アルデバラン攻防戦(1)
必要最低限の装備を手早く整え、ついでに邪魔になるような装飾を外して、俺たちは夜の王都へ走り出した。
外郭の方からは、異常を知らせるため、鉄を打ち鳴らす高い音が闇夜を引き裂いている。避難を指示してまわる衛兵たちにより、軒を連ねる家々から出てきた住人たちが、王宮に向けてまっすぐと長い列を作っていた。
見たところ、逃げる住民たちに混乱の色は見られない。そのことに安堵しつつ、俺は前をいく先輩たちの背中を追いかけた。
アルデバランの町をぐるりと覆う城郭へたどり着くと、外をのぞきながら騎士たちに指示を与える背中を見つけた。
「またせたな、司令」
おっさんが呼びかけに応じて、マントを揺らしてゼノ王子が振り返った。知らせを聞いて現場に急行したのだろう。帯刀しているほかには、リリア離宮であったときとほとんど装備に違いはない。
「モンスターってのは、どこにいやがる」
「一帯だ」
短く答えて、王子が壁の外を指さした。その先をみて、俺たちは揃って顔をしかめた。闇夜の中、城郭に沿ってずらりと長く、幾百もの赤い禍々しい光が揺れている。
見えにくいが、これは目だ。
「こりゃ、コヨルガだな。狼に近い、群れで動く連中だ」
「そう珍しいモンスターじゃないけど、人里、しかもこんな大都市の近くに姿を現すことはないはずのものだね」
デニスさんの見立てに、ハルさんが続ける。俺も、かねがね同意見だ。しかも嫌なことに、奴らの関心は思いっきりこの王都に向いているときた。
「奴らが壁を登ってこられるとは思えない。だが、嫌な雰囲気だ。コヨルガ以外にも、闇夜に紛れている何かがいる気配がある」
「どうするんだ? 」
「まずは、念のため門の警備を強化している。他は、城壁に沿って弓を配置しているが、まだ様子見だ。……お前たちは、門に向かってくれ。万が一、コヨルガが気色ばむことがあれば、追い払いに出るかもしれない」
頷き、移動をしようとおっさんが片手を掲げたところで、異変を感じて俺たちは動きを止めた。ほんとうに微かに、ばさりと羽が空気を打つ音がした。
顔を見合わせて、一斉に城郭の外に目を凝らす。聞き間違えなんかじゃない。俺たちは半年以上も前に、嫌になるくらいあの羽音を聞いたんだ。
闇夜を食い入るように見つめて、ついに俺は信じられない光景を見つけた。
「いたぞ! 十字星の方向。大鷲だ。大鷲が4羽、大門の方向に飛んでやがる!! 」
叫びながら、自分の目を疑った。だが、記念すべき最初の冒険で戦ったモンスターの特徴を、俺が忘れるわけがない。
問題は、奴らはレグルス山ではGラインより上、それも人が簡単に立ち入れない込み入った地形に住んでいるような種族だ。そんな大鷲が山を離れ、あまつさえ人前に姿を見せるなどありえない。
翼を広げれば、大のおとなが二人並んで両腕を広げても足りないくらいの大鷲が、鋭い爪とくちばしを武器に王都を襲撃するというのは、なんとも悪夢のような話だ。
夜空を切り裂いて飛ぶ大鷲の姿が、視界いっぱいにみるみる大きくなる。同時に、王都を見据えていた無数の赤い目たちが、一斉に壁伝いに同じ方向に駆けだした。
「なっ……! 」
「まさか、大門を破ろうとでも言うのか?! 」
外郭を守る騎士たちから、どよめきの声があがる。信じられないことだが、あちこちに散らばっていたコヨルガたちが、一様に大門に押し寄せていた。分厚く重い木扉で閉ざされているとはいえ、幾百ものモンスターの群れに嫌な予感が湧き上がる。
とっさに剣を抜いた俺たちだが、大鷲とコヨルガ、差し迫る二つの危険に一瞬の迷いが生じた。騎士たちにも動揺が広がる中、毅然とした声が響いた。
「弓隊は大鷲を狙え! 奴らを引き寄せるんだ、町中へ行かせるな!! それ以外の部隊はコヨルガを迎え討て。門を破られるぞ!! 」
「はっ!! 」
部下に指示を出したゼノ王子は、振り返って俺たちに手を向けた。
「エーアガイツ団は、先の遠征で大鷲との戦闘経験があったな。弓隊とともに、大鷲を頼めるか? 」
「おうよ、引き受けたぜ」おっさんは、不適ににやりと笑った。「俺たちの分のコヨルガも残しておけよ」
それだけを交わして、俺たちは同時に駆けだした。風を切る音が響いて、視界の端に弧を描く無数の弓矢が映る。鋭い刃先が大鷲へと襲い掛かるが、強靭な翼がそれを振り落とすのが見えた。
続いて放たれた弓矢の雨は、より距離が近くなったことで第一波より正確に大鷲に降り注ぐ。ほとんどは叩き落とされながら、今度はいくつかが翼や首に突き刺さった。
1羽が怯んで迂回し王都から遠ざかっていったが、他の3羽は鋭く鳴いて、狙いを定めたように俺たちが待ち構える城郭上へと翼を広げた。
「来るぞ!! 」
「弓隊、引け!!! 」
「俺たちが前に出る!遅れをとんじゃねーぞ!! 」
狙い通り、怒り狂った大鷲が鍵爪をかまえて城郭に飛び込んでくる。その直前で弓隊は左右に割れ、そこにエーアガイツ団が飛び込んだ。
まっさきに動いたのは、おっさんだった。自慢の大剣がうなりをあげ、最初に飛び込んできた大鷲の翼を目に見えない速さで切り裂いた。
その大鷲は翼を失いながら、飛び込んだ勢いを殺しきれず、城郭の下へと落ちていく。壁の下で守りを固めていた騎士たちが驚いて左右に散り、その真ん中に大鷲は地響きを伴って体を横たえた。
「お見事! 」
2羽目の大鷲の翼に薙ぎ払われ、城郭から吹き飛ばされた騎士たちを、ハルさんの剣が風で受け止める。その隙にも、凶暴な翼が次の犠牲者を生もうと再び降下してきた。
「レグルスの神、俺に力を貸せ!! 」
巨体が飛び込む先に、俺は剣に力を集め、身を躍らせて飛び込んだ。闇を引き裂く光が大鷲とぶつかり、そのあまりの重さに顔が歪んだ。予想はしていたけど、レグルス山から離れているせいで、谷で交戦した時より負担が大きい。
大鷲を食い止めることができたのは、ほんの一瞬だ。だが、それで十分だ。
体が吹き飛んだ刹那、白き石の力を後方に放ち、すんでのところで城郭上にとどまる。次に顔を上げたとき、天空の覇者は先輩たちの剣で地上に縫い止められていた。
「やるじゃねぇか! 」
「おっさんもな! 」
乾いた音がして、おっさんのでかい手と俺の手が交わる。だが、喜びもつかの間、近くから恐怖に怯える声が上がった。




