社交の場
僅かに日が傾き、街灯に嵌められた魔導石が輝きを放ち始めた頃。
橋を守る近衛兵たちによって、シャールブルン宮殿の門が静かに開放された。
門が開放されたことによって、招かれた各方面の要人たちを乗せた馬車が、次々に橋を渡っていく。門のところで少し時間がかかっているのは、おそらく招待状などで確認を取っているためだろう。
そうして通された馬車たちは、庭園の中に佇む小さな離宮の前で足を止める。その場所こそ、今宵の会場となるリリア離宮である。
ゼノ様が教えてくれたところによると、リリア離宮は普段はほとんど使用しないが、外から大勢人を招いたり、要人をもてなしたりする時に使っているとのことだ。
「言っちゃなんだが、よそ行きに着飾るにはもってこいの場所だ」と、ゼノ様は肩を竦めていたけど、確かに、特に装飾に気合いが入って作られているみたいだ。
「これは、見ているだけで肩がこりそうだねぇ」
男性が女性をエスコートして、次々に広間に招かれた客人たちが入ってくるのを見て、母さんが肩をさすりながら首を鳴らした。
マナーもあるし、私と母さんも悪目立ちしない程度には着飾ってはみたけれども、とにかく周りの皆々様の気合いが違う。特に若い女の子たちなんて、今日は舞踏会か何かだっけ? とこちらが尋ねたくなるくらいだ。
「褒章者を招いた祝賀パーティなんて堅苦しい名目がついていたって、社交場の一つだからね。お婿さん探しとか、色々あるんだろう」
「え、そういう会なの?! 」
驚く私に、母さんがグラスを傾けながら目配せする。緯線の先を見ると、おおぉっと、ひときわ色とりどりに華やかなエリアがある。何事かと目をこらせば、輪の中心にいるのは二人の美丈夫、っていうか一人はゼノ様だ。
今日のゼノ様は王子様モード全開で、氷の皇帝と普段は怖がられている涼やかな横顔も、衣装と相まって逆にキラッキラしてみえる。一緒にいる、真っ白な礼服に爽やかな金髪を揺らして“正統王子”然としているのは、たぶん第二王子だ。
「キラキラしているわねー」
「周りの子たちもねー」
すでに結婚をしている第一王子に対して、第二王子は婚約止まり、第三王子はそうした話を一切聞かない。そりゃあ、年頃の女の子たちが熱を上げるのも無理ないだろう。
それにしても、にこやかに対応している第二王子の隣で、ゼノ様はまったくいつもの調子というか、むしろ目にハートを浮かべた女性たちに囲まれて困っているけど、大丈夫かな。
「話の土産に、あの中に混ざってきたら? 」と、恐ろしいことを言い出す母さん。
「無理、無理。女子的な戦闘力が違いすぎて、冗談にしても、混ざるのが恐ろしいもの」
「そんなことないよ。そのドレス、とてもよく似合っている」
振り向くと、美しい女のひとと連れ添って微笑むハルさんだった。
わぉ。麗しい。
「ふふっ」
ハルさんと一緒の女性が、片手で口元を隠して肩を揺らした。
いけない、いけない。声に出てしまっていたみたい。
「お二人に会うのは初めてだったね。これが俺の妻、ローゼです」
「はじめまして。ミザルでは、夫がお世話になっております」
優雅に貴族の礼をするローゼさんに、私も母さんもほぅとため息をついた。いいところのお嬢さんと聞いていたけれど、仕草も声も、全部がきれいだ。後ろに本物の王子がいる中であれだけど、二人とも、絵本に出てくる王子様とお姫様みたい。
「ハルから、頑張り屋の素敵なお嬢さんと聞いていたの。本当に、とてもかわいいわ。私、ずっとお話ししたいと思っていたのよ。そう、リゲルくんとのこととか」
「ローゼ。二人ともびっくりしているよ」
ぱっと華が咲いたような笑顔で見つめられ、思わずたじたじする私と母さんに、ハルさんがさりげなく助け船を出してくれる。
「あら、だって、この後はご挨拶周りで忙しいのでしょう? 」と、口をとがらせるローゼさん。どうやら、見た目通りの淑やかなお嬢さん、だけではなさそうだ。
