?王国の3大祭と言えば、アルデバランの建国祭、タキトゥスの星祭、そしてミザルの山神祭だよ。日中は、ギルド対抗の腕自慢大会もあるし、名前くらいは聞いたことあるでしょ」
「しらないー。聞いたことないー」
「おいおい、その大会にはエーアガイツ団もでるんだぜ? もちろんお前にも出てもらうし、出るからには勝ちにいくぞ?」
そう続けたのは、団長アーサーさん。ちなみに、ここ5年余り大会を連覇しているのが、このひげ面の大男である。
「3大祭ぐらい学校で習うはずですっ。ていうか、いい加減部屋もどりなさいよ」
ずびし、と手刀を入れてやると、リゲルは恨めしそうにじと目をしてきた。まるで、昼寝を邪魔された猫のようである。
「リゲルは行きの途中で既にへばっていたからね」
「ギルドで一番若いくせに、なさけないやっちゃ」
「おっさんらがラクしている間に、俺が頑張ったの。だから先にバテたの」
苦笑するハルさんと、すっかりからかい調子のアーサーさん。世の冒険者からすれば、思わず握手を求めてもおかしくない二人に向かって、リゲルが大仰に両手を広げて答える。なんという不遜な態度だろう。世の中の冒険者の皆様にかわり、私はもう一度リゲルに手刀をお見舞いしておいた。
とはいえ、そんなリゲルも、今ではすっかり時の人である。
あの遠征で、エーアガイツ団は前人未到であった大鷲の谷を突破し、魔導石の原石が集まる巨大洞を発見した。大鷲の谷と言えば、全長10mもの巨大鷲の群れが住処とし、数々のギルドがその突破に挑戦をして挫折をした場所だ。ずいぶん前から魔導石の強い力が観測されていたものの、指をくわえたまま放置されてきただけあり、この功績は相当大きい。
その団の中で、ヴァンデラーに襲われかけた私を救出し、そのまま初のレグルス山遠征に向かったリゲルは、凄腕揃いのエーアガイツ団の中でモンスター討伐数の上位5名に名乗りあげたのだ。
驚いたことに、私をモンスターから救ったということも、彼の評判を後押ししているらしい。いつの間に私にそのようなプレミア価値がついていたのかは知らないが、おかげでリゲルは一躍駆け出し冒険者のスター、町の男の子の憧れの的となっている。ファンクラブもできたと噂もあったが、真偽のほどは定かではない。
「なぁ、ミアー。アイス食いたいー」
その憧れの的くんが、勇者の面影もなくのたまう。
「さっき夕飯でデザート食べたでしょ?まだ食べるの?」
「おやつは別腹が基本だぜ」
「女子かっ」
食べたいー食べたいーと、長い手足をリゲルがばたつかせる。まるで駄々っ子だ。余談だが、リゲルは身長は高くないくせに手足はすらりと長い。それも腹がたつ。
「そうだ。せっかくだったら、ザクの酒場にいってきたら?あそこの奥さん、趣味がお菓子作りってくらいだし、デザートも色々あっておいしかったよ」
ハルさんが、ぽんと手を打つ。途端にリゲルの瞳が輝く。
「まじすか!行こう、今すぐ行こう」
「一人で行きなさいよ。ていうか、ハルさんいつの間にいったんですか?」
記憶にある限り、うちに泊まった時、ハルさんは必ずうちで夕飯を済ませていたはずだ。すると、ハルさんは少しバツが悪そうに、頭を掻いた。
「たまにアーサーと行くんだよ」
「他のギルドの連中と、共に酒を酌み交わす。大人の嗜みだぜ?」
そういうえば、ギルドの皆さんが冒険が終わってそれぞれの町に戻るまでの間、夜に連れだって出かけていくのは知っていた。結構遅くまで出ているとおもったら、そういうことだったのか。
「一番の絶品は、そうだなぁ。焼リンゴのアイス添えかな。農場直送のミルクから作った特濃アイスが甘いリンゴに絡み合って……」
ハルさんが、うっとりと目を細めた。相変わらず、そういう表情が似合ってしまうのが憎い。それに、そのお菓子は私も食べたことがある。ザクの酒場の娘が同じ学校の友達で、たまに遊びにいくのだ。
じゅわりと口に広がる温かいリンゴと冷たいアイスのコントラストを思い出し、私の喉がなってしまう。それはリゲルも同じだったようだ。
「なにそれ、すっげーうまそう! ミアも我慢すんなよ」
「で、でも、わたし母さんの手伝いあるし……」
ダイエット中だし、というのは飲み込む。乙女のシークレットだ。
私が誘惑に葛藤していると、大人ふたりが苦笑した。
「たまにはいいんじゃない? おかみさんには、俺たちからいっとくよ」
「若いうちから、そんな働きづめるなって。ノエルもお前が働いてばっかりで、年ごろの娘がこれでいいのかって、頭を抱えてたぞ。俺がお前ぐらいの時は、毎日ちゃらんぽらん遊びまわってたもんだ」
「アーサーは今でも変わらないでしょ」
ちなみに、ノエルというのは母さんのことだ。母さんがわたしのこと、そんな風に思っていたとは驚きだ。
もちろん、「ダイエットとか考えているなら、食べる量減らしたって意味ないんだぞ?」などと暴言を吐いたリゲルのことは、静かに制裁を加えておく。世の乙女の皆様にぼこぼこに殴られてしまえばいいのに。
結局、大人ふたりの説得と駄々をこねるリゲルに根負けし、わたしはリゲルと主に夜のミゲルの町に繰り出した。決して食べ物の誘惑につられたわけではない。