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ミザル・ブルクの看板娘  作者: 枢 呂紅
[番外編] ふたりで紡ぐ、道の先には
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カタチ、彼女の場合は

「どうぞ。チョコレートは、お好きですか? 」

「はい! すみません、お気遣いいただいちゃって」

「いいえ。私が飲みたかっただけですよ」


 自然な仕草で私に小さな器をわたし、シリウスさんは微笑んだ。すすめられて一口飲むと、ホットチョコレートの優しい甘さがふわりと口に広がり、ほっとして肩の力が抜けた。


「あの、いいんですか? お連れの方がいたのに」

「ん? ああ」


 容器を持つ指を温めながらシリウスさんにそう尋ねると、不思議そうに瞬きしてから、笑って首を振った。


「かまいませんよ。彼との用事は終わっていましたし、私自身はあの店に用はありませんでしたから」

「そう、ですか」


 言葉に詰まって、私は視線をさまよわせた。


 お店の外で偶然シリウスさんと会ったとき、シリウスさんは一人じゃなかった。重要なのは、その人のことを思い出すと身震いがするということだ。


 全身、ボロボロの服をまとった人だった。薄汚いという意味ではない。様々な死線を潜り抜けた後のような、くたびれた恰好をしていた。男性にしては髪が長く、ぼさぼさと垂れ下がる前髪の合間から、ぎらりと光る三白眼が覗いていた。


 シリウスさんの肩越しにその三白眼を向けられた瞬間、どくりと嫌な音を立てて心臓が波打った。それは、紛れもない恐怖だった。背筋をひやりとしたものが流れ落ちる感覚がして、あわてて目を逸らした。


 けど、シリウスさんが二言三言話すと、男の人は黙って頷き、一人でお店の中に消えていった。その時にはすでに男の人が発していた強烈な圧迫感はなりを潜め、何事もなかったように人の波に消えていったんだ。


 チョコレートドリンクを飲んで表情をほころばせるシリウスさんの横顔を、ちらりと盗み見る。とてもじゃないけど、あの人とシリウスさんの印象が結びつかない。

 ……あの人、シリウスさんとどういう知り合いなんだろう。


「何か、ありましたか? 」

「えっ?! 」


 ちらちら様子をうかがっていたのがバレたのかと、思わずびくりと肩を震わせた。けれどもシリウスさんは、きゅっと眉を下げた。


「先ほど、あなたにぶつかった時、何か悩みを抱えているように見受けられました。先日、お会いした時はあんなに元気でしたのに……。何か、王宮で嫌な思いを? 」

「いやいや! そこまで、大したことではないんですけれど」


 心配の色を濃くしたシリウスさんの声に、ぶんぶんと私は首を振った。


 そうだ。事実、ユフィリアさんは利害関係でしかリゲルとの結婚を持ち掛けていないし、リゲルには全くその気がない。ゼノ様も、大丈夫だと言ってくれていて。

 誰がどう見たって、悩み患うことは何もないのだけれども。


「解決のお手伝いはできませんが、聞くだけならできますよ」


 そう微笑んでくれたシリウスさんに甘え、いつの間にか私は、王宮に着いてからのことをぽつりぽつりと話し始めていた。すでに、奇妙な男の人のことは頭から飛んでいた。


「……なるほど。しかし、あの、アーカード商会の令嬢が恋敵とは」と、すべてを私が語り終わった時、シリウスさんはしみじみと口にした。


「やっぱり、そういうことになりますよね」


ユフィリアさんと恋敵という単語が妙にちぐはぐしていて、思わず笑いながら答えてしまう。なんせ、『恋だの愛だの関係ない』とばっさり切り捨てていたのだもの。


「しかし、ミアさんが自分で仰る通りです」あごに手を軽くあて、まるで推理をするようにシリウスさんが首を傾けた。「ユフィリア嬢は、あくまでビジネスを持ち掛けているだけ。しかも、誰も彼女に賛同していません。何も気に病む必要はないと思いますが」


「気持の上では、そうなのですが」


 ついに話が核心に近づき、私は手元のホットチョコレートに目線を落とした。声が震えそうになるのを抑え、一深呼吸おいてから、ゆっくりと口を開く。


「――……私が、リゲルはユフィリアさんの提案を受けいれたほうがいいんじゃないかって、そう考えてしまっているんです」


 隣で、シリウスさんが驚いているのがわかる。沈黙を守ることで先を促され、それをありがたく思いながら、私は次の言葉を探した。


「ユフィリアさんは、リゲルに『最高の立場が手に入る』と言いました。その通りだと、私は思うんです。だって、彼は冒険者だから」


 冒険者は、その名の通り、冒険で生計を立てている。つまり手に入れた魔導石を換金するわけだけど、当然、さらにギルド全体で分割するから、一人当たりの分け前は思ったよりは大きくない。


 とはいえ、装備の手入れや冒険費用とか、冒険者は必要経費が多い。じゃあ、どうするのかというと、一つは、ギルド自体にスポンサーがつく場合だ。例えば、エーアガイツ団は王国が支援しているし、アークティカ団は王妃様の実家の伯爵家が援助している。


 あとは、今の時期みたいに冒険のオフシーズンに、冒険者自身が別の仕事をするパターン。実はこれ、大半の冒険者がそうです。エーアガイツ団で言えば、リゲルは武器商の手伝いでアーサーさんは魔物狩り、変わり種はハルさんで領主補佐をしている。


 だけど本当に、リゲルとユフィリアさんが結婚をするのなら。


「冒険者にとって、アーカード商会ほど心強い後ろ盾はありません。あんなに大きくて、しかも優秀な跡継ぎがいるんですから」

「……あなたは今回のことを、リゲルさんにとってチャンスだと考えているのですね」


 そうなのかな。一瞬考えてから、私はうなずいた。

 単純なはなしだ。


「私、夢に向かって、まっすぐ駆けていくリゲルが好きなんです。その隣に立ちたくて、彼のことを好きになった。……もし、リゲルをアーカード商会が支援すれば、彼が目指すところは一気に近くなります。その、邪魔をしたくない」


 ただ頭の中で考えているのと、実際に口に出してみるのとでは大違いだ。きりりと痛む胸の痛みに、とたんに視界がにじみそうになる。


 自意識過剰でもなんでもなく、リゲルはユフィリアさんよりも、私を選んでくれるに間違いない。彼はそういう駆け引きに応じるよりも、気持ちにまっすぐで、夢を掴むなら自分で道を切り開くことを選ぶ人だから。


 逆に言えば、彼の『背中を押せる』のは私だけだ。


「そんなに辛そうな顔をしてまで、その道を選ぶつもりですか? 」

「わかりません。どうすればいいのか、わからないんです」


 声を詰まらせてうつむくと、大きな手の感触が私の背中をぽんぽんと叩いた。まるで子供をなだめるかのような手つきだけど、それでも少しだけ私は落ち着きを取り戻した。


 私が呼吸を整えるのを待って、シリウスさんの穏やかな声が振ってきた。


「世の中には、さまざまな愛の形があります。ミアさんが話したのも、一つの形でしょう。――……しかし、今の状態でその道を選べば、きっとあなたは後悔します」


 後悔。そんなもの、するに決まっている。

 思わず、強張った表情のままシリウスさんを見上げれば、何かを懐かしむように目を細める姿がそこにはあった。


 次の言葉を選べずにいる私と、シリウスさんの目線が交わった。


「少し、昔話をしましょうか」



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