「いつか、ミザルの町に連れていくよ。その時にゆっくりお話しすればいいさ。……彼女を連れて、ミザル・ブルクに泊まってもよろしいですか? 」
「もちろんですとも」
うなずきながら、目を丸くする母さん。
「けど、冒険でもないのに、せっかく旅行先がミザルの町でいいのかい? 」
「はい。結婚をする前から、ハルには連れて行ってほしいとおねだりしていたんですよ」
やっと、ミザルに行ける。そう、ローゼさんは嬉しそうに微笑んだ。
一曲踊りましょうとハルさんが誘って、お二人はホールの中心に歩いて行った。
一際目を引く二人だから、エスコートされて幸せそうに微笑むローゼさんに、自然と客人たちの視線が集まる。嬉しそうに夫を見上げるローゼさんも、妻を慈しむように目を細めるハルさんも、ここにいる誰よりも満ち足りて見えて。
「なんか、結婚って、いいなぁ……」
「あんたも意地はってないで、ボーイフレンドのところに行ってきなさいな」
すかさず、ちくりと刺してくる母さんの言葉は、当然聞こえないふりだ。
「まったく。私は、ちょっとあの辺に挨拶してくるからね」
「え、ちょっと」
非情にも私を置いて、商業ギルドと思わしき人たちの中に、さっさと母さんは入って行ってしまった。変なところで、顔が広いんだから。
一人になると、とたんに心細さが湧き上がる。どこかに、エーアガイツ団の皆さんが集まっていたりしないかしらとキョロキョロしていた時だった。
「こんばんは、素敵なお嬢さん」
おーお。どこぞで、お嫁さん探しにいそしんでいる方がいるようね。
色めき立っているのは女の子だけじゃないんだなと納得していると、さっきよりずっと近くで柔らかな声がした。
「君だよ、君。銀色の髪のきれいなお嬢さん」
「……はい? 」
改めて声のしたほうを振り返ると、全体的に緑っぽい人と、紫っぽい人、黄色っぽい人の三人の青年がにこにこと微笑んでいた。え、誰?
「君、すっごく可愛いねー! 一人なの? 」
「美しい。あなたのような方に会えるとは、今晩は来てよかった 」
なんだ、なんだ。何が始まったの?
呆気に取られている隙に、最初に話しかけてきた緑の人に素早く右手を取られた。ものすっごく熱っぽい目で見られて、思わず「ひっ」と声が漏れそうになる。
「よければ……、僕たちとご一緒しませんか? 」
「その必要はねぇな」
声がしたのと同時に、緑の人から私の手が奪われた。背中がとん、と固い何かにぶつかり、振り返ろうとするより先に後ろから軽く体を包まれる。さっきまでメルヘンちっくな雰囲気を醸し出していた三人が、一様に「げっ」と顔を青ざめさせた。
「エーアガイツ団の……」
「リゲル!! 」
ほっと安心するあまり、諸々の事情を忘れて、ぱっと笑顔で後ろを振り返った。そこで、私はどきりと息をのんだ。
かっちりとした正装に身を包んだリゲルは、もともとの端正な顔が一層引き立ち、普段と全く違って見えた。細く鍛え上げられた体に、衣装がとても似合っているせいもあるだろう。
か、かっこいい。
自然と頭に浮かんだ言葉に、ぽんっ、と顔が熱くなる。
まるで騎士様のような凛々しい恋人の姿に、私は完全に見惚れてしまった。
そんなリゲルのほうは、ちらりと私のことをみて、なぜだか微妙な表情を浮かべた。だけど、それもつかの間の事、見たこともないような笑みを張り付けて、リゲルは三人組に向き直った。
「――あんたは、サーベイ家の長男か。あんたはダールトン家の跡継ぎ。あんたは、そうだ、コンラート家の末っ子だ。全員、うちで採った魔導石のいいお得意さんだな」
それでだ、とリゲルが間を置いた時、背中の方からどっと強烈な威圧感が吹き出すのを感じた。案の定、三人組の顔色がますます青くなる。
「俺の女に、何か用? 」
「「「失礼しました!!! 」」」
それは見事に声をそろえ、限界とばかりに三人組は逃げていった。その気の毒な背中に向かって、リゲルが容赦なくべっと舌を突き出す。
――ひとつ、わかったことがある。私の彼は、嫉妬すると大人げないということだ。